4敵か味方か
「ぶはっ!なにージル。打ち合わせでもしてたの?息ぴったりー」
陽気な少年の声で強制的に戦いは中断された。
ジルと呼ばれた銀髪の男は話しかけてきた少年を不機嫌そうに睨み、大きく舌打ちすると
「んなわけねぇだろう、がっ!」
と再び黒髪の男に向かって大きく剣を振るう。
ブウウンッ、シュンッ
即座に再開する戦闘。もう途中から割り込んできた少年など眼中にない。黒髪の男の方も銀髪の男の仲間だとわかるともう気にも留めず、戦いに入り込んでいた。
斬りあい避けあいの後、流れに乗って両者が剣を横なぎに振り払おうとした時。
「まぁまぁ落ち着いてよー」
「「っ!?」」
両者の剣が止まった。眼をギラつかせ戦っていた二人の顔からは戦意が消え、頬には冷や汗が伝った。二人の目の前にはあの少年……炎の剣は喉元寸前、黒剣は首筋ギリギリの所で止まっていた。無防備で間に割り込んできたのだ。全く気配を感じなかったことに驚いたがそんなことより……
((急になんてことを!))
しかし首を剣で挟まれている当の本人は涼しげな顔でヘラヘラと笑っている。まるで斬られないことを確信していたように余裕だが、さすがに炎は熱かったらしい。二、三歩下がると手で首を仰ぎながら交互に二人を見た。
「とりあえず、何で喧嘩してたのか聞いてもいー?」
「「…………」」
これは喧嘩と言っていいのかは謎だが、それはさて置き。
黒髪の男は首を傾げる。今考えてみれば自分は被害者だ。いきなり斬りかかってこられ、その理由もわからない。
ジルと呼ばれた銀髪の男は二人にじっと見られると端的に答えた。
「なんとなくだ」
「うっわー、まただ。こういう人なんだよねー。本能で後先考えずに動いちゃうタイプの馬鹿。ほんと、周りの迷惑も考えて欲しいよー」
「…………」
黒髪の男も同感だ。理由も聞かずに戦いを続けた方もどうかとは思うがそんなことは微塵も考えていなかった。
ジルはさすがに何も言えないようだったが、顔には納得いかないと書いてある。仕方なくといった感じで炎の剣を鞘に納め、カチンッという音と共に炎も消えた。
そんなジルを放置して、少年は黒髪の男に向き直った。
「初めまして。僕はウィズ・クレイドル。よろしくねー。君は?」
黒髪の男は何のためらいも無く差し出された手に少なからず驚いた。今の今まで仲間と戦っていた奴に自己紹介をして手を差し伸べるなど、普通ではないように思う。こいつらが何者かは知らないが、何かと問いただされ警戒されると思っていたものだから拍子抜けだ。
もしや何か企んでいるのかと、ウィズと名乗った男の顔を凝視した。明るい茶髪に金メッシュ。左サイドをピンでとめている。身長は少し自分より低く、なんとも人懐っこそうな笑顔。
人は見かけで判断してはいけないというのは分かっているが、どうも疑う気になれなかった。まぁやばそうになったら逃げるか、最悪斬ればいいと思い、黒髪の男は剣を鞘に納め、差し出された手をそっと握る。
「……リアン」
「そう!よろしく、リアン」
ぶんぶんと握った手を振ると、ウィズは布切れを取り出してリアンに手渡した。リアンの顔半分は狼の血で染まったままだったのだ。ありがたく受け取ると、遠慮なくごしごしと拭った。
ウィズはそれを見てにっこりと笑い、今度は呆れたように息を吐いた。
「さっきはうちのがごめんねー。あの銀髪で怖ーい顔の人はジル・レンダー。短気だけど頭悪いし、突っ走っちゃうし、バカだし、……あれ、もしかしていいとこないのかも……ごめん!思いつかなやぇうっ!へぶしっ!」
そう言い笑いながら振り返りかけた時、後ろからジルに飛び蹴りをされウィズは前に吹っ飛んだ。その様子を見ていたリアンは飛んできたウィズを軽くかわす。不思議と受け止めるという選択肢は浮かばなかった。
ウィズは見事に顔面からズサーッと地面に突っ込み、足は空に向かって見事なえびぞり状態だ。
端から見れば二人の息はぴったりだった。
「……打ち合わせしてたでしょ?」
「してない(ねぇよ)」
声が重なったことに苛立ち再び睨み合う。間にウィズがいなくなったことで、また険悪した空気が流れた。今にも剣が抜かれそうだ。
