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結の杜の女神

 埼玉県草加市の外れにある児童養護施設「ゆいもり」。


 総勢二十四人のこの小さな施設では、年齢も性格も異なる子どもたちが、互いを“家族”と呼びながら、にぎやかに、時に喧嘩しながらも共に暮らしている。


 施設には、園長も職員もいるにはいるが、補助金だけ貰ってほとんど施設に顔を出さず、何年も前から、誠一達年長組が回しているのがこの施設の日常であった。


 「うぃー。ただいまー」


 小さな声で、恐る恐る扉を開ける誠一。


 「さっさと入れよ」


 なかなか家の中へと入ろうとしない誠一の背中を、国人が突き飛ばした。


 それを聞きつけたのか、ドタドタと大きな音を立てながら、小さな子供達が群れをなして現れた。尊敬に似た眼差しを浮かべている子、ただ手を引かれて連れてこられた子、無愛想な子など、様々であるが、誠一達の帰りを出迎えた。


 「おかえりー。待ってたぜキング!全然勝てないんだよー。助けてよー」


 そう言って、大勢の子供達が国人の手を引っ張る。


「ちょっと待ってって。分かったからさ」


 ここでの国人はキングと呼ばれている。どのゲームをやらせても天才的なセンスを持つことからついたあだ名である。特に、人気格闘ゲーム『シティファイター』において、世界三位の実力を持つこの男は、施設の少年たちの憧れの的であった。オンラインでランクマッチが可能なこのゲームで、子供たちはたった一台のPCを譲り合い、時には奪い合いながら研鑽に励んでいる。


 奥へと消えていく国人。それと同時に、次の御一行たちが声を上げた。


 「お腹すいたー。電太今日は何すんのー?」


 「今日は唐揚げだー!みんなちゃんと手伝ってよー」


 「イェーイ!」


 給餌係の電太は、いつも数人の子供たちを引き連れて、夕食を作っている。電太の作る料理の味は、普通の飲食店の三倍濃い。これが、育ち盛りの子供たちにしっかりと刺さっている。


 ちなみに、料理を手伝う子供たちの目的は、作ることではない。作っている最中に、電太が味見と言う名の食事を行うことを見張るためである。


「よしみんな!いつもの合言葉いくよ!デブの天敵は?」


「消費カロリー!!」


「相変わらずなんちゅう声出しだよ」


 既に姿の見えない国人からそんなツッコミが聞こえてきそうなところで、電太たちはキッチンへと消えていった。


 残されたのは誠一。目の前には一人の女の子。


 名前はミカ。


 肩に届かないぐらいの長さに、眉毛のラインで綺麗の揃った前髪。九歳らしいあどけなさと、少し大人びた暗さを合わせた雰囲気を持つその小さな体は、先ほどまでとんでもない巨人と戦闘を繰り広げた誠一すら強ばらせた。


 大きな目で、誠一を見つめている。口角を上げ、天使のような笑顔だ。


 ミカは片手に持つスケッチブックを開き、油性ペンで文字を書き込むと、誠一に向けた。  


 『約束のお花は?』


 誠一はバツが悪そうに頭を掻いた。


 「いやーそのー。それどころじゃなかったっていうか……。忘れちまってたっていうか……」


 その瞬間、ミカの表情は一転して悪魔のように曇った。一枚ページをめくり、再び文字を書き込む。


 『誠一の嘘つき!!』


 「大人には色々あるんだって。色々さ!今回は勘弁してくれ!この通りだって!」


 誠一は誠心誠意頭を下げた。五秒間の完璧な謝罪。そろそろ許されたはず、そう思って顔を上げた誠一が目にしたのは『いつもそうやってすぐ子供扱いして。絶対に許さないから』の文字であった。


 ミカはこれ以上反撃の余地など与えないとばかりに後ろを振り返ると、部屋の中へと入っていった。


 「あれが誠一の言っていたミカという女子おなごか」


 アマテラスはすっかり定位置になった誠一の肩の上に座っている。


 「あーそうだよ」


 「可愛い子じゃな。だが、どうしてミカは自分の言葉で話さぬのじゃ?」


 「話さないんじゃねえよ。話せないんだ」


 「ほう?」


 「ミカの父ちゃんが酷い奴だったみたいでさ。思わず助けて!って叫んだらしいんだ。でも、その助けてくれようとした人が死んじゃったんだってさ。その後、四年前にここに来た時にはもう、声は出ない状態だった。だから、ここの誰もミカの声は聞いたことがねえ」


 「なるほどのぅ」


 「まっ、ここに住んでる奴はみんな何かしらあるやつばっかだから、声が出せないぐらいどうってことねえよ。それにほら、見てみろよ」


 誠一とアマテラスは、部屋の中をそっと覗き込んだ。


 そこには、赤ちゃんを膝に乗せあやしながら、集まった子供たちに紙芝居を披露しているミカの姿があった。


 絵本はすべて手作り。紙にはカラフルなマジックで描かれた動物やキャラクター、セリフは太字で描かれ、それぞれのページに「読み手」が振り分けられている。

 ミカはスケッチブックを使いながら、目線やジェスチャーで次に読む子を示していく。小さな子たちは競うように大声でセリフを読み、まるで小さな劇団のように、笑いと拍手が絶えなかった。


 「ミカはああやっていっつもガキンチョたちの相手をしてくれてんだ。だから俺たちの言う事は聞かねえような子でも、ミカの言う事なら絶対に聞く。電太曰く『結の杜の女神様』らしいぜ。そんなミカを怒らせちまった日にゃぁ……」


 「何ぶつぶつ独り言言ってんの?」


 突然後方から聞こえてきた声に振り向くと、そこには男の子が一人立っていた。


 ミカより少し髪が短いだけで、あとはほぼそっくりの見た目。だが、一回り小さいこの少年の名前はいと。絃は、ミカの弟であり、まだ六歳の子供である。


 「あー?んー?いやーだからさー色々あんだって俺にもさ」


 「ミカも僕も知ってるよ。いつも困ったら、そうやって誤魔化せない程度に誤魔化そうとするの。誠一はバカだからさ」


 言いながらも、ちらりと部屋の奥にいる姉の方へ目をやる。

 年齢に見合わず、妙に大人びたため息を吐くと、歩き出した。


 「言っとくけど、ミカのこと泣かせたら、許さないからね」


 「分かってるって。ここに住んでる奴らは誰も泣かせる気はねえよ」


 「誠一って絶妙に分かってないよねー。まあ、僕にとっては全然それでもいいんだけど」


 「あぁ?なんのことだよ……って……」


 絃は言葉を待たず、部屋の中へとスルッと入っていった。ミカの隣に座ると、誠一を指差した。


 「ほらみんな!嘘つき誠一がいるぞー!」


 「あー!」


 子供たちが一斉に振り向いたところで、誠一は全てを察したように「やっべぇ」と口に出すと、廊下を歩き出した。



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