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第三十二話「侵入作戦」

「さて、詳細を確認していこう」


カミロ所長は希少存在調査局の会議室に大きな体を沈め、目の前のホログラム画面を操作した。僕とアルク、そしてアンソニーを交えての作戦会議だ。部屋の中央には「バイオジェネシス・ラボ」の建物の立体モデルが浮かび上がっていた。


「アンソニー、君の調査結果を共有してくれ」


アンソニーは完璧な姿勢で前に進み出ると、ホログラム画面を切り替えた。


「バイオジェネシス・ラボは三つの主要施設から構成されています」


彼は落ち着いた声で説明し始めた。


「表向きの研究棟、管理棟、そして…」


彼は画面をズームインさせ、建物の下部を指した。


「秘密の地下施設です。通常の訪問者には公開されていない区域です」


「どうやってその存在を突き止めた?」


カミロが眉を上げた。


「建物の設計図と電力使用量の分析です。表向きの施設だけでは説明できない電力消費パターンがあります。さらに、冷却システムの配置から、地下に大規模な温度管理設備があることが推測できます」


アンソニーは次の画面に切り替えた。セキュリティシステムの概要図だ。


「セキュリティは三層構造になっています。まず通常の警備員による物理的な監視。次に先進的なバイオメトリクスシステム。指紋、網膜、顔認証に加え、最新の歩行パターン認識技術も採用されています。そして第三層として、階層的権限管理とAI監視システム。不審な行動パターンを即座に検知し、必要に応じて施設全体をロックダウンする機能を持っています」


