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第五十三話「午後のひととき」

朝の光がキッチンの窓から差し込む中、ユナギは手慣れた様子でトーストにトマトソースを塗り、その上にたっぷりとチーズをのせていた。チーズが軽く焦げ目がつくまでオーブンで温めると、香ばしい匂いが部屋に広がり、アルクが淹れたミルクコーヒーの甘い香りと絶妙に混ざり合っている。


「おいしそうな匂いですね」


アルクが人型の姿でテーブルにカップを置きながら言った。


「うん、朝はやっぱりこういうのがいいよね」


ユナギは長い耳を満足そうに動かしながら、チーズがとろけ始めたトーストをオーブンから取り出した。

二人がテーブルに向かい合って座り、温かい朝食を頬張り始めたが、どこかユナギの表情は晴れない。しばらく無言で食事を続けた後、ユナギが軽いため息をついた。


「昨日のトランキリティの件、カミロ所長に報告はしたけれど…」


ユナギはミルクコーヒーを手に持ったまま、宙を見つめるように言った。


「フレイザー氏とヤン家族の関係、星の教会とのつながりは確認できましたが、それで何が分かったのか正直なところ…」


アルクも少し困ったような表情を見せた。

ユナギは少し考えるような表情を見せた。


「今のところ、正直あんまりできることがないんだよね。カミロ所長は『何をすべきかじっくり考え、それで思い浮かばなければ少し休んでもいいんじゃないか?この調査が始まってからずっと外に出て調査しているだろう』って言ってたけど」


「確かに、毎日何かしら動き回っていましたからね」


アルクは同意した。

ユナギはトマトソースの酸味とチーズのまろやかさを楽しみながら、頭の中で今日できることを整理し始めた。長い耳がゆっくりと前後に動いている。


「まず、タクミさんに装置の返却が遅れそうなことを報告しなきゃいけないね」


ユナギは指を折りながら言った。


「あとは…、ラースさんにその後何か変わったことがなかったか連絡を取ってみるのもいいかもしれない」


「タクミさんへの連絡は必要ですね」


アルクが同意した。


「ただ、ユナギ、少しリフレッシュしたほうがいいんじゃないでしょうか?」


「リフレッシュ?」


ユナギは首を傾げた。


「いい考えが浮かばないときは気分転換が有効ですよ」


アルクは穏やかな口調で説明した。


「ずっと同じことを考え続けていると、かえって視野が狭くなってしまうことがあります」


ユナギは最後のトーストを口に入れながら考えた。確かに、最近は事件のことばかり考えていて、少し煮詰まっている感覚があった。


「何をしようかな」


ユナギが呟くと、アルクの表情が少し明るくなった。


「そういえば、エリカさんからお誘いがあったことを覚えていますか?」


「あ!」


ユナギの耳がぴんと立った。


「そうだった、カフェに行こうって言ってくれてたよね」


あの朝、ジョギング前のエリカと交わした会話を思い出した。エリカの明るい笑顔と、新しくオープンしたカフェの話。忙しさにかまけてすっかり忘れていた。


「うーん、でも、僕から連絡していいのかな?」


ユナギは少し迷った表情を見せた。


「もちろんです。むしろ何を悩んでいるんですか?」


アルクは不思議そうに首を傾げた。


「その、あんまり女の子を誘ったりしたことなくて…」


ユナギは耳を後ろに倒しながら、恥ずかしそうに呟いた。

アルクは優しく微笑んだ。


「では、これから経験していかないといけませんね。私からAIパートナーのミアさんに連絡します」


「え!あ…、じゃあ、お願い」


ユナギは戸惑いつつも、話が進んでしまったのであきらめたような表情で頷いた。

アルクが目を閉じて通信を開始すると、数分後に嬉しそうな表情で目を開いた。


「エリカさん、ちょうど今日の午後の予定が空いているそうです。2時頃からでいかがですか?」


「本当に?」


ユナギの耳が嬉しそうに前傾した。


「それじゃあ、それで大丈夫って返事をしておいてくれる?」


朝食を終えた後、ユナギは午前中の時間を使って部屋の掃除や洗濯を済ませた。アルクからは「もっと私に任せてください」と言われたが、ユナギは時間があるときは自分で家事をしないと落ち着かない性格だった。掃除機をかけながら、午後のカフェでの時間を想像して少しわくわくしていた。

約束の時間が近づくと、ユナギは軽く身だしなみを整え、薄いベージュのセーターにダークブラウンのパンツという落ち着いた組み合わせで身支度を済ませてからエリカの部屋を訪ねた。ドアが開くと、明るいブルーのワンピースに薄手のカーディガンを羽織ったエリカが現れた。


「ユナギ君!待ってたよ!」


エリカの笑顔は輝いて見えた。


「お待たせしました」


ユナギは丁寧に頭を下げた。

ミアも人型の姿で現れ、四人は一緒にアパートを出た。エリカは足取り軽やか街を歩いていく。その様子があまりにも楽しそうなので、アルクが声をかけた。


「エリカさん、なんだかご機嫌ですね」


「そう?フフ、そうかも?」


エリカはうれしそうに笑った。


「エリカはこうしてユナギさんたちと一緒に外出がしたかったんですよ」


ミアが補足した。


「だってこんなに素敵な友達ってなかなかいないでしょ?」


エリカはユナギを見ながら言った。


「そうかな?なんだか照れくさいけど、僕でよかったらいつでも付き合うよ」


ユナギは耳を少し赤らめながら答えた。

歩いている間、ユナギは周囲の人々の視線を感じていた。確かにエリカの言う通り、彼らのコンビは注目を集めているようだった。でも、エリカがそれを誇らしく思ってくれているなら、悪い気はしなかった。

