無限の偏光
『完全顕現』
その一言と共に、誠一とアマテラスの二人を大きな光が包み込んだ。
重ねた手と手を通して、誠一の内側から何かが流れ出す。
それは血でも力でもない。もっと深く、もっと根源的なもの。
記憶、感情——
誠一が今までに体感したことのないはずのもので、それでいてどこか懐かしいような感覚。
それらが光に溶け出し、アマテラスの中へと注ぎ込まれていく。
光が明けた頃、そこに立っていたのは、今朝見た、あの神々しい姿のアマテラスだった。
「すげえ……」
誠一は思わずそう呟いた。
器となった今だからこそわかる。その身に響いてくる、圧倒的な存在の重み。
アマテラスは優しく微笑むと、空を見上げた。
「誠一よ。よく見ておれ。そして学べ。私の最強たる所以を。この姿を見せる機会も、これからそう多くはあるまいからな」
そう言ってアマテラスは、悠然と空へ舞い上がった。
その先には、異形と化したヌラカガが待ち構えている。
「奥の手を隠し持っていたか。さすが最強と呼ばれていただけのことはある。だが、それも過去のこと。貴様はすでに我らに敗北した堕神。再び相まみえたところで、結果が変わると思うてか?」
「其方らは、“根源律”という壁に守られていただけ。だが今の私は、誠一の体を器として顕現した存在。妖相手に越えられなかった壁は、人という媒介を経て取り除かれた。そうなれば、あとは純粋な実力のみがものをいう。到底、其方らが敵う相手ではない」
「力の差を見誤るなよ?」
「ふふふ、そのセリフは格上のものだろう?」
「言わせておけば!」
ヌラカガは、黒い球体をアマテラスに投げつけた。
それはアマテラスに衝突すると、体全体を四方八方から押し潰すほどの重力を発生させた。
舞い上がる砂塵。黒煙が晴れていく。
その中心に、まるで最初から何もなかったかのように――アマテラスは、静かに立っていた。
黄金の光を纏うその姿は、まさに神話そのもの。
「……何?」
ヌラカガの声が、一瞬だけ震えた。
「太陽神の私は、光そのもの。すべての事象に対して“一歩前の未来”に移動すれば、私に届くことは決してない……では、次はこちらから、と言わせてもらおうか」
アマテラスは、右手人差し指を軽く立てた。
「誠一よ。これが我の……なんと言ったかな? あぁそうだ、“必殺技”だ」
小さな光の粒が、指の上で漂い、徐々に数を増していく。
「我が指は、光を実体化させる。そして……」
次にアマテラスは、中指も立てた。
「もう一つの指で、その光に無数の自転を与える。あらゆる角度から、あらゆる速度の光を、あらゆるタイミングでぶつけ合うことによって生まれるのは、“無限の偏光”」
光の粒が、回り始めた。上下左右、斜め――予測不能な軌道で自転しながら、まるで無限の回転角度を保つように空間に乱舞する。
「そしてこれを、手のひらサイズに圧縮し――小さく、小さくしていく」
目に見えぬほど小さな光子が、無限のスピンで重なり合っていく。
それは徐々に圧縮されて、小さな太陽のように強い光を放つ球体へと昇華された。
「人は“技”に名をつけると言っていたな? ならばこういうのはどうだ?」
「光滅閃花」
アマテラスは、それをヌラカガへと投げつけた。
それは、ヌラカガの体に当たった瞬間、吸い込まれるようにして体内で光を放ち始める。
まるで星の終わる瞬間の爆発――ビッグバンのように、一瞬の輝きを放ち、そして。
光が消えると共に、ヌラカガの姿は完全に消滅していた。
そのとき、空間にヒビが入り、世界が壊れていく。
景色はさっきまでとほぼ同じだったが、日はすっかり暮れており、半壊していたはずの学校も、何事もなかったかのように元の姿を取り戻していた。
ヌラカガのいた場所を、アマテラスが注意深く見つめる。
「なるほど。やはり、影であったか。……臆病者め」
吐き捨てるようにそう言うと、アマテラスは地上へと降下していった。
「終わったぞ、誠一」
「ああ……やっぱ神様って、すげえんだな」
「この程度、造作もない。……ひとまず器を戻す。早くしないと、本当に誠一が死にそうだか
らな」
その声色に、先ほどまで空を焦がした戦いの痕跡は微塵もない。ただの一人の少女のような、静かな優しさがあった。
アマテラスは、息も絶え絶えの誠一の手を握ると、光に包まれた。
そしてその光が明けたとき、アマテラスは再び小さい姿となっていた。
それと同時に、誠一の体も、まるで何事もなかったかのように元通りになっていた。
骨も、血も、痛みすらも、すべて消えていた。
「なんだこれ……体が……回復してる!?」
だがアマテラスは、小さな姿のまま宙に浮かび、目を閉じていた。
