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久遠の絆  作者: 心葉
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第一話 闇払いの脱出

 「並行世界パラレルワールド」。それは選択の数だけ存在する。

 人の数だけ選択があり、選択の数だけ世界があり、世界の数だけ人がいる。

 故に、無限。広がり続けて限りなく存在する様々な世界。

 これらは全く同じ物など存在しない。例えば魔法に秀でた世界。例えば科学が発達した世界。例えば人がいない世界。例えばあなたがいる世界と同じようでどこかが違う世界。全てが全て、違う選択によって生まれた無数の可能性の世界。

 そして本来、並行世界同士は交わることがない――――――――筈であった。



  ▼



 茨城県の東の海上、元々あった小さな島の周辺を埋め立てて作られた人工島。そこに世界の命運を握った「久遠ヶ原機関」は設置されていた。

 交わらないはずの並行世界を渡る能力を持つ「悪魔」や「天使」と呼ばれる存在が出現し、世界を蹂躙してから八十年近く。久遠ヶ原機関は細々と人という種族の血を繋いでいた。

 悪魔と天使にとって人とは力を収穫するための道具でしかない。悪魔は魂を、天使は感情をそれぞれこの世界の人から奪い取り、自らの陣営の力へと変えて互いを討ち滅ぼそうと他の世界で激突する。

 けれど魂を抜き取られればもちろんのこと、感情を抜き取りすぎても人は生きてはいけないもの。死んでしまえば力を収穫することは出来ない。人類という種を護りたい者はそこに目を付け、悪魔と天使両陣営に提案したのだ。


 ――――――――牧場を作ってはどうか、と。


 ゲートを固定化し、その周辺を結界で区切って人を入れる空間を作る。そして毎年決まった人数を人類側は両陣営へ平等に提供する。その代わりにその他の人間には手を出さない。

 この提案が受け入れられたのは偏に力を収穫出来なくなることを恐れてだろう。また新たな収穫場を見つける労力よりもこちらの方が効率がいいと思われたのかもしれない。しかしこれで、一部を除いた人類存続の道が指し示されたのだ。

 少子化による約束の反故を無くす為に法律の改正が各国で進み、犯罪者は死刑の代わりに牧場へ向かわされる事が世界全土で決定する。

 けれど、世界全てにいる犯罪者の数でも数度の牧場行きで足りなくなってしまう。

 そこで発足されたのが「久遠ヶ原機関」である。彼等は人類全てを査定し、必要ないと判断された者を情け容赦なく牧場へと放り込んでいった。



  ▼



「だからこそ、私達は戦わなければならない」


 集った人々を前にして、少女の凛とした声が響く。

 三十人程度の集団を前にし、鴉の濡れ羽のような艶やかな黒髪を持つ少女は気後れすることなく強い決意を宿した瞳でその場の全員を見渡した。

 の集まりの共通点はたった一つ。――――――――大切な人を久遠ヶ原機関に奪われたということ。

 親を、兄弟を、子を、友を。護りたいと、共に生きていきたいと思っていた者をその他大勢の贄にされた。心の準備もさせず別れの言葉も許さず連行され、泣き喚き抵抗する姿が瞼の裏に焼き付いて離れない。助けを求める声が耳にこびり付いて離れない。そんな経験をした者達が一つの場に集う。

 その、目的は。


「久遠ヶ原機関から、何より異界の侵略者から! 私達は私達の尊厳を奪い返さなければならない!」


 満足に戦える者はいないだろうことは誰もが知っていた。

 武術を修めた者が基本的なことを教えてはいたが、所詮付け焼き刃。天魔に勝てるとは思えない。機関にいる者達にも勝てるかどうか。

 それでも少女の言葉に全員が瞳へ真剣な光を宿し、一言たりとも聞き漏らさないというように静けさを保っている。

 理屈では無駄な集いであると分かっていても、止められぬ想いが彼等の背中を押すのだ。

 少女は一度目を閉じ深く息を吸い、言葉と共に吐き出した。

「勝ち目は、無いに等しい。無駄死にになるかもしれない。たとえ生き残ったとしても捕まり、これ幸いにと牧場行きにされるでしょう。…………それでも、私と一緒に抗ってくれますか」

 言い終わると同時、空間を声が揺らす。集う者達の心からの叫び。彼等の心はもう決まっているのだ。

 きつく目を閉じながら少女は深々と頭を下げる。白いヘアバンドに押さえられながらもするり、と滑り落ちた豊かな黒髪が彼女の表情を隠した。

「……………………ありがとう、ございます……」

 白い頬を滑る雫は今は必要ない。前を向き、走り抜ける為の覚悟と成し得たい目標があるならば、そんな物に視界を遮られている場合ではないのだから。

 顔を上げ、決意に満ちた光を瞳に宿し少女は進軍を指示する。目指す先は久遠ヶ原機関。

 各々が掻き集めた武器を手に進み、唯一本土と繋がる貨物列車へと進入する。

「全員乗りましたかぁ?」

 間延びした声で確認を取る内部協力者。それに頷き返すと物資輸送の為の列車が動き始める。

 機関に属した後に対象から除外されたはずの両親を牧場に送られた、まだ十代初めほどの少年。属している、けれど憎んでいる。そんな彼を利用した事に少女は罪悪感を抱えながら線路の先を睨む。

