第四十六話「つながる糸」
希少存在調査局に戻ったユナギとアルクは、小さな会議室で今朝の調査結果をまとめていた。壁面のホロスクリーンには、これまでの目撃地点と調査の進捗状況が整然と表示されている。ユナギはデータパッドに手書きでメモを取りながら、クリスタルパークでの出来事を振り返っていた。
「ナシルさんの話で出た『顕現共鳴度』というのが気になりますね」
アルクが光球形態でユナギの肩の上に浮かびながら言った。
「一体何を測定しているんでしょうか」
「僕にもさっぱりわからないよ」
ユナギは長い耳を少し動かしながら答えた。
「でも、もしかすると僕たちが調査している現象と関係があるかもしれない」
その時、明るい足音と共にイングリッドが会議室に入ってきた。リンも女性型の姿で後に続いている。
「お疲れさま!」
イングリッドは手を振りながら挨拶した。
「クリスタルパークはどうだった?」
「それが、ちょっと複雑な状況になって」
ユナギは苦笑いを浮かべながら、PMN特別調査局の調査官との遭遇と、結局調査ができなかった経緯を説明した。
イングリッドは興味深そうに聞いていたが、ユナギがナシルの態度やPMNからの協力拒否について説明すると、眉をひそめた。
「なによ、それ!」
イングリッドは少し憤慨した声で言った。
「同じ区画で同じような調査をしてるのに、情報共有もしてくれないなんて!」
「私たちも困惑しています」
アルクが人型に変化しながら答えた。
「PMN特別調査局という組織も、詳細は謎に包まれていますし、あまり協力的ではないようですね」
イングリッドは少し息を吐いて肩の力を抜いた。
「まあ、向こうが協力してくれないなら、私たちだけで頑張るしかないか」
「とりあえず、お互いの調査結果を共有しましょう」
リンが提案し、四人は向かい合って座った。
イングリッドは少し興奮した様子で報告を始めた。
「実はね、気になることがあったのよ!」
彼女はオーロラ展望台での調査について詳しく語った。目撃者カップルの証言は既知の情報と大差なかったが、現場周辺での聞き込みで興味深い話を聞いたという。
「展望台の近くにセレニティ・センスの小さなアロマショップがあったの。そこの店員さんと仲良くなって、色々話を聞けたんだけど」
イングリッドの説明によると、最近そのショップで変わった出来事があったという。本部からの指示で、特定の人物に商品を渡すよう連絡があり、荷物が届いた日の夕方、約束通り受け取りに人が来たという。
「荷物の中身はアロマオイルと、店舗では扱っていない謎の装置だったそうよ」
イングリッドは身を乗り出して続けた。
「それで一番重要なのは、受け取りに来た人が『星の教会』の関係者だったということ!会員データまで見せて身分を証明したらしいの」
「星の教会!」
ユナギは驚いて耳をピンと立てた。
「前に行った、あの星の教会だよね?」
「そう!」
イングリッドは期待を込めて頷いた。
アルクとリンは顔を見合わせた。
「これで星の教会とセレニティ・センスの直接的な関連が確認できましたね」
リンが静かに言った。
「カミロ所長にも報告したほうが良いでしょう」
アルクが提案し、四人は所長室へと向かった。
所長室では、カミロ所長がアンソニーと何かの書類について議論していた。四人が入ってくると、カミロは手を休めて振り返った。
「おお、お疲れ様だ。調査の進捗はどうだった?」
「所長、重要な発見がありました」
イングリッドが元気よく答えた。
ユナギはPMN特別調査局での出来事を、イングリッドはアロマショップでの発見を、それぞれ詳しく報告した。カミロ所長は腕を組みながら真剣に聞いていた。
「本当にセレニティ・センスと事件の関連性を持ってくるとは、大した執念だな」
カミロは少しからかうような笑顔を浮かべてイングリッドを見た。
「まさか最初からトランキリティに行きたかったから、無理やり関連づけたわけじゃないだろうな?」
「そんなつもりじゃありません!」
イングリッドは頬を膨らませながら両手をバタバタと振った。
「たまたまです、たまたま!私だって驚いたんですから!」
「まあまあ」
カミロは大笑いしながら手を振った。
「動機はどうあれ、結果オーライだろう。それに君の『偶然』は今回に限った話じゃないからな」
この間、アンソニーは静かに端末を操作していた。やがて彼は顔を上げ、
「所長、興味深い情報を発見いたしました」
と言った。
「ほう、何だ?」
「トランキリティとセレニティ・センスを運営するブルーオリジン・ウェルネス社と、星の教会の重要人物を照合いたしました」
アンソニーは画面を所長の方に向けた。
「その結果、同社のR&D責任者であるドミニク・フレイザー氏が、星の教会のウィンターヘイブン支部で『光の導き手』という特別な地位にあることが判明いたしました」
「なるほど」
カミロは興味深そうに画面を見つめた。
「企業の幹部が宗教団体の指導者でもあるということか」