「正確には、“回復した”のではない。“飛んだ”のじゃ」
「どういうこと?」
「さっき“命を燃やす”と言ったじゃろ? あれは文字通り、“命の時間”を使うということ。我が完全顕現していた時間は、およそ三分。神の一分は人の一年に等しい。つまり、誠一が今後過ごすはずだった三年分の時間を、無き物にしたのじゃ。体が治っているのは、その副作用。本来ならゆっくり癒えるはずの傷を、三年分、無理やり早めた結果じゃ」
「まーた難しく言っちゃってさー。要するに、俺の寿命が三年縮んだだけで、敵も倒せて傷も治ったってことだろ? 一石二鳥じゃねえか。これからも困ったら頼んだぜ」
「“寿命が縮む”とは少し違う。これはな“人が必ず受け入れねばならぬ『運命の日』”を、早めるということじゃ。その日は、その者にとって“死ぬほどの不幸”が訪れる定めの日。たいていは、自らの死。だが……何が起こるかは、我にもわからぬ。なにせ、“神の器”となった者に訪れる最大の不幸など、前例すらないからな。
そもそも、我らは運命共同体。誠一が死ねば、我もまた消える。そうなれば、太陽すら沈む。我らの“運命の日”は、地球上すべてのものにとっての破局となり得る。つまり、其方の死を早めるような“完全顕現”を、易々とは使えぬということじゃ。
だが、奴らはそんな理屈などお構いなしに、また襲ってくるであろう。……つまりは、誠一。其方自身が――」
「強くなんなきゃならねえってことか。面白くなってきたなー」
「面白い? 恐怖はないのか? また同じ目に遭うかもしれないのじゃぞ?」
「そりゃ、またあんなでっけぇ奴が来たら怖ぇよ。できることなら、死ぬ思いなんてもうしたくねぇ。でも、誰かに死なれるぐらいなら、恐怖なんて些細なもんだ。
今朝、アマちゃんも言ってたろ? 家族が恋しいって。俺はさ、物心ついた時からずっと一人だったから……わかるんだ。孤独って、マジで寂しいってこと。
だからこそ、俺の家族には誰一人、そんな思いをさせたくねぇ。家族の誰よりも長生きして、最後の一人は俺が引き受ける。そのために立ちはだかる奴がいるなら、喜んで戦ってやるよ。
目標は“人類で一番長生きした男”だ!ってな」
しばしの沈黙。
誠一は口を半開きにしたまま、ふと何かに気づいたように呟いた。
「……あっ、でも三年も寿命縮んだのって、地味にとんでもねぇロスじゃねぇかー!?」
「うむ。今違うと言ったばかりじゃが。まあ誠一はそれぐらいの認識でおればいい。後で国人にでも話しておくとして……だが、目標自体は間違ってはおらぬ。我も全力で誠一を強くしよう。我らが少しでも生き延びるために。そして、出来ることなら我も家族に会いたいものじゃ」
「なんだっけ?ツクヨミだかスサノオだか言ってたよな?」
「あぁ。先の戦いに我らが敗北した際に、ばらばらとなった。おそらく、我と同様に地上へと堕ちたと思うのじゃがな。カガセオの作った神域空間にも気づかぬほど落ちた我の感知能力では、どこにいるやも想像がつかぬが。生きていればそのうち会えよう」
「じゃあ探しに行こうぜ。そいつらも、アマちゃんのこと、待ってるだろうしな」
「ふふふ。そうだといいがのぅ。気難しい奴らじゃがな」
「おーい誠一!」
和やかなムードの中、誠一とアマテラスの元へ走ってくる二人の姿。国人と電太だ。
二人は安堵した表情を浮かべている。
「俺たち、助かったのか?」
「もー大変だったんだよー。あの時、階段から転がり落ちちゃってさー」
「そりゃ電太お前、運動不足だろ」
笑い合う四人は、誠一の「まっ帰ろうぜ」の一言で、帰路に着いた。
月が穏やかに照らす道を歩き出した頃、電太が思い出したように一言。
「でも誠一さ。こんな時に言うのもなんだけど、ちゃんと準備した?ミカちゃんに、お花」
その瞬間、誠一の顔からスッと血の気がひいていった。
「やべえ……すっかり忘れてた。まだ間に合う?まだ間に合うか!?」
「いや、もうどこも閉まってんだろ」
諦めたように、国人は呟く。
「ぐわぁぁあああああ!!!ヤベェぇええええどうしよう!!???俺はどうしたらいい電太?助けてくれよ国人!」
「なんじゃなんじゃ!!楽しそうじゃのぅ!!」
誠一は膝から崩れ落ちた。アマテラスは呑気にプカプカと飛び回っている。
「あーあ。誠一のやつ、こりゃ死んだな」
「ねっ」
国人と電太は、お互いの顔を見合うと、悪戯を楽しむ少年のように、笑った。
最初の戦いが終わりました。
ここまで読んで頂けただけた方、本当にありがとうございます。
次回からはミカちゃんが出て来ます。あとは敵サイドのくだりを少々挟もうと思っています。