「先輩。きっと……上手く行きますよね」

 隣にいた灰色の髪の少女が不安げに呟く。その肩までの短い髪を撫でながら黒髪の少女は返すべき言葉を模索する。

「……上手く行かなくても、きっと、これが何かの切っ掛けになる。そんな気がするんです」

「切っ掛け……」

 瞳を揺らしながら胸元で祈るように手を組み、灰色の少女は言葉を噛み締める。

 そうする間にも列車は進み、やがて機関の存在する人工島へと辿り着いた。

 痛いほどに張り詰める緊張。それが決壊しないよう注意しながら黒髪の少女は扉を開けて進みだす。

 曲がり角で立ち止まり、周囲の確認をして背後へ指示を出しながら自身も前に進む。それを繰り返し、列車の発着場から最後の一人が出た瞬間。


「はい、ご苦労様」


 声と同時に入口のシャッターが勢いよく閉まる。

 振り返りそのことに驚愕し、次いで声の主を捜す。何のことはない、彼は入口の上にいた。

「裏切り者を泳がせていたらまさかこんなに大量に、つ簡単に網に引っかかるなんてね。少し拍子抜けだな」

 眼鏡越しに黒い瞳で面々を見渡しながらやれやれ、といった調子で緩く首を振る。首の後ろで結われた腰ほどもある黒髪がそれにあわせて揺れた。左脇の下、白いホルスターに収まる拳銃が彼が戦える人間だということを知らしめる。

「くっ、機関の者か……!」

「君達がさっきまで一緒の列車に乗っていたのも機関の人間だよ、一応はね」

 黒い手袋をした右手で眼鏡を直し、彼は嗤う。


「さあ、見せてくれ。君達が演じる喜劇を!」


 その言葉が引き金となったのか、物陰から長剣ロングソードで武装した者達が現れる。数はこちらが多いが、実力の差を覆せるかどうか。

 武器を構え睨み合う。それも束の間、ロングソードを構えて距離を詰めてきた防衛部隊と戦闘が開始される。

 金属同士がぶつかる音や痛みに上がる悲鳴、誰かの名を叫ぶ声が上がる中、黒髪の少女は数人を相手取り、そして圧倒していた。

 振るわれる剣を流し、弾き、反撃する。言葉にすればたったそれだけの行為であるが、流れるように行われる動きに隙はない。

 眼鏡の少年はそれを楽しそうに見ながら戦況の確認をする。

 数は多くともちゃんとした訓練を受けたことのない人間が多数ではまるで烏合の衆。連携などといったことも出来ず、瞬く間に無力化されていく。

「くっ」

 それを黒髪の少女も悟ったのだろう。ちら、と背後にあった未だシャッターにより閉ざされた発着場への入口を確認する。

 周りにいた敵をなぎ倒し、一瞬出来た空間と時間を使い、彼女は気を練り上げる。

「はぁぁぁぁっ!」

「なっ、まさか!?」

 少女の全身に揺らめく光が集い纏わり付く。それを認識して初めて少年の顔に動揺が浮かんだ。

 光は彼女の使う剣へと凝縮し、上段から振り下ろされることで爆発的な力を伴い解放された。

 突き進んだ光は進路の全てを薙ぎ倒し、シャッターを食い破る。人が通れるほどの穴が開いたのを確認し、彼女は群がる敵を捌きながら声を上げた。

「総員、退避っ!」

 声に反応して交戦よりも退避を選び、次々と列車を目指して駆け出す味方を感じながら、少女は目の前に降りてきた少年を見据える。

「まさか、光纏オーラドレスト出来るとはね。……何故そちらに付くんだい?」

「あなたたちの行動や対策は、私には許容出来ません」

「それが君の戦う理由? だとしたら、軽いね」

「大切な人を護りたい。理由はこれで十分です!」

 片や剣を構え、片や武器も構えらしき物すら取らず無防備に佇み、睨み合う。

 膠着を破ったのは、少女の背後から少年目掛けて飛んできた小さなナイフだった。

 知覚外だったはずのそれを難なく避ける少年。その隙にナイフを投げた灰色の少女は叫ぶ。

「先輩、早く!」

 促されるまま退避しようとした黒髪の少女は、その視界に灰色の少女以外を見つけてしまう。

 宙に浮かぶ、朱色の体表をした物語に出て来るような小さな竜。

「お返しだよ」

 少年の言葉と同時、その竜が何らかの攻撃を加える為に力を溜める予備動作を認める。その狙いは、灰色の少女。

ゆい!」

 全力で走り、灰色の少女をシャッターの穴へ向かって押し飛ばす。同時に、放たれた攻撃が黒髪の少女を襲った。

「先輩!」

 灰色の少女の声が響く。黒髪の少女は地面を暫く転がり、打ち所が悪かったのか身体が止まった時には意識を失っていた。

 やれやれ、と肩を竦め、少年はシャッターの穴から中へと足を踏み入れる。そしてすぐに気付いた。

「……いない?」

 他の人間は既に列車へと逃げているだろう。それは別にいい。発車出来ないよう、電気系統は事前に弄ってある。

 問題は、先程穴へと押し飛ばされた灰色の少女が何処にも見あたらないことだ。あの勢いなら床に倒れているだろうと思っていた。例えすぐに体勢を立て直したとしても、黒髪の少女が逃げる隙を作るほどだ。見捨てて逃げるという選択肢はない筈だった。

「一体何処へ……」

 呆然と呟く少年の足元。

 灰色の少女が履いていた靴が片方だけ落ちていた。

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