アンソニーは続けた。
「フレイザー氏は35歳、ブルーオリジン・ウェルネス社に5年前に入社し、急速に昇進を遂げました。特に『認知科学に基づくストレスケア製品』の開発において優れた成果を上げているとのことです。一方、星の教会では3年前から活動を開始し、現在は支部の主要な説教者の一人として活動しております」
「この人物について詳しく調べれば、何かわかるかもしれんな」
カミロは顎を撫でながら言った。
「それなら」
イングリッドが手を挙げた。
「トランキリティに潜入調査してみます!フレイザー氏に直接会えるかもしれません」
カミロは首を横に振った。
「スパで施術を受けて、一体何がわかるというんだ?相手は企業の幹部だぞ。そう簡単には会えんだろう」
「じゃあ、どうすれば…」
イングリッドは少し落胆した。
「星の教会のイベントに参加して、信者たちにフレイザー氏の評判を聞いてみろ」
カミロは提案した。
「宗教団体なら、指導者への信頼や評価について話してくれるだろう」
「わかりました!」
イングリッドは元気を取り戻した。
「ユナギ、君はどうする?」
カミロが尋ねた。
「最後の目撃現場を調査してみます」
ユナギは答えた。
「まだ行っていないのは、ミスティック・ガーデン橋周辺だけですから」
「そうだな。気をつけて行ってこい」
希少存在調査局を出て、ミスティック・ガーデン橋に向かうトランスポッドの中で、ユナギは少し軽い話題を持ち出した。
「ところで、もし僕がトランキリティの潜入をすることになったとして」
「はい」
アルクが振り返った。
「僕に合うようなセラピーってあるのかな?」
アルクは少し考え込んだ。
「確かに。遺伝子融合型人類に特化したセラピーセッションはあるのでしょうか?少し調べてみます」
しばらくして、アルクは少し申し訳なさそうに答えた。
「ユナギ、残念なことに遺伝子融合型人類に関する記載はありませんでした。もしかするとあなたはセラピーを受けられないかもしれません」
「それは残念だね」
ユナギは肩をすくめた。
「トレーニングでくたくたのときとか、報告書三昧で体がバキバキに固まっちゃったときに行ってみたかったな」
「わかりました。あなたに合うセラピーを調査しておきますね」
アルクは真剣な表情で頷いた。
「うん、お願い」
ユナギは微笑んだ。
ミスティック・ガーデン橋に到着すると、予想外に人通りは少なかった。橋は美しい石造りで、両側にはライトアップされた植物園が広がっている。川のせせらぎが心地よく響き、確かに瞑想や散歩には最適な場所だった。
「幸い、今日は混雑していませんね」
アルクが周囲を見回しながら言った。
ユナギは橋の中央にある円形の展望台に立ち、耳を澄ませた。特に異常な音は聞こえない。植物園からはかすかに花の香りが漂ってくるが、特別変わったものは感じられなかった。
二人は約30分かけて橋と周辺を詳しく調査したが、やはり決定的な手がかりは見つからなかった。
「星の教会やブルーオリジン・ウェルネス社と関連している施設などはないか、探してみるのはどうでしょう?」
アルクが提案した。
ユナギは周囲を見回してから、アルクと一緒に橋の周辺を歩いて回った。植物園の管理事務所、小さなカフェ、土産物店などが点在している。それぞれの建物の前で立ち止まり、看板や張り紙などを確認したが、どれも一般的な観光施設に見える。
「うーん、特にそれらしいものは見当たらないね」
ユナギは少し困った表情を見せた。
「目撃者のラースさんに聞いてみるのはどうだろう?」
ユナギは思いついたように言った。
「星の教会やブルーオリジン・ウェルネス社と何か関わりがないか確認してみたいんだ。例えば、星の教会の信者だとか、トランキリティの会員だとか。最初の事情聴取のときにイングリッドさんが聞いてない質問ができると思うんだけど」
「良いアイデアですね」
アルクは同意した。
「アンソニーに連絡して、再度の事情聴取を打診してもらいましょう」
アルクは目を閉じて通信を開始した。数分後、目を開いて報告した。
「アンソニーから返事が来ました。ラース・エクストロムさんは現在自宅療養中ですが、体調が安定していれば面会可能とのことです。明日の午前中に連絡を取って、面会のアレンジをしてくれるそうです」
「ありがとう」
ユナギは頷いた。
二人は橋の上で夕日を眺めながら、これまでの調査を振り返った。PMN特別調査局の存在、星の教会とセレニティ・センス社の関連、そしてフレイザーという重要人物の浮上。確実に事件の全貌に近づいている実感があった。
「本当に美しい場所ですね」
アルクが静かに言った。
「うん」
ユナギは川面に映る夕日を見つめながら答えた。
「この時間の川面は本当にきれいだね。オレンジ色の光が水に揺れて」
長い白い耳が夕風に揺れながら、ユナギは橋から見える美しい夕景に心を癒されつつ、静かな橋の上に立っていた。




