第四十一話「遊歩道の謎」
トランスポッドがセントラル・ウィンターヘイブン停留所に到着すると、ユナギとイングリッドはそれぞれのAIパートナーを伴って商業区の入り口に降り立った。アルクは少年のような姿でユナギの隣に立ち、リンはセミロングの黒髪をなびかせてイングリッドの横に並んでいる。昼過ぎの陽光が区画の透光セグメントを通して優しく降り注ぎ、街の様子を明るく照らしていた。
「目的地はこっちだよ」
イングリッドが元気よく歩き出し、ユナギは少し慌てて後に続いた。
「そういえば、この目撃者のヨハンセンさんという方についてもう少し教えていただけますか?」
ユナギは並んで歩きながら尋ねた。
「そうだったね、まだ詳しく説明してなかったっけ」
イングリッドは歩調を緩めながら話し始めた。
「フレイヤ・ヨハンセンさんは淡い銀髪と青い瞳が特徴的な男性で、『フロスト・フレイバー』っていうコーヒーショップを15年ほど経営してるの。優しくて温かみのある人柄で、お店も区画内では結構評判がいいらしいよ」
「AIパートナーはトールというお名前でしたよね」
アルクが言った。
「そうそう」
リンがデータパッドを取り出して情報を整理しながら説明を始めた。
「フレイヤさんの目撃情報をまとめますと、先週の夜7時半頃、商業区から友人宅へ向かう途中に現象を目撃したとのことです。手土産用のケーキを買うために洋菓子店に目をやったところ、路地に雪景色が広がっていたそうです」
「運動のために歩いていたんでしたっけ?」
ユナギが確認すると、イングリッドは頷いた。
「そう。トランスポッドに乗ってもよかったけど、運動不足解消のために歩いていたらしいわ」
イングリッドは言いながら、自分の腰に手を当てて少し心配そうな表情を浮かべた。
「私も見習わないとね…」
アルクがユナギの肩に手を置いて情報を補足した。
「目撃時間は約17分間でしたが、フレイヤさんとトールさんの主観的な時間感覚では1時間ほど経過したと感じていたそうです。その間、友人宅への訪問予定を完全に忘れていたとの報告もあります」
「でも精神面での悪影響はなかったんですよね?」
ユナギが耳を少し動かしながら尋ねた。
「ええ、それほど影響を受けなかったみたいで、強い郷愁を覚えた程度で済んだそうよ」
イングリッドは答えた。
「彼の場合は逆に興味をそそられて、SNSに投稿したことで私たちの注意を引いたわけ」
四人は商業区の賑やかな大通りから少し外れた道へと入っていった。徐々に人通りが少なくなり、小さな専門店が並ぶエリアへと足を踏み入れる。
「ここよ、『クリスタル・クロッシング』」
イングリッドが指差した先には、石畳が敷かれた遊歩道が見える。両側には小さな店舗が並び、中央には「結晶の噴水」と呼ばれる水景が配置されていた。噴水からは小さな水滴が飛び散り、太陽の光を受けて虹色に輝いている。
「きれいな場所ですね」
ユナギは感嘆の声を上げた。アルクも静かに頷き、周囲の様子を注意深く観察している。
「でも普段はもっと人がいるはずなんだけど…」
イングリッドが少し首を傾げる。
「まあ、調査しやすくていいか」
四人は遊歩道を歩きながら、目撃地点の特定を始めた。リンが資料を参照し、「フロスティ・デライト」という洋菓子店の前の路地を指し示した。その路地はクリスタル・クロッシングから少し入った場所にある。
「ここね」
イングリッドは路地の入り口に立って周囲を見回した。
「何か不審な点がないか、一緒に見て回りましょう」
調査が始まると、四人はそれぞれの得意分野を活かして探索を進めた。ユナギは鋭い聴覚を使って異常な音がないか注意深く聞き、アルクは環境センサーを起動して周囲のデータを収集していく。リンはデータパッドに過去の目撃情報を表示させながら、
「この付近では3件の目撃例が報告されています。いずれも夕方から夜にかけての時間帯です」
