測定結果 『測定不能』
本日の誠一は、まさに神懸かっていた。
続けて行われたテストでも、次々と世界記録を優に超える記録を叩き出した。
そして迎えた最終競技は、体育館にて行われる握力測定。
ここまで誠一に予想外の活躍をされ、面白くないのがグラゴスである。
電太とクラス最下位を二人で独走中であり、この握力測定が、全ての命運を握ることは明らかであった。
グラゴスは順番を割り込み先頭に立つと、測定器を手に取った。
「こうなったらもう電太、かかってこいや!お前の財布で食堂の料理を全部空にしてやるからよ!」
「ふふふ、グラゴス。みっともないよ。そんなに大きな声を出しちゃって。分かるよ。怖いんだね僕が。この僕の、宇宙をも飲み込める胃袋が!」
電太とグラゴスはお互いに向き合った。
その場の空気が、一気に張り詰める。
汗が床にポタリと落ちる音さえ、静寂を切り裂く刃のように響いた。
さながら、大相撲の貴乃花と曙の睨み合いのように。
さながら、女子プロレスの北斗晶と神取忍の煽り合いのように。
さながら、K-1の魔裟斗と山本KID徳郁の清々しさにように。
二人のボルテージは最高潮まで上がっていた。
「分かったからとっととやれよ」
国人の冷めた一言を合図として、二人は怒声混じりの大声を上げながら、握力計を強く握った。
「どりゃぁああああああ!!!!!!!」
館内に響き渡る二人の声。クラスメイト全員の注目がここに集まる。
最初に終えたのはグラゴスだった。滝のように流れる汗を拭い、満足した表情を浮かべながら、クラス中に見せつけるように、測定器を掲げた。
139kg
正にパワーだけと言われる男が残すに相応しい数字であった。
「くそっ……このままじゃ……僕は……負ける」
現在、電太が測定器に刻んでいる数字は132kg。7kgの壁は想像以上に高い。
「諦めろ電太!お前はもう負けなんだよ!」
「まだ……まだだ……まだ僕は負けてない……!」
歯を食いしばり、顔を真っ赤に染めながら、電太は震える手に渾身の力を込める。
「僕には……夢があるんだ……他人の財布で、カツ丼をおかわりして……唐揚げ定食にアイスまでつけて……!」
悲願であり、執念であり、執着。
ただの昼メシの話に、命を懸ける漢が、そこにいた。
針は134kgを示した。
残り5kg。
だが、電太の前腕は震えだしている。顔は紅潮し、体全体からは湯気が立ち込めている。限界以上なのは明白だ。
「ったく……しょうがないなー」
見かねた国人は、両サイドのポケットからおにぎりを二つずつ取り出した。
「ほら電太、いくぞー」
国人は、おにぎりを全て電太の口目掛けて投げた。
電太は凄まじい反応速度で食らいつくと、味わいながら一つずつ飲み込んでいく。
「これは、僕の大好きな『おにぎり専門店 米魂』のおにぎり。どれだけ冷めてもふわふわのお米でシンプルかつ少し濃いめに作られたオカズを包み、その上から五種類の海苔を贅沢に織り込んだ最高級おにぎり。こんなの食べちゃったら、力が漲るに決まってるでしょうが!!!!」
測定器は、グングンと数値を上げていく。
「やめろぉぉおおおおお!!!!」
悲鳴をあげるグラゴス。
「僕の……勝ちだぁぁあああああ!!!!!」
力を使い果たした、と同時に倒れる電太。
最終計測結果は139.1kg。
伝説的な接戦の結果に沸き立ち、電太に駆け寄るクラスメイトたち。
「やったよ……やったよ僕。これで……腹一杯……ご飯が……食えるんだ……」
「いっつも死ぬほど食ってんだろ」
呆れる国人だったが、その目は間違いなくどうでも良さそうであった。
……その時だった。
体育館の片隅から、低く、唸るような音が鳴り響いた。
「ギィ……ギリリリ……バキィィィン!!」
鉄を絞めるような轟音。誰かの悲鳴。皆の視線が一斉に、その音の主へと向けられる。
そこにいたのは、悠然と立つ一人の男。
「……あっ、悪い。壊しちまった」
測定器は、まるで事故車のように原形を留めていなかった。
駿河誠一、握力測定結果
『測定不能』