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第四十八話「隣人の告白」

「今日は収穫の多い一日でしたね」


アルクがキッチンで手伝いながら言った。


「そうだね」


ユナギは鍋に野菜を入れながら答えた。


「マインド・イルミネーションとフレイザー氏の関係、それにナシルさんたちも同じ事件を調査してる...点と点が繋がり始めた感じがする」


スープがコトコト煮立ち始めた頃、玄関のチャイムが鳴った。

ユナギは少し驚いて手を止めた。この時間に訪問者が来ることは珍しい。長い白い耳がピクリと音の方向に向いた。


「確認してみますね」


アルクが玄関に向かった。

ユナギは火を弱めてから、アルクの後に続いた。インターホンの画面には、隣室のタクミのAIパートナーと思われる男性型AIの姿が映っていた。いつも見かける落ち着いた表情だが、どこか緊急性を感じさせる雰囲気があった。


「はい」


アルクが応答した。


「こんばんは。初めまして、カズキと申します。隣室3215号室のタクミのパートナーです」


画面越しの声は丁寧だが、少し緊張しているようだった。


「初めまして、アルクです。こちらはユナギ、私のパートナーです」


アルクが丁寧に自己紹介を返した。


「お忙しいところ申し訳ありません。タクミがユナギさんにご相談したいことがあるとのことで、もしよろしければお時間をいただけませんでしょうか」


ユナギはアルクの横に立ち、画面に向かって答えた。


「こんばんは、カズキさん。夕食の準備中なので、食事の後でよければ...」


「もちろんです。お時間のあるときで構いません」


カズキは安堵したような表情を見せた。


「それでは、後ほどお邪魔させていただきます」


通信が切れると、ユナギとアルクは顔を見合わせた。


「タクミさんから相談とは珍しいですね」


アルクが少し驚いた様子で言った。


「これまでほとんど交流がなかったのに」


「そうだね」


ユナギは長い耳を少し動かしながら考え込んだ。


「突然どうしたんだろう。これまでほとんど話したこともなかったのに」


二人はキッチンに戻り、野菜スープを仕上げた。帰り道で買ってきたパンと一緒に簡単な夕食を済ませ、食器を洗い終えた後、自室を出た。



隣の部屋のドアが開くと、カズキが深々と頭を下げて二人を迎えた。


「お忙しいところありがとうございます」


カズキの声には安堵と感謝が込められていた。


「どうぞ、お上がりください」


タクミの部屋は、ユナギの部屋とほぼ同じ間取りだったが、雰囲気はかなり違っていた。カーテンは厚手のもので閉じられ、部屋の照明は薄暗く設定されている。壁際には大型のホロスクリーンが設置されており、何かのシミュレーションゲームのメニュー画面が表示されていた。本棚には技術書や小説が整然と並んでいるが、どこか人の温もりが感じられない、機能的すぎる印象を受けた。

リビングのソファには、黒髪の若い男性が座っていた。タクミだった。ユナギが見覚えていた通り、やや痩せ型で、緊張したような表情を浮かべている。二人が入ってくると、彼は立ち上がろうとしたが、途中で躊躇し、結局中途半端な姿勢のまま固まってしまった。


「あ、えっと...」


タクミは視線を泳がせながら、ぎこちない声で言った。


「こんばんは...ユナギさん...と、アルクさん...でしたっけ」


「こんばんは、タクミさん」


ユナギは長い耳を前向きに傾けながら、親しみやすい声で挨拶した。


「初めまして、タクミさん」


アルクも丁寧に頭を下げた。

タクミは再び座り込み、手をひざの上で握りしめた。明らかに緊張しており、どう話を始めればいいのかわからないようだった。

カズキがその様子を見て、さりげなく助け船を出した。


「お茶をお持ちします。少しお待ちください」


彼はキッチンに向かい、丁寧にお茶の準備を始めた。湯を沸かす音、カップを準備する音が、気まずい沈黙を和らげてくれる。やがて、温かい緑茶と小さなクッキーが運ばれてきた。


