3.8秒
慌てて教室を出た誠一。
アマテラスは、ピョンピョンと鞠つきの様に跳ねながら、誠一の後を着いて行く。
「どうした誠一。慌てて飛び出して。それにしても、学校とやらは賑やかで楽しそうじゃのー」
キョロキョロと窓の外を眺めたり、他の教室を除いたりと、アマテラスは目を輝かせている。
廊下をしばらく進み、誰もいないことを確認すると、誠一はアマテラスを振り返った。
「あれってマジだったってこと?」
「あれとは?」
「あのーでっかい人がスカイツリーにブッ刺さってて……」
「人ではない、神じゃ」
「えーっとなんて言ったっけ?アマテラスだっけ?」
「今はアマテラスではない。小さくなって愛らしくなったアマちゃんじゃ」
「まあそんなの何だっていいんだけどさ……」
「アマちゃんじゃ」
誠一は一瞬、聞き間違いかと眉をひそめた。
「ん?だからさ……」
「アマちゃんじゃ」
まっすぐな目。ぶれない信念。誠一は根負けして頭を掻いた。
「分かった分かった。アマちゃんだろ?悪かったって」
「うむ。それでよい」
「でさ、えーっとつまり今はどういう状況?」
「誠一の魂を器として、我は生きながらえた。つまり我と誠一は一心同体ということじゃな。そして我が生きている限り、太陽も沈まぬ」
「おーてことはだ。俺は世界を救った英雄ってことか?」
「まあそうといっても差し支えはなかろうな」
「おーーーーすげぇぇぇええええ!!!やったぜぇぇえええええ!!!!」
誠一は両手で大きくガッツポーズを見せた。
「何がそんなに嬉しいんじゃ?」
「分かってねえなアマちゃん。男ってのはな、世界なんて救えるもんなら救ってみたいって思ってる生き物なんだぜ?」
そう言ったところで、誠一は急に冷静さを取り戻した。
「でも待てよ?グラゴスの野郎、俺が世界を救ってたっていうのに、あんな舐めたこと言ってやがったのかよ。あいつ、絶対許さねえぞ!今日のスポーツテスト、絶対勝つ!」
「盛り上がってるところ悪いが、何なんじゃ、そのスポーツテストとやらは?」
「あーまあ、何つーか、要するに人間のー運動能力のーテストってところだな」
その時、話し込む二人を急かすように、チャイムが鳴った。
「やべえや。早く行かねえと。アマちゃん、しっかり着いてこいよ!」
誠一はアマテラスの返事を待たず、走り出した。
「やれやれ。アホウがすぐ走り出すというのは、神も人も変わらんようじゃのー」
呆れてため息を吐くアマテラス。
「あっそうだ」
誠一は何かを思い出したかのように、アマテラスの方を向いた。
「お前も、助かってよかったな」
誠一が見せたのは、太陽のように眩い笑顔であった。
「そればかりは……我も同意じゃの」
二人がグラウンドへと向かうと、既に一年二組のメンバーは一列に並び、それぞれが、今か今かと順番を待っている時であった。
今回のスポーツテストの実施項目は以下の八つ。
握力
上体起こし
長座体前屈
反復横跳び
20mシャトルラン
50m走
立ち幅跳び
ハンドボール投げ
これらの競技を、それぞれのクラスに振り分けられた順番に行って行くのだが、誠一のクラスは50m走からとなっていた。
「遅いぞ誠一。もう次、お前の番だぞ」
基本的に名前の順に行うスポーツテストにおいて、誠一の順番は五番目。50m走は、二人同時に走るのが一般的である。
丁度先頭の四人がテストを終えていたこともあり、国人は、誠一を列の最前列に向かわせた。
スタートラインに立つ誠一。
ゴールラインでは、体育教師の田代がストップウォッチを片手にスターターピストルを空に向けている。
アマテラスは、ライン前をふわふわと浮きながら、逆さまの状態で、小さな手を顎に乗せている。
「なるほどなるほど。あそこに向かって走る速さを競うというわけじゃな。ん?この者……おい!誠一!この者が手に持つのは何じゃ?神具か!?」
誠一は口を尖らせ、しかめ面をしながら、慌てた素振りで大きく手と首を横に振っている。
「とにかく見てろ、ということじゃな。まあそれも良か…….」
「位置について、よーいドン!」
発砲音が響き渡った。
「んわぁんとぉぉぉおおおおおーーーーー」
驚き、後方へと回転していくアマテラスと、完全に出遅れた誠一。
体育教師に怒り狂うアマテラスを尻目に、誠一は不思議な感覚を味わっていた。
(何だこれ?体が軽い。羽が生えたみてえにどんどん足が勝手に前に進んでいく……もっと、もっと速く出来る)
国人が言っていたように、誠一にとって特技は『明るい』ことだけだった。
ペンを持たせれば間違いを書き、ボールを持たせれば明後日の方向に投げるような、そんな男だった。
誰も誠一のスポーツテストに期待していない。そんな状況で事実、クラスメイト並びに田代は、誠一の走りに目を奪われた。
いわゆる理想のフォームとは全くかけ離れた走り方で、後方に砂埃を巻き上げながらゴールラインを超えた誠一が残したタイムはー
3.8秒。
およそ常人、いや、世界の超人ですら残すことの出来ない記録であった。
周りは静まり返っている。
誠一すらも自分の速さに驚き、口をあんぐりと開けている。
「……はあ?」
最初に声を上げたのは、田代先生であった。何度もストップウォッチを見返し、目を擦り、天を見上げては地を見つめている。
そんな中、アマテラスは不思議そうに誠一に近づいた。
「どうしたどうした?みな時が止まったように動きを止めて」
「いや俺、速すぎね?」
「神の器となったのじゃ。常人共の身体能力と一線を画すぐらい、当然のこと」
「ま……マジっすか……」
スポーツテストは、波乱という静寂でスタートを迎えた。