そんな空気を和ませようと、ウィズはよいしょ、と立ち上がり土を払いながら笑って言った。
「じゃあ仲いいんだねーやっぱ相性ぴった……ごめんー冗談」
空気がさらに重たくなったのを感じてとりあえず謝った。実際誰がどう見ても仲良くなどない。むしろ相性は最悪だろう。どうすれば会って数分でここまで不仲になれるのか。
二人は今も顔の間隔数センチのところで睨みあっている。どちらも上級者のメンチきりで誰にも入る隙などない。
本人たちにもわからない。
どうして自分は斬りかかったのか。
どうして自分は受けてたったのか。
何故戦いに没頭したのか。
何故戦うことに疑問を感じなかったのか。
しかしそんなことはもはやどうでもいい。相手を認識した瞬間から脳が伝えているのだ。
『こいつは敵だ』と。
仲良くなど出来るはずが無く、仲良くしようと言う選択肢が無かった。
そんな感覚を知らない周りからしてみれば迷惑な話で、ウィズは口を尖らせ、土をいじいじし始めた。
「何なんだよー、もうさぁー」
そんな呟きも耳に入らず二人は物凄い形相で威嚇しあう。
「てめぇなんでこんなとこにいんだよ」
「俺がどこにいようと勝手だろ。お前こそ何なんだ、急に斬りかかってきて」
「こんなとこにいるてめぇが悪ぃんだよ。こっちの事情も知らずに紛らわしい場所にいやがって」
「お前の事情なんか知るか。脳筋め」
「んだと、このわかめ頭!辛気臭ぇんだよ!」
「黙れ、わかめじゃねぇよ。脳みそ詰まってないんだろ、綿毛頭」
あ、確かに銀で短髪だしつんつんしてるし綿毛に見えなくもないかも……僕も今度言ってみようかな。などとウィズが呑気なことを考えている間に、ジルのこめかみには綺麗に青筋が浮かび上がった。
「ぶっとばす」
「返り討ちにしてやる」
「はい、ストーーーーーップ!!」
ウィズが間に割り込まなければ確実にまた始まっていただろう。現に二人とも剣の柄に手がかかっている。ウィズは二人が絶対に相容れないことを悟ったのだった。
「リアン。君が少し大人になってよ。ジルには言っても無駄だからー」
「ならせめてあの綿毛を黙らせておいてくれ」
「てめぇら……」
「ところでリアン。さっきジルと戦ってた時、どうして普通に斬りあったの?」
突然の質問に意味がわからず、リアンは首を傾げた。
「いやさ、もっと違う方法とか思いつかなかったのかなってねー」
ウィズもジルと共に消えようとする竜巻を見ていた。それに乗った鋭利な葉。なかなか変わった使い方をする人だと思った。
それと同様、『エレメント』を使えばもっと違う方法を考えられたのではないかと思ったのだ。リアンならもっと賢い方法を考えられたはずだと。
質問の意図を理解したリアンは迷いなく答えた。
「別に、お互い防御出来ないならこっちも斬り続ければいいと思っただけ」
「ふぅん」
ジルみたく馬鹿なのか判断しかねる答えだった。
リアンはウィズが納得していないのが分かっていたが気にも留めない。
「それで、何でここに?」
「てめぇこそなん……」
「僕らはあの狼を倒しに来たんだよー」
ジルのことは完全スルーした。ジルは詰め寄ろうとした足を止め、思い出したように狼に目を向けた。そこには変わらず体中を切り裂かれた一匹の狼の遺体が横たわっている。
「おい、あれがそうなのかよ?」
「うん、そうみたいだねー」
リアンはその会話になんとなくだが状況を理解し、そろそろいいかと逃げ出そうとした。しかし次の言葉には自然と足が止まってしまった。
「あ、でもジルが突っ走って行っちゃった後に連絡がきてね、今すっごく緊急事態なんだよ」
「はぁ!?」
ウィズはお腹すいた、とでも言うように軽く『緊急事態』という言葉を発した。
「たくさんの『エレメント』が一箇所に集まってるんだってー」
「もっと早く言えよ!チぃっ……場所はどこだ!?」
「えーっとねー」
ジルとリアンがウィズに詰め寄る。
ウィズは腕時計のようなものを見た後、今までにない以上ニッコリ笑って楽しげに言った。
「ここ?」
ガルルル、グルルルルル……