「ありがとうございます」


ユナギはカズキに微笑みかけた後、タクミの方を見た。


「それで、ご相談というのは?」


タクミは茶碗を両手で握り、深呼吸をした。そして、意を決したような表情で顔を上げた。


「実は...この装置について、相談があって来てもらったんだ」


彼はそう言いながら、テーブルの下から古風な木製の箱を取り出した。ラースの家で見たものと全く同じ形状で、同じような装飾が施されている。

ユナギとアルクは息を呑んだ。ユナギの長い耳がピンと立ち、アルクも驚きを隠せない表情を見せた。


「これを一体どこから?」


ユナギは身を乗り出して尋ねた。

タクミは意外そうな表情で振り返った。


「知っているのか?」


「詳しいことは知りませんが...」


ユナギは慎重に言葉を選んだ。


「仕事上で目撃したことがあります。でも、詳細はお教えできません」


「仕事って?」


タクミが興味深そうに尋ねた。


「希少存在調査官をしています」


タクミの表情が微妙に曇った。やや不満げに眉をひそめ、視線を装置に落とした。


「それで」


ユナギは話を続けるよう促した。


「ご相談というのは?」


タクミは装置を見つめながら、少し迷うような口調で話し始めた。


「この装置を起動したら音が聞こえたって、君...ユナギは言っていただろ」


彼は呼び方に少し迷いながら続けた。


「いったいどうやって、この音を聞いたんだ?コツみたいなものがあるのか?」


ユナギは困ったような表情になった。


「どうやってと聞かれても...僕自身、なぜ聞こえるのか、そもそも何が聞こえているのか、さっぱりわからないんです」


「じゃあ、どんな音がしたんだ?」


タクミが身を乗り出して尋ねた。初めて積極的に質問する様子を見せている。


「低いうなり声のような...ウゥゥンとかウォォンとか、そんな感じの音でした」


ユナギは思い出すように答えた。


「不規則なリズムで、壁の中から聞こえてくるような」


タクミは期待に満ちた表情で頷いた。


「そうか...やっぱりそういう音なのか」


アルクが少し首をかしげながら言った。


「タクミさんにも聞こえないのですか?私もユナギの言うような音は感知できませんでした」


タクミは少し落胆したような表情を見せた。


「そうなんだ...僕には全く聞こえない。だからユナギに聞き方を教えてもらおうと思ったんだけど」


アルクが前に出て、丁寧に質問した。


「タクミさん、この装置について詳しく教えていただけませんか?どちらで手に入れられたのですか?」


タクミは少し身構えたような様子を見せたが、やがて説明を始めた。ただし、人から聞いた話を伝えているような、やや曖昧な口調だった。


「これは...人間の秘められた才能や隠された力を開放する、そのきっかけを作ってくれる装置らしい」


彼は装置を指しながら説明した。


「実際にこの力で音楽の才能に目覚めたり、スポーツ競技で輝かしい結果を残せるようになった人がいるって聞いた」


「それは誰から聞いたのですか?」


アルクが続けて尋ねた。


「それが...」


タクミは少し興奮したような表情になった。


「その人は、超能力としか思えない力を僕に見せてくれたんだ。僕や、一緒にいた人の過去の記憶を言い当てて、しかも僕に手をかざすことで、不安な気持ちを一時的に和らげてくれた。本物だと思った」


