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第五十話「謎の装置」

前回の会議から少し時間が経ち、希少存在調査局の会議室では改めて情報の整理が行われることになった。カミロ所長、アンソニー、イングリッド、リン、そしてユナギとアルクの6人が円卓を囲んでいる。テーブルの中央には、昨日タクミから預かった古風な木製の装置が置かれていた。


「では、これから今後の調査方針について詳しく話し合いましょう」


とアンソニーが前回の終わりに言った通り、彼は端末を操作しながら、まず現状の整理から始めることにした。


「それでは、現在判明している情報を整理いたします」


ホロスクリーンに新たな画面が表示され、目撃地点を示す地図が浮かび上がった。赤い点が集中している箇所が、まるで感染症の拡散図のように不吉な印象を与える。


「まず、幻の雪景色の発生パターンについてです。これまでの目撃情報を分析した結果、発生地点がクリスタル・クロッシング周辺に集中していることが確認できます」


アンソニーは地図上の点を指し示しながら説明した。


「半径約2キロメートルの範囲内に、確認された目撃例の約80%が集中しています」


イングリッドが身を乗り出して地図を見つめた。


「しかしながら」


アンソニーは続けた。


「目撃者や目撃現場について、地理的要因以外の共通点は現在のところ見いだせておりません。年齢、職業、居住地、ライフスタイルなど、様々な角度から分析を行いましたが、明確な法則性は発見できていない状況です」


ユナギは長い耳を少し前に傾けながら、真剣に説明を聞いていた。確かに、これまで会った目撃者たちには明らかな共通点は見当たらなかった。ラースは芸術家、エリンは投資企業の財務アナリスト、フレイヤは地域のコーヒーショップオーナー。年齢も職業もバラバラだった。

画面が切り替わり、三つの組織の相関図が表示された。


「次に、この事件に関係があると思われる団体についてです。現在、三つの組織が確認されています」


アンソニーは組織間の関係を示す線を指しながら続けた。


「星の教会、マインド・イルミネーション、そしてブルーオリジン・ウェルネス社です」


「そして」


画面の中央にフレイザー氏の写真が大きく表示された。35歳頃の男性で、知的な表情と穏やかな笑顔が印象的だった。


「これら三つの団体すべてに関わっているのが、ドミニク・フレイザー氏です」


アンソニーの説明は続いた。


「フレイザー氏は星の教会では『光の導き手』として、マインド・イルミネーションでは代表として、ブルーオリジン・ウェルネス社ではR&D責任者として活動しています。いずれの組織でも評判は非常に良く、特にマインド・イルミネーションでは絶大な信頼を得ているようです」


カミロ所長が腕を組みながら頷いた。


「一人でこれだけの組織を動かしているとは、相当な人物だな」


「さらに重要な点として」


アンソニーはテーブル中央の装置を指した。


「フレイザー氏がマインド・イルミネーションの会員に、この謎の装置を配布していることが確認されています。配布の理由は『特別な才能の開花支援』とされていますが、実際の効果や目的は不明です」


「そして最後に」


アンソニーの表情が少し硬くなった。


「PMN特別調査局が調査している『顕現共鳴度の異常』と、この装置には何らかの関連性があると推測されます。昨日のクリスタルパークでの出来事や、彼らの調査対象を考慮すると、この装置が彼らの探しているものである可能性は高いと考えられます」


報告が終わると、会議室は静寂に包まれた。6人がそれぞれ考え込み、時計の針の音だけが空間に響いている。ユナギは装置を見つめながら、これまでの出来事を頭の中で整理していた。タクミの隣室から聞こえてきた謎の音、星の教会での男性の声、そしてアロマショップでの記憶の蘇り。すべてがこの小さな箱に集約されているように思えてきた。

やがて、カミロ所長が装置を手に取った。重みを確かめるように両手で持ち上げ、ゆっくりと回転させながら観察し始める。


「さて、この装置をどうしたものか」


カミロは装置の細部を見つめながら言った。


「ことを安全に進めるならPMN特別調査局に協力を求めるところだが...」


イングリッドが即座に反論した。


「装置だけ回収されて、それ以降音沙汰なしってことも考えられるわ」


彼女の声には明らかな懸念が込められていた。


「ユナギ君の話を聞く限り、こちらの成果を横取りされる可能性は十分にある」


少しの沈黙が流れた後、ユナギが穏やかだが決意のこもった声で言った。


「それは困ります」


ユナギの長い耳が心配そうに下向きになった。


「タクミさんには大切に扱うと約束しましたから。ちゃんと返してもらわないと」


「そうだな」


カミロは装置を見つめながら頷いた。


「私としても、こちらの手柄をタダでくれてやるつもりはない」


「じゃあ一体どうすれば...」


ユナギが困惑した表情で尋ねた。

カミロは装置を丁寧にテーブルに置き、全員を見回してから答えた。


「まずは、この装置について最低限のことを知らねばならないだろうな」


「最低限?」


イングリッドが首を傾げた。


「この装置を起動したらどうなるか、だ」


カミロの声には決断の響きがあった。


「この装置がなんでもなかったら話にならないだろう。効果のない偽物を証拠として持参したところで、PMN特別調査局に鼻で笑われるのがオチだ」


アルクが心配そうに前に出た。


「ここで起動するおつもりですか?危険ではありませんか?」


「もちろん危険はあるだろうが」


カミロは冷静に分析を続けた。


「これまでの話から、効果に即効性はないと判断している。ラースやタクミの証言では、継続的な使用により徐々に変化が現れるということだった。また、都合のいいことに、この装置と相性のいいユナギがいる。大勢いる今の状況で試してみるのが最も安全だろう」


