2緑の竜巻
男は軽く息を吐くと、鳴き続ける狼から視線を外して自らの手に持った剣を凝視した。
すると何の前触れもなく、黒剣が薄く光を放ち始めた。暗闇で漆黒の剣が青白く光る様はなんとも神秘的であるが、今それに感動する者はいない。
静かな暗闇の中、しだいに剣の周りの空気が狼の発する振動に乗るのを止め、剣を中心にして渦を巻き始めた。それは徐々に勢いを増し、大きくなる。
剣は小さな竜巻を纏っているようだ。
しっかりと片手で握り直し真横に突き出すと、渦はさらに大きくなってついには辺りの葉をも巻き込み始めた。風の威力に吸い込まれた葉は剣の周囲を流れ、勢いを増す。他の葉と擦れることで鋭利に研がれ、シュンシュンと空が切れる音が響いた。
異様な気配に、狼が人間へ視線を向けた。
すかさず本能が危険を察知する。
またも突進してきた狼を見て、両手で剣を持ち直した。わずかに竜巻の端が頬に触れ、軽いかすり傷を作る。
それは全く気にしない様子で、まだ距離のある狼に向かって静かに剣を斬りつけた。剣の動きに合わせて竜巻が狼へと乗り移り、全身を包み込んむ。小さいながらも凄まじい威力に狼は動きを封じられ、牙はかろうじて届かない。
「ガルルルルルル」
狼は振り払おうと後退りして暴れまわるが、竜巻はしっかりと捕らえさらに勢いを増す。
シュッ
「ギャンッ、ギャオンッ」
シュッ、ブシュッ
鋭利な葉がもたらす傷は一度なら軽いが、何十枚もの葉が止め処なく降り注ぐとなると話は別だ。狼の体は切り裂かれ、全身から血が吹き出した。竜巻が赤く染まるほどに。
「キャイン、キャオオオン」
苦しそうな声を上げながら、とうとう狼が崩れ落ちる。砂埃をあげて抵抗していたが、しばらくすると体力を使い果たしてしまったようで力なく横たわってしまった。
男が狼に向けていた剣先を下ろすと竜巻は勢いを弱めながら紐解くようにただの風になり、葉を乗せたまま暗い空へと消えた。
しん、とした森の中で、男がまだ息のある狼の顔の側に方膝をつく。
それにしてもなんて生命力なのだろうか。これも『エレメント』の影響であることは間違いない……
「お前も、不運だったな」
男は静かに語りかけた。自分が襲われたにもかかわらず、哀れんでいるような声色だ。戸惑いなくそっと狼の頬を撫でると、もう片方の手でしっかりと剣を握りなおした。
「すぐ楽にしてやれなくて悪かった。じゃあ、次生まれたときは幸せに」
狼はそれに答えるようにゆっくりと眼を閉じた。一瞬、首もとに激痛が走ったが、すぐに意識は飛んで何も感じなくなった。
止めをさした後、ストンと腰を下ろした。
地面には血の海ができている。目の前の狼は動かない。これからも、再び動くことはない。
男は小さく息を吐いた。
その途端、狼の体から小さな光の粒が一つ飛び出した。空中でフワフワと漂いながら形を変える。それは白く輝く小鳥のシルエットに見えた。パタパタと二、三度羽ばたくと大きく旋回し、暗闇に消えた。
男はしばらく光が消えた方をぼーっと見つめていた。森はひたすら暗く、静かで何もない。
突然の事だった。
背後からの気配を感じ咄嗟に片膝を立て、剣を振る。
ガキーーンッ
「っ、」
「チィッ」
反射的に振るった剣が何者かのとぶつかり、火花を散らす。
ガキーーンッ
キンッ、キッキーン、ガキーーンッ
連続的に響き渡る激しい金属音。
何度目かのぶつかり合いの際、剣を交じえたまま間近に敵の顔が迫る。ギシギシと擦れる剣を挟んで目が合った。
「お前何だ?」
「てめぇ何者だ?」