「かなり厳重だな」


カミロが唸った。


「さらに興味深いのは、定期的に開催されるイベントの存在です」


アンソニーは続けた。


「チョウ・リンイー氏が主催する『プライム・イノベーターズ・サロン』。選ばれた起業家や投資家のみが参加できる非公開の会合です」


「サロン…」


僕は考え込みながら耳を少し動かした。


「リンイーさんがビジネス学部の学生で起業家クラブの会長だと聞いていたけど、それとの関連があるのかな」


「高い確率でそうでしょう」


アルクが答えた。


「大学での活動と家業をつなぐプラットフォームとして機能させているのでしょう」


カミロ所長は椅子に深く腰掛け、顎に手を当てた。


「このサロンに何らかの方法で潜入できれば…。選択肢を考えよう」


「リンイーさんに直接連絡してみるのはどうでしょう?」


僕は提案した。


「以前のパーティーで連絡先を交換しましたから」


「ふむ、悪くない案だ」


カミロは頷いた。


「だが、あまり積極的すぎると怪しまれるかもしれない。自然な会話の流れで話題に触れるようにしろ」


僕はポケットから小さな通信デバイスを取り出し、リンイーの連絡先を呼び出した。しばらくすると、彼女の姿が小さなホログラムとして浮かび上がった。


「ユナギさん!」


彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「お元気でしたか?」


「こんにちは、リンイーさん」


僕は穏やかに挨拶した。


「あのパーティー以来ですね。素敵な会だったなと今でも思い出します。お招きいただきありがとうございました」


「こちらこそ来ていただいて嬉しかったわ」


リンイーは微笑んだ。


「あれからお元気にしていましたか?希少存在調査局のお仕事はきっと大変なのでしょうね」


「はい、毎日新しい発見があって興味深いです」


僕は耳を少し前傾させながら答えた。


「リンイーさんは大学の方はどうですか?起業家クラブの活動も忙しそうですね」


「ええ、卒業プロジェクトと起業家クラブで目が回りそう」


彼女は少し疲れた様子を見せながらも、誇らしげに言った。


「でも、やりがいはありますよ。特に若い起業家たちと新しいアイデアを議論するのは楽しいです」


「それを聞いて、実は…」


僕は話題を自然に移行させた。


「あなたが主催している『プライム・イノベーターズ・サロン』について興味を持っていまして…」


リンイーの表情がわずかに曇った。


「あら、そのことですか…」


彼女は少し言葉を選ぶように間を置いた。


「実は…祖父から、あなたとあまり深く関わらないようにと言われているんです。どうしても私の活動には会社の未公開情報が多く含まれるから、調査官という立場が…」


彼女は申し訳なさそうに言葉を濁した。


「サロンへの参加は、今回はお断りするしかないわ。ごめんなさい」


しかし彼女の表情には明らかな後悔の色が見えた。


「そうですか…残念です」


僕は耳を少し下向きにした。


「でも、またいつか会えるといいわね」


リンイーは優しく付け加えた。


「あなたのことは…できればもっとお近づきになりたいわ」


通信が終わると、会議室には重い空気が流れた。


「やはり警戒されているか」


カミロが唸った。


「他の方法を考えよう」


「夜間に施設に忍び込むというのはどうでしょう?」


僕は提案した。

アルクが頭を横に振った。


「バイオメトリクスセキュリティが厳重すぎます。検知される可能性が極めて高いでしょう」


「清掃員や配達員に変装して…」


「残念ながら」


アンソニーが割り込んだ。


「清掃業務は全て内部スタッフが担当しています。外部からの出入りは厳しく管理されています」


「所長が裕福な投資家を装って…」


カミロが苦笑した。


「私のような大柄な男がいきなり現れたら、間違いなく怪しまれるだろう」


アイデアは次々と出されたが、アルクとアンソニーの精密な分析によって、どの案も実行困難だと判断された。部屋は徐々に諦めムードに包まれていった。


「八方ふさがりだな…」


カミロがため息をついた。

その時、僕の通信デバイスが突然光り始めた。リンイーからの連絡だ。全員が驚いて顔を見合わせた。

再びリンイーのホログラム映像が現れた。今度は少し興奮した様子だ。


「ユナギさん、考えたんです」


彼女は声を低めた。


「サロンのメンバーとしての参加は難しいけど…別の形で会えるかもしれません」


彼女は周囲を確認するように視線を動かした。


「バイオジェネシス・ラボでは常に新しいビジネスの可能性を探っています。遺伝子融合型人類について、公式のヒアリングという形で招待することはできるんです」


僕の耳が驚きと期待で上向きになった。


「そして」


彼女は少し笑みを浮かべた。


「ヒアリングの結果、新たなビジネスの可能性が見いだせれば、正式にサロンのメンバーに迎える口実にもなります」


「それは…素晴らしいですね!」


僕は本心から答えた。


「実はこのことは祖父には相談していないんです」


リンイーは小声で付け加えた。


「でも、あなたのような…特別な存在との縁を無駄にはできないと思って」


連絡を終えた後、会議室は一気に活気づいた。


「これは予想外の展開だ!」


カミロ所長は大きな手を叩いた。


「彼女は君に好意的なようだな、ユナギ」


「そ、そうでしょうか…」


僕は少し照れながら耳を動かした。


「いずれにせよ、これで潜入の足がかりができた」


カミロは真剣な表情になり、ホログラム画面を切り替えた。


「では、今回の調査目標を確認しよう」


画面に5つの項目が表示された。


「第一に、ミュラー博士の存在確認だ。ただし、リンイーに直接尋ねてはいけない。疑いを招くだけだ」


「第二に、プライベート・ガーデンに関する情報収集。チョウ・ミンフイの秘密の施設だ」


「第三に、ブルーグロウの栽培・研究施設の探索。プライベート・ガーデン以外にもあるかもしれない。もっとも怪しいのはバイオジェネシス・ラボの地下施設だ」


「第四に、バイオジェネシス・ラボの設備や警備の把握。コンタクト・ビジュアライザーを使ってアルクにリアルタイムで記録してもらう」


「そして可能であれば、ブルーグロウのサンプル入手。だが、これは難しいだろうな」


カミロは椅子から立ち上がり、僕の肩に手を置いた。その大きな手は重みがあるが、温かかった。


「ユナギ、今回の潜入先は違法行為を行っている可能性が高い。自分の身の安全を最優先に考えろ。フィールド・プロテクターは必ず身に着けていくんだ」


「分かりました」


僕は頷いた。


「ただし、特殊制服は着るな。相手の警戒心を刺激するだけだ。普段着で行くように」


「はい…」


「何か異変を感じたら、すぐに脱出を試みろ。無理をするな」


カミロの目は真剣だった。


「我々が常にバックアップする」


作戦会議を終え、廊下を歩きながら、僕はアルクに小声で言った。


「なんだか緊張するね…」


「当然です」


アルクは静かに答えた。


「しかし、私が常にあなたの傍にいます。どんな状況でも、最善の判断ができるよう支援します」


窓の外では、ウィンターヘイブンの穏やかな夕暮れが広がっていた。明日、僕たちはバイオジェネシス・ラボへ向かう。深まる謎の核心に一歩近づくための、重要な一歩だ。

僕の耳が小さく震えた。期待と不安が入り混じる感覚に、心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。

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