アルクの表情はまだ心配そうだった。


「ですが...」


アンソニーが穏やかな声で割り込んだ。


「ユナギさんに何か異変があったら、私がすぐに装置を停止いたします」


彼はユナギに向かって励ますような微笑みを見せた。


「短時間の実験であれば、リスクは最小限に抑えられるでしょう。やってみましょう」


「決まりだな」


カミロが装置を再び手に取った。


「で、これはどうやって起動するんだ?」


カミロは装置をくるくると回しながら、起動スイッチを探し始めた。古風な装飾の間に隠された小さなボタンや、触れるべき部分がないか丁寧に確認していく。やがて、装置の底面近くにある小さな金属部品を発見した。


「これか?」


カミロが指でその部分を軽く押すと、かすかな手応えがあった。


「では、起動するぞ」


スイッチを押した瞬間、ユナギの表情が変わった。眉間にしわが寄り、明らかに不快そうに顔をゆがめる。長い耳が後ろに倒れ、身体が少し縮こまった。


「うわ...やっぱりこの機械からあの音が出てたんだ」


ユナギは小さく呟いた。

しかし、他の5人は特に何も聞こえない様子だった。アルクが心配そうにユナギの表情を観察し、イングリッドとリンは装置の周りで何か変化がないか注意深く見守っている。アンソニーは端末を操作して、室内の環境データを記録し始めた。

しばらくその状態が続いた。ユナギは不快そうな表情を保ちながらも、装置からの音に慣れようと努力しているようだった。他の5人は、何か変化が起きないか息を潜めて見守っていた。

突然、カミロ所長が


「う、うわあ...!」


と叫んで頭を両手で押さえた。


「カミロ所長!」


イングリッドとユナギが同時に声を上げ、慌てて所長の元に駆け寄った。

アンソニーも急いで近づき、アルクとリンも心配そうに所長を見つめる。しかし数秒後、カミロは頭を上げて冗談めかした笑顔を浮かべた。


「...何も聞こえんな」


イングリッドの顔が瞬時に怒りの表情に変わった。彼女は勢いよく所長の足を蹴りつけた。


「驚かせないでください!」


「こんな時にふざけないでください!」


ユナギも抗議の声を上げた。長い耳が怒りで前向きに立っている。


「すまんすまん」


カミロは苦笑いを浮かべながら手を振った。


「つい、緊張をほぐそうと思って...」


そんなやりとりをしている最中、ユナギは突然何かに気づいたような表情になった。頭を少し傾け、集中して何かを聞いている様子だった。


「あれ、よく聞くとさっきとちょっと音が違うみたいですね?」


ユナギは一瞬、周囲に同意を求めるように見回したが、すぐに自分しか聞こえないことを思い出した。彼は目を閉じ、意識を装置からの音に集中させた。

不思議なことに、集中すればするほど周囲の音がクリアに聞こえてくる。イングリッドの小さな呼吸音、アルクの静かな動作音、壁の向こうの廊下を歩く足音まで。この感覚には覚えがあった。バイオジェネシス・ラボで追い詰められた時に体験した、極度に集中した状態と同じだった。


「ああ...なるほど。こういうことか...」


ユナギが独り言のようにつぶやいた時、アンソニーが素早く装置のスイッチを切った。

音が止まった瞬間、ユナギの集中状態も解けた。彼は少し困惑したように周囲を見回した。


「大丈夫か!」


カミロが心配そうに声をかけた。


「あれ?」


ユナギは首を傾げながら答えた。


「僕、いま変でしたか?」


イングリッドが少し躊躇いながら答えた。


「変だったっていうか、なんて言うか...言葉にうまく表せないんだけど、近寄りがたい威圧感みたいなのが出てたの」


彼女は自分の言葉を確認するように、リンの方を見た。

リンも頷いて補足した。


「確かに、通常とは異なる雰囲気を感じました。何か...存在感が増したような印象でした」


「ふーむ...」


カミロは装置を見つめながら唸った。


「この装置が本物であることは確かなようだな...いったい何なのかは皆目見当がつかないが」


アンソニーが端末の画面を確認しながら言った。


「これ以上の実験は危険ですね。私の方では特に異常な数値は検出できませんでしたが、ユナギさんのバイタルサインに軽微な変化が記録されています」


「それで、今後の調査はどう進めていきましょう」


リンが現実的な質問を投げかけた。

再び全員が考え込む状況になった。装置の正体の一端は垣間見えたが、それによって新たな疑問も生まれている。6人がそれぞれ異なる角度から問題を検討していた。

やがて、カミロ所長が顔を上げた。その表情には、新たな決意が宿っている。


「PMN特別調査局との連携は必須だが、今の状況では手土産が足りん」


カミロの声には戦略家としての冷静さがあった。


「あくまで向こうがこちらに協力する形を作るため、もう一つ強力なカードが必要だ」


「強力なカード?」


イングリッドが興味深そうに尋ねた。

カミロがにやりと笑った。その笑顔には、長年の経験に裏打ちされた自信が感じられる。


「例えば、フレイザー氏との接触だ」


彼は宣言した。


「これまでの調査で得た情報と築いた関係で、何とかそこまでたどり着くぞ」


会議室の空気が一変した。これまでの調査が、ついに核心人物への直接的なアプローチという新段階に入ろうとしていた。ユナギは興奮と不安が入り混じった気持ちで、この新たな展開を見つめていた。

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