と説明し、イングリッドと一緒に地図上のパターンを検討していた。
「これを見ると、目撃地点はランダムに見えるけど、よく見るとすべてこの遊歩道を中心とした半径1キロ圏内に収まっているのよね」
イングリッドはリンの分析結果に指を置きながら言った。
「商業区のかなり広い範囲に分散しているけど、何らかのパターンがありそう…」
「アルク、何か変わったところはある?」
ユナギが小声で尋ねた。
アルクは首を横に振った。
「特に異常な信号は検出されていません。電磁波や光学パターンも通常範囲内です」
30分ほど調査しても特に不審な点は見つからなかった。路地の壁面や頭上の設備に特殊な装置の痕跡はなく、上空からの投影を示すような異常な光学現象も検出されなかった。
「うーん、何も見つからないわね」
イングリッドは少し肩を落とした。リンが彼女の横に立ち、静かに状況をまとめている。
「でも、これも調査の一部!次のステップに進みましょ」
「次はどうしましょうか?」
ユナギが尋ねる。
「そうだな…」
イングリッドは少し考え込んでから明るい表情に戻った。
「そうだ!ヨハンセンさんが立ち寄ろうとしていた洋菓子店に行ってみよっか。お店の人に話を聞けるかもしれないし」
「なるほど」
ユナギも丁寧に頷いた。
四人はクリスタル・クロッシングに戻り、「フロスティ・デライト」の前に立った。小さな木製の看板と、ショーウィンドウに並ぶ色とりどりのケーキが目を引く。店内は幸いにも空いており、カウンターには女性店員が一人立っているだけだった。おそらくパティシエは奥の厨房で作業をしているのだろう。
店に入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。ショーケースには様々な種類のケーキやタルトが美しく並べられている。アルクとリンもそれぞれのパートナーの後に続いて入店した。
「ユナギ君は何食べたい?先輩がおごってあげよう!」
イングリッドが楽しそうに言った。
「え?」
ユナギは少し驚いて耳がピンと立つ。
「店員さんに話を聞きに来たのではないでしょうか?」
「ただ話を聞くだけじゃ迷惑じゃない?ちゃんと売り上げに貢献しなきゃ」
イングリッドは当然のように答えた。
「た、確かに…」
ユナギは少し考えてから納得した。そういうものなのかと。
楽しそうにケーキを眺めているイングリッドの肩をリンがそっと叩いて、少し諭すような声で言った。
「イングリッド、今日はカロリーを抑える日でしたよね?ちゃんと考えていますか?昨日もケーキを食べましたよ?」
「う…」
イングリッドは少し顔を歪めた。
「わかってますよー。もう、ケーキを見てるときにそういうこと言わないでくれる?」
「あなたが言ったことでしょう?ダイエットするって」
リンは冷静に返した。
「はいはい」
イングリッドは少し諦めたように肩をすくめた。
「じゃあ私はこのチョコレートケーキにするから。ユナギ君は?」
ユナギは内心(食べるんだ…)と思いながらも、
「じゃあ、お言葉に甘えて。僕はイチゴのタルトをお願いします」
と丁寧に答えた。
店員は四人のやりとりを見ながら微笑み、
「チョコレートケーキとイチゴのタルトですね。お持ち歩きはどれくらいですか?」
と丁寧に尋ねた。
「近くですぐに食べます!」
イングリッドは元気よく答えた。
「かしこまりました」
店員はそう言って、ショーケースからそれぞれのケーキを丁寧に取り出し、小さな取っ手付きの箱に詰め始めた。アルクとリンは少し離れたところに立ち、人間らしく自然に振る舞いながらも、店内の様子を観察していた。
店員がケーキを箱に詰めている間、イングリッドは少し気になったようにユナギを見た。
「ユナギ君はダイエットとかしてないの?」
「うーん…、考えたこともありませんでした」
ユナギは首を横に振った。
