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アマテラスのアマちゃん

足取り軽く学校に着いた誠一だったが、すでに十分の遅刻だった。


教室の後ろの扉から静かに扉を開けた誠一であったが、授業が行われている様子はなく、体操服に身を包んだ男子生徒達のみがそこにいた。


背筋を伸ばして椅子に座っている生徒や、不機嫌そうに机の上に座り込んでいるグループ。教卓の上で、数人の注目を集めながら、裸踊りをしているひょうきん者もいる。


その全員が、遅れて入ってきた誠一に視線を向けた。


「おー来たか誠一!今日はもうビビって逃げちまったと思ったぜ!何たって今日はお前が最下位候補だからな!」


声を上げたのは、倉越くらごし ごう通称グラゴス。時代遅れのリーゼントヘアーに、筋肉の混じったぽっちゃり体型。ハチに刺されたようなたらこ唇を持つ、ヘビー級の男だ。いつかの喧嘩の後「俺は人ではない。モンスターだ」と高らかに迷言を放ったことから、グラゴスと呼ばれるようになった。


「お前だって足おっせえだろうが!」


「いいんだよ!俺にはこの天性のパワーがあるんだからな!」


両腕で力こぶを作るグラゴス。


「まあ勝手に言ってろって。力だけで勝てるほど、甘い戦いじゃねえんだよ」


本日、東京都立両国北高校は、スポーツテストの日であった。男子と女子に分かれ、それぞれの種目をこなしていく。女子にとっては、ほぼ事務的な作業になる物だが、男子にとっては少し特別な意味を持つ。


この学校で、一番優れた運動能力を持つ者が誰かが決まるからだ。


それは男子生徒にとって死刑判決のように残酷で、王の戴冠式のように名誉ある一日となりうる。


そして誠一の通う一年二組では、男子の間で一つあるルールが設けられていた(グラゴス考案)。


クラス最下位の男は、後日全員に昼飯奢りの刑だ。


食べ盛り男子総勢十四名のこのクラスにおいて、一人平均千円だとしても合計一万四千円と、男子学生を簡単に破産寸前に追い込める額だ。


だが、それで済めばまだまし。一年二組には、金額をたった一人で倍以上に跳ね上げる可能性のある危険人物がいる。


教室の真ん中で、今まさに炊飯器を開いたこの男は、誠一の幼馴染の一人、平塚ひらつか 電太でんたである。


「電太、お前何食ってんだ?」


炊飯器を覗き込もうとする誠一に、電太はほっぺをパンパンに膨らましながら答えた。


「ふぇ?ただの弁当だけど?」


炊飯器の中身は、豚骨ベースに濃口の醤油の匂いを漂わせ、中太の麺を絡ませたラーメンであった。トッピングは、大量のチャーシューにほうれん草を少々、海苔二枚乗せ。机の横に置かれた唐辛子の瓶は、半分以上減っている。


「お前それ……美味そうだな」


誠一を含むクラスの男子はその匂いに、無意識に溢れてくる唾液をごくりと飲み込んだ。


「いや、どこが弁当だって話だろ」


前の席から電太の机に肘をつけ、呆れたようにそう言い放ったのは、誠一のもう一人の幼馴染、真壁まかべ 国人くにひと


黒縁のメガネ。髪はちょうどメガネにかかるぐらいの長さで、全体的に細身の体型は、風が吹けば飛びそうなほどだ。


国人は、誠一と電太を両肩に巻き込むと、二人に交互に目を向けながら言った。


「いいかお前達。はっきり言う。お前達二人は今日のスポーツテストで、みんなからカモだと思われてる。明るいだけの誠一、飯食ってるだけの電太。パワーだけSでほかのステータスが全部Fのグラゴスを加えた三人。これがこのクラスの三弱だ」


誠一と電太は特に意に介していない。


「まあ何とかなんだろ。なっ!電太!」


「うんうん。クニっちは心配しすぎなんだって。チャーシュー一切れあげるからさ、落ち着きなって」


国人は、電太のお箸から渡された分厚いチャーシューを口に咥えながら「負けても金は貸さねえからな」と二人を睨みつけた。


「これが学校というものか?賑やかなものじゃのー。それにこの神饌しんせんも見たことないものじゃ」


「ん?」


突然聞こえてきたのは女性、というよりももっと小さい女の子の声。


誠一は辺りを見渡した。もちろん今は男子しかいないはずだ。


「我を探しておるのか?ここじゃここ。アホウの誠一よ」


小さな指が、誠一の頭を軽く突いた。


釣られて誠一が上を見上げると、小さな女の子が肩車の状態で乗っていた。


淡い光を宿したような白金の髪。腰まで伸びたそれは、風もないのにふわふわと揺れている。


服装は、古代の巫女衣装白い小袖。だがその裾は短く、まるで玩具のようなミニサイズに仕立て直されている。袖には金の刺繍が走り、肩には赤い組紐で括られた勾玉の装飾が光っている。


瞳は、ラベンダーのような紫色が薄く光りながら、ガラスのように透き通って見える。


「どゅわあああああ!!!!」


驚き、後ろに倒れ込む誠一。周囲の机や椅子を巻き込み、大きな音を上げた。


「ふふふふふ。なーにを驚いておる。我じゃ我。あの時助けていただいたアマテラスじゃよ。もっとも、今はこんなに小さくなってしまったものじゃから、敬意を持ってアマちゃんとでも呼ぶがいい」


重力を感じさせず、ふわふわと浮かぶアマテラス。


「誠一、大丈夫か?何だってんだよいきなり」


心配そうに誠一に手を伸ばす国人。


「あ……ああ……ってこれ、お前ら見えてねえの?」


誠一は腰を抜かしながらも、立ち上がった。


「これって何の話?」


電太は首を傾げながらそう尋ねた。


「ああ誠一。我の姿は誰にも見えとらんぞ。我は誠一の心と繋がっている、つまり我の姿は誠一の心そのものと言ってもよい。心の内など神でも見えんものじゃからな。まあもちろん、我も神の端くれだ。今すぐここにいる全員に姿を見せようと思えばそれも…….」


「ちょっと待てちょっと待て。頭がついてかねえよ。つまりあれは……」


そう言いかけて、誠一は気づく。クラスメイト達からの、明らかに変な奴を見る目線に。教卓裸踊りマンですら、誠一のことを心配そうに見ている。


「誠一お前、本当に大丈夫か?」


「うん。ちょっと腹痛いからトイレ行ってきます」


誠一は、全く痛くないお腹を抱えながら、逃げるように教室を出た。

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