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急襲

放課後の教室には、夕陽が差し込んでいた。窓越しに射し込んだ橙色の光が、机の上に長く影を伸ばしている。


 誠一、電太、国人の三人が、一つの机を囲むようにして腰掛けていた。今しがたの騒ぎが嘘のように、教室には穏やかな沈黙が満ちていた。


 「でっ?何が起こってんの?」


 机に肘を乗せ、指先を口の前で絡ませながら、国人が言った。声の調子は軽いが、目は真剣だった。


 「えーっとですねー。俺、神様と合体しちゃったみたい」


 照れながらそう話す誠一。


 「はあ?」


 全くの同タイミングで驚く国人と電太。


「何言ってんの誠一。そんなの、おでんにジャム付けて食うぐらいあり得ないでしょ」


「まあ、待てよ電太。お前のその『食い物例え』はややこしい。それに誠一はバカだけど嘘はつかねぇ。今日のアレを見た後じゃ、それくらいのことがあってもおかしくねぇよ」


「でもさー」


 納得がいかず、不満そうに口を尖らせる電太。


「まっ!電太の言ってる事ももっともだ。誠一、お前なんか証拠でも出せないのかよ?」


「あるんだなーそれが。ただ、俺も初めてだから、うまくいくか分かんねーけどな」


 待ってましたとばかりに誠一は立ち上がると、二人に向かって両手を差し出した。


「俺と握手してくれ。そうしたらお前らも見えるようになるんだってよ」


「ほんとかよ?」


 口々に怪しむ二人だったが、渋々手を出して、誠一の手を握った。


『見せる』


 ビリッ、と空間が裂けるような感覚。

 

 教室の空気が一瞬、止まった。


 何もなかった誠一の頭上に、唐突に小さな光の玉が現れる。次の瞬間、それはぷちん、と音を立てるように弾け、光の中から小さな少女がふわりと姿を現した。


 「どうも〜。小さくなって可愛くなったアマテラスことアマちゃんじゃ」


 「と、いうことじゃ〜」


 アマテラスと誠一は、満面の笑みと共に両手でピースのサインを見せた。


 「なっ……なにぃぃいいいいい??」


 電太は椅子ごと派手にひっくり返り、教室の床でジタバタ転がった。


 「大丈夫か電太?」


 慌てて手を差し伸べる国人だったが、電太はその手を無視して、呆然とアマテラスを見上げた。


 「これが天使……いや神か……!!」


 「ん?」


 「可愛いぃぃいいいいい!!!!!」


 教室中に響き渡る絶叫。


 その目は恋する乙女のように潤んでいた。


 風船が跳ねるように飛び起きる電太。真っ直ぐにアマテラスに近づくと、指先でほっぺたを突いた。


 「こ……このほっぺは、プニプニだ。マシュマロを敷き詰めて作った枕よりプニプニのプニだ」


 「ふははははは。いいぞ。もっと驚け。そして愛でよ。思う存分に愛でるのじゃ!」


 「うおおおおお!!!!生きてて良かったぁあああああ!!!!」


 アマテラスを担ぎ上げ、何度も胴上げする電太。


 そんな二人を尻目に、国人は誠一に尋ねた。


 「まあ電太は放っておいて。今日遅れてきたのはこれが原因?」


 「そうそう。実はさ……」


 誠一は今朝の出来事を話した。アマテラスがスカイツリーに突き刺さっていた事。それを助けるために、自らが器になった事など。世界を救ったという点は特に強調して。


 一通り聞き終え、国人は小さく何度も頷いた。


 「なるほどねー……。聞きたいことは山ほどあるけど。まず、というかそもそも……神様が地上に落ちるって、どういう状況だよ?」


 「んー何でだ?」


 首を捻る誠一の脇から、アマテラスがひょっこりと顔を出した。


 「それはじゃな、我が負けたからじゃ。戦争に。」


 明るくそう話すアマテラスを、不思議そうに見つめながら国人は続ける。


 「何で神同士で戦争するんだよ?」


 「我が生まれて約四十億年。最強にして最高神である我に対して反旗を翻すものなど、数えきれないほどあったものじゃ。それでも、鎮圧するなどお手のものじゃった。だが、今回は違った。奴らは手を組んだのじゃ。あやかしと」


「神様の次は妖かよ。あー頭がおかしくなりそうだ」


 頭を抱える国人。話に飽きて電太と腕相撲を始めた誠一。


 電太の悲鳴にも似た叫び声が教室内に響くが、国人とアマテラスは意に介さない。


 「神は人を創った。この時、我らは人に対して『根源律こんげんりつ』という一つの絶対不可侵の条約を定めた。要するに、神は人に危害を加えることは出来ないというルールじゃ。例え我が攻撃を仕掛けても、それは直接的に人には届かない。災害だとか間接的なものは可能じゃがの」