カフェ「ルナ・ガーデン」は、ノーザンテラス地区の北側にある新しい店だった。大きなガラス窓からは自然光がたっぷりと差し込み、白い壁には緑の蔦が這うように装飾されている。天井から吊り下げられた小さな観葉植物が空間に柔らかな印象を与え、木製のテーブルと椅子が温かみのある雰囲気を演出していた。店内には穏やかなジャズが流れ、他の客たちも静かに会話を楽しんでいる。


「素敵なお店だね」


ユナギは店内を見回しながら言った。


「でしょ?インテリアも料理もとっても評判がいいのよ」


エリカは嬉しそうに席に着いた。

二人はメニューを見て、店の人気メニューだというブルーベリーソースと生クリームが添えられたフレンチトーストとコーヒーを注文した。甘い香りが漂ってくると、ユナギの耳が嬉しそうにぴくぴくと動いた。


「ユナギ君、最近お仕事はどう?やっぱり忙しい?」


エリカはコーヒーカップを両手で包みながら尋ねた。


「そうだね。今週はちょうどやることがないんだけど、来週からはまたきっと忙しいと思う」


ユナギはフレンチトーストを一口食べてから答えた。


「そう、大変そうね」


エリカは心配そうな表情を見せた。


「うん。でも、この仕事だからできる体験もいっぱいあるよ」


ユナギは少し誇らしげに言った。


「エリカは青いストロベリーって見たことある?」


「何それ?見たことない!」


エリカの目が好奇心で輝いた。


「最近のニュースに青いストロベリーについて言及している記事がありますね。ブルーグロウという品種だそうです」


ミアが補足した。


「その調査に僕もちょっと関わってたんだよ。青くてちょっと光って、とってもきれいだった」


ユナギは思い出すように言った。


「すごい!それって食べられるの?ユナギ君は食べてみた?」


エリカは身を乗り出した。


「大事な証拠品だから食べられないよ。ある企業が違法に栽培してたものだしね」


ユナギは苦笑いした。

しばらく仕事の話で盛り上がった後、ユナギはエリカの近況についても聞いてみた。


「エリカのほうは最近どんなことをしてるの?」


「私は基本的に絵を描いたりしてるんだけど、最近はニードルフェルトにはまってるんだよね。友達と一緒に作品を作って、小さなフリーマーケットとかイベントに出品したりしてるの」


エリカは楽しそうに説明した。


「ニードルフェルトって?」


ユナギは首を傾げた。


「羊毛を特別な針でちくちく刺して、ぬいぐるみみたいなものを作るのよ」


エリカは手振りを交えながら説明した。


「最初は羊毛をふわふわの塊にして、それを針で何百回も刺していくの。すると羊毛の繊維が絡み合って、だんだん固まってくるのよ。色の違う羊毛を混ぜたり、形を整えたりして、最終的に動物の形にするの」


ユナギは興味深そうに頷いた。


「手間がかかりそうだけど、楽しそうだね」


「そうなの!」


エリカは急に何かを思いついたような表情になった。


「そうだ!ユナギ君のぬいぐるみも作ってみたいから、写真撮ってもいい?」


「え?うん、別に構わないけど」


ユナギは少し照れた様子で答えた。


「ありがとう!」


エリカはスマートフォンを取り出し、まず正面からユナギの写真を撮った。その後、席を立ち上がって横顔、斜め後ろ、耳の形がよく分かるアングルなど、様々な角度から何枚も写真を撮った。


「耳の形が特に難しそうだから、詳しく撮らせてもらうね」


エリカは真剣な表情で撮影を続けた。

その時、カフェの壁に設置された大型モニターに「速報」の文字が表示された。店内の客たちの視線が一斉にスクリーンに向かう。


『ウィンターヘイブン区画南東部の総合病院に、武装した数人のグループが侵入を試みました。現在、PMN治安部隊が対応にあたっており…』


ニュースキャスターの声が店内に響く中、エリカが少し心配そうな表情で言った。


「コスモポリスではこういう事件はちらほらあるみたいけど、ウィンターヘイブンでは珍しいね」


「ウィンターヘイブンは比較的治安の良い区画として知られています」


ミアが詳しく説明した。


「過去5年間で武装侵入事件は3件しか記録されていません」


ユナギは「そうなのか」と思いつつ相槌を打ちながら画面を見ていたが、現場検証を行っている調査官たちの映像が流れた瞬間、息を呑んだ。

画面の端に、見覚えのある二人の姿がほんの一瞬だけ映っていた。ナシルとハキムだった。私服姿で現場の周辺を歩いている様子が、他の調査官たちの映像に紛れるようにして映し出されている。

ユナギの耳がぴんと立ち、表情が一瞬で変わった。エリカは引き続きニュースを見ながら何かを呟いているが、ユナギは静かに息を呑んでいた。

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