ユナギの長い耳がピクリと動いた。超能力という言葉に強い関心を示している。


「どんなことをして見せたのですか?」


ユナギが身を乗り出して尋ねた。


「自分や同席者の過去の記憶を正確に言い当てたんだ。それも、僕が誰にも話したことがないような子供の頃の出来事まで」


タクミの声には確信が込められていた。


「そして手をかざすだけで、僕の心の中の不安が嘘のように軽くなった。あんな体験は初めてだった」


「その方のお名前は?」


アルクが静かに尋ねた。


「フレイザーさんって言う人だった」


タクミは答えた。


「僕にも才能の片鱗がある、この装置を使ってそれを開花させるべきだって言って、この装置を貸してくれたんだ」


ユナギとアルクは再び視線を交わした。フレイザー氏の名前が出たことで、事件の関連性がより明確になった。

ユナギは腕を組み、しばらく黙り込んだ。タクミ、カズキ、アルクが彼の思考を見守っている。部屋の中は静寂に包まれ、時折聞こえる時計の音だけが時間の経過を告げていた。

やがて、ユナギは顔を上げて提案した。


「もしかしたら、詳しい人を知ってるかもしれません。その人をここに連れてきて、一緒にお話しするのはどうでしょうか?」


アルクが少し驚いたような表情で確認した。


「もしかして、ナシルさんをここにお呼びするおつもりですか?」


「うん」


ユナギは頷いた。


「ちょっと怖い人だけど、僕が知る限り、この件について一番詳しいのは彼だと思います」


アルクは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。今日のナシルとの遭遇を思い出しているようだった。

そのやり取りを見ていたタクミは、急に怖気づいたような表情になった。


「ちょっと待ってくれ」


彼は手をひらひらと振った。


「直接話すのは...その、人づきあいがあまり得意じゃないんだ。ユナギが話を聞いてきてくれないか?」


「それでしたら」


ユナギは提案した。


「その装置をお借りできませんか?実物があれば、話も通じやすいと思うんです」


タクミは急に装置を抱え込むような動作をした。


「それは...」


一部始終を聞いていたカズキが、心配そうな表情でタクミに近づいた。


「タクミ、やはりその専門家の方と直接お話しされたほうがよろしいのではないでしょうか?」


カズキの声には穏やかな説得力があった。


「一人で抱え込むより、皆で解決策を見つけたほうが安心できると思います」


「でも...」


タクミは迷った表情を見せた。


「僕も一緒にいますから」


ユナギが優しく言った。


「一人でその人と話すわけじゃありません」


タクミはしばらく逡巡した後、大きなため息をついた。


「わかった...装置を貸すよ。その人と直接会うのは避けたいけど、装置なら貸せる。でも、大切に扱ってくれ」


「もちろんです」


ユナギは真剣な表情で答えた。


「必ず大切に扱います」


カズキが安堵したような表情で微笑んだ。


「ありがとうございます。きっと良い方向に向かうと思います」


タクミは慎重に装置をユナギに手渡した。ユナギは両手で丁寧に受け取り、アルクと一緒に装置を確認した。


「ありがとうございました」


ユナギはタクミとカズキに深く頭を下げた。


「お茶もごちそうになって」


「こちらこそ、ありがとうございます」

カズキが丁寧に応じた。



自分の部屋に戻ったユナギとアルクは、ソファに座って今後の行動について話し合った。テーブルの上には、タクミから借りた装置が置かれている。


「まず明日、調査局でイングリッドさんに情報を共有しよう」


ユナギが提案した。


「こちらが得た情報は二つ。ナシルさんが目撃者への訪問を試みていて、何かを探していること。そして、その探し物と同じものかもしれない装置を偶然手に入れたこと」


「そうですね」


アルクが頷いた。


「イングリッドさんも何か新しい情報を得ているかもしれません」


「それから、イングリッドさんと、場合によってはカミロ所長にも相談して、今後の動き方を決めたいと思う」


ユナギは装置を見つめながら続けた。


「ナシルさんとの交渉も含めて」


アルクは少し心配そうな表情で言った。


「ナシルさんとの交渉...今日の様子を見る限り、簡単ではなさそうですね」


「確かに」


ユナギは苦笑いを浮かべた。


「でも、この装置があれば、向こうも少しは話を聞いてくれるんじゃないかな」


窓の外では、ウィンターヘイブンの夜景が静かに輝いていた。明日からは、さらに複雑で重要な局面に入ることになりそうだった。ユナギは長い耳を少し動かしながら、深く息を吐いた。


「とりあえず今日はゆっくり休んで、明日に備えよう」


「そうですね」


アルクも同意した。


「明日は忙しい一日になりそうです」


二人は装置を安全な場所に保管し、それぞれの休息の準備を始めた。事件の核心に近づいている実感がある一方で、まだ見えない大きな謎が残されていることも感じていた。

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