「アルク、僕の体格についてどう思う?」
アルクは穏やかな表情で答えた。
「ユナギはラゴモーフ系としてバランスの取れた体型を維持しています。特に気にすることはありませんよ」
「いーなー」
イングリッドは少しうらやましそうに言った。
リンは冷静な声でフォローした。
「あなたも身長に対する標準体重よりも軽いんですから、気にしすぎですよ」
「女の子は細いぐらいがかわいいんですー!」
イングリッドは少し強調して言い返した。
店員が丁寧に包装したケーキを二つカウンターに置き、
「こちらになります」
と言って金額を表示した端末を差し出した。
「はい。私がまとめて支払います」
イングリッドは手早く会計を済ませると、少し声のトーンを変えて店員に向き直った。
「すみません、あの、実はお買い物とは別にお伺いしたいことがあるんです。ご迷惑にならないよう手短に済ませるので、少しだけいいですか?」
店員は少しだけ店内を見回してから、
「そうですね。少しだけなら大丈夫です」
と応じた。
イングリッドは身分証を見せながら、簡潔に調査の目的を説明した。そして、この近辺で幻のような雪景色を見たことはないか、あるいはそのような話を聞いたことがないか尋ねた。リンはイングリッドの隣で情報を記録する準備をしている。
店員は首を横に振った。
「いいえ、そのような現象は見たことも聞いたこともありません。SNSでそういう話題があったことも知りませんでした」
「この近くで最近、何か変わったことや気になることはありませんでしたか?」
イングリッドはさらに質問を続けた。
店員は少し考え込むような素振りを見せた後、何かを思い出したように目を見開いた。
「そういえば、数週間前に少し気になることがありました。3日くらい連続で、あの路地の前で数人が集まって何か話し込んでいたんです」
「何を話していたか聞こえましたか?」
ユナギが興味を持って丁寧に尋ねた。アルクも注意深く聞き入っている。
「いいえ、詳しくは聞こえませんでした。お客さんの会話を立ち聞きするのは失礼だと思いましたので…」
店員は少し申し訳なさそうに答えた。
「でも、妙だなと思ったのは、彼らが時々空や床を見上げたり見下ろしたりしていたことです。まるで何かを探しているような…」
「その後、その人たちを見かけましたか?」
イングリッドが続けて尋ねた。
「いいえ、それ以降はこの近くで見かけていません」
イングリッドとユナギは視線を交わした。関係があるかどうかは微妙なところだが、何らかの手がかりになるかもしれない。アルクとリンも情報を共有するように互いに無言で合図を交わした。
「貴重な情報をありがとうございます」
イングリッドは礼を言って、ケーキの入った箱を手に取った。
「お邪魔しました」
店を出ると、イングリッドはすっかりご機嫌で、
「さあ、どこで食べよっか?噴水の近くがいいかな?」
と提案した。
「でも…」
ユナギは少し躊躇いながら路地の方を見た。
「もう一度、あの路地を調べてみたいと思うのですが。店員さんの話では、あの人たちが床を見ていたとか…」
「そうね、確かにさっきはあまり床を見なかったね」
イングリッドも納得したように頷いた。
「じゃあ、ケーキを持ったまま行きましょう!」
四人は路地に戻り、今度は特に床に注目して調査を始めた。ユナギは石畳の床にしゃがみ込み、一つ一つの石を丁寧に調べ始めた。アルクも隣でかがみ、何かの痕跡がないか探している。
「何か特別な模様や機械がないか…」
ユナギは小さな声でつぶやきながら、手で石の表面を触っていく。耳を動かしながら集中している様子だ。
そうしていると、突然背後から優しい声が聞こえてきた。
「どうしましたか?何かお探しですか?」
ユナギは驚いて振り返った。そこには若い男性が立っていた。穏やかな笑顔で、少し好奇心に満ちた眼差しでユナギを見つめている。