 「それで?どう妖と繋がってくんの?」


 「神が人を創ったように、人の内に渦巻く感情が、妖を産み出した。怒り、憎しみ、嫉妬、絶望。そうした負のおりから生まれた存在じゃ。じゃがそれは、人が生んだものゆえに根源律もまた当てはまる。つまり……」


 「妖に対しては、神の力が絶対無効ってことか」


 「うむ。其方はアホウの誠一と違って頭がいいのう」


 「別によくないよ。あの二人が馬鹿すぎるんだって」


 馬鹿騒ぎを続ける二人を見て、少しニヤける国人。


 「我ら神の軍は、妖と手を組んだ邪神どもに為す術もなく敗北した。そして、我は地に落ちたのじゃ」


 「充分分かった。じゃあ最後に一つだけ質問。これから誠一はどうなる?キミの器になったってことは、あいつもなにかしらその戦いに巻き込まれるんじゃないのか?」


 「可能性は高い。我が死ねば太陽も沈む。それが無い以上、奴らも我が生き残っていることは百も承知。奴らの目的がまだ済んでいないのであれば、必ず我のことを躍起になって探す。だが、我が誠一の中にいる以上、奴らも簡単に我を見つけることは難しいじゃろう」


 国人の表情が曇る。


 「言い換えれば、見つかったらやばいってことだろ?神様ってのは随分勝手なんだな。人の体を使って生き延びたかと思えば、そいつの安全すら保証出来ないなんて」


 「至極真っ当なことを言う。それに関しては、生にすがった我の甘えが原因。言葉もないのぅ」


 アマテラスは一瞬、俯いた。


 「ま、いいじゃねえか」


 ふいに場違いなほど呑気な声が割って入った。


 誠一が二人の間に顔を突っ込むように現れる。


 いつものように飄々とした笑みを浮かべながらも、その目だけは、どこかまっすぐだった。


 「あの時俺が器になってなかったら、俺たちだって死んでたんだ。選ぶ余地なんて最初からなかったし、生きようとするのが悪いことなわけねえだろ――まあ、いざって時は任せとけって。今の俺、グラゴスをワンパンできるくらい強えし!」


 そう言って目一杯力こぶを作る。


 「それに、もう合体しちまったんだから、家族みたいなもんじゃん」


 一瞬、沈黙が流れた。

 

 誠一の言葉は、冗談のように聞こえて、どこまでも真剣だった。


 「家族……とな……」


 小さくそう呟くアマテラス


 「まあ間違ってはないよ」


 国人はため息を吐きながらも、諦めと納得の表情を見せた。


 「国人は聡明。電太はよく食べる。誠一は良い友を持っておるのぅ」


 アマテラスは誠一の肩に再び乗った。


 「いいや、友達じゃねえよ。俺たち三人は同じ施設で育った家族だよ。血は繋がってねえけどな。だから、アマちゃんもあんま気にすんな。一人ぐらい増えたって関係ねえよ」


 そう誠一は笑う。


 アマテラスは目を丸くした。


 「神に対して家族とは……。ただのアホウか、それとも、豪胆の極みか」


 「ねえねえ。話はまとまった?じゃあ次僕が話してもいい?」


 電太は窓の外を眺めながら言った。


 「もう学校終わって結構時間経ってるけどさ、なんか全然日が沈まなくない?」


 「そんなの、まだ日が落ちる時間じゃないってだけだろ?」


 国人は黒板の上の掛け時計に目をやった。


 時刻は十六時四十八分を指している。


 一見すると、何の変哲もない時計。だが、国人が目を凝らすと、あることに気づいた。


 「この時計、動いてないぞ」


 この間、アマテラスは、嫌な雰囲気を感じていた。


 「まさか。我が気づかぬ間に。ここは既に……」


 その瞬間だった。


 言い終わらぬうちに、教室が激しく揺れた。壁が軋み、ガラスが割れる音が響き渡る。


 窓の外には巨大な影…いや、怪物の姿が浮かび上がっていた


 その影は少しずつ形を成していき、大きな人の姿となった。


 鋭い目と耳、に尖った顎。額には螺旋状に伸びた二つのツノ。長く伸びた紫色の髪に、筋骨隆々とした体。全体には薄い煙のようなオーラに包まれている。


 国人が震える声で言った。


「ここ三階だぞ……。デカすぎるだろ……」


「ありゃあグラゴスどころじゃねえや。逃げるぞ!」


 誠一たちは、急いで出口へと向かった。

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