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第三十一話「裏庭の真実」

朝の光が差し込むウィンターヘイブン植物園は、前回訪れた時以上に生命力に満ちて見えた。入り口で身分証を提示すると、私服の職員が僕とアルクを丁寧に出迎えた。


「希少存在調査局からのお客様ですね。館長のエレナ・ライト博士がお待ちです。こちらへどうぞ」


僕たちは前回とは異なるルートを案内され、一般客が立ち入れない管理区域を通って館長室へと向かった。広々とした室内には様々な植物標本が飾られ、窓からは植物園の全景が見渡せた。

デスクから立ち上がってきたのは、60代半ばと思われる白髪の女性だった。知性の光る目と穏やかな笑顔が印象的で、胸元には葉の形をしたブローチが光っている。


「ようこそ、ウィンターヘイブン植物園へ。エレナ・ライトです」


彼女は僕の外見を興味深そうに観察しながら、丁寧に挨拶した。


「ラゴモーフ系の方とお会いするのは初めてです。ユナギさんですね?」


「はい、希少存在調査局のユナギです。こちらは私のパートナー、アルクです」


「お初にお目にかかります」


アルクも丁寧に頭を下げた。

エレナは暖かく微笑むと、席に案内してくれた。


「以前、トリコフィトン・アルボラの件では大変お世話になりました。あの発見のおかげで、他の植物への感染を未然に防ぐことができたんです」


僕は少し照れながら耳を動かした。


「お役に立てて嬉しいです。実はそれとは別件で、今日はご相談があってお伺いしました」


「どのようなご相談でしょう?」


「現在、私たちは特殊な植物種について調査しています」


アルクが静かに説明を始めた。


「具体的には、バイオルミネセンスを持つストロベリーなのですが…」


エレナの表情がわずかに変化した。


「それはもしやブルーグロウですか?」


僕とアルクは驚いて顔を見合わせた。彼女は既に知っていたのだ。


「そうです。ご存知だったんですね」


僕は少し警戒しながら言った。


「噂レベルですが」


エレナはゆっくりと椅子に深く腰掛けた。


「植物学の世界では、常識を超える新種や変異種の情報は速く広まるものです。特に発光する食用植物となれば尚更です」


「それについて何かご存知でしたら、教えていただけませんか?」


僕は少し前のめりになった。

エレナは思案するように視線を窓の外に向けた。


「あの果実の起源についてお調べなのでしょう?」


「はい」


「では、私から質問させてください」


彼女は僕をじっと見た。


「なぜ希少存在調査局がそれほど興味を持つのですか?」


僕は正直に答えることにした。


「その果実は正規の流通経路を通さずに市場に出回っています。さらに、ネオ・テラからの輸入品と言われていますが、公式記録はありません。そこで、僕たちはその起源と安全性を確認する必要があるのです」


エレナはしばらく僕の顔を観察した後、温かな笑顔を見せた。


「それは大切な調査ですね。植物種の安全性確保は私たちの使命でもあります。ぜひお力になりましょう」


「まず、植物園とテラ・ガーディアンの間につながりはありますか?」


「ええ、あります」


エレナは少し懐かしそうな表情を浮かべた。


「実は私自身、若い頃に短期間ですがテラ・ガーディアンとして地球で活動していました。主に北半球の植物種保存プロジェクトに携わっていたのです」


「地球で?」


僕の耳が驚きで上向きになった。


「はい、20年ほど前のことです。テラ・ガーディアンの大半は地球生まれの人々ですが、ノヴァスフィアからの研究者が短期間研修として参加することもあるのです」


「現在も交流は続いているのですか?」


アルクが尋ねた。


「年に一度、公式な情報交換を行っています。主に絶滅危惧種の遺伝子情報や保存状況、地球の気候変化に対する植物の適応状況などについてです」


「地球の植物育成や再現についても協力しているのですか?」


僕が質問を続けた。


「その通りです。この植物園の『地球再現セクション』で展示している植物の多くは、テラ・ガーディアンから提供された遺伝情報をもとに再現しています」


「テラ・ガーディアンの研究者がウィンターヘイブンを訪れることはありますか?」


エレナは首を横に振った。


「基本的には恒星間通信のみです。費用と時間の問題で、人の往来はほとんどありません」


「ほとんど、ということは…」


僕は言葉を促した。


「例外が一人いました」


エレナの表情が暗くなった。


「約3年前、テラ・ガーディアンを辞めてノヴァスフィアへ移住した植物遺伝学者がいたのです」


僕とアルクは身を乗り出した。これが私たちの探していた人物かもしれない。


「彼のアプローチは非常に革新的でした」


エレナは続けた。


「しかし、テラ・ガーディアンが尊重する『原種保存と最小限の介入』という原則とは相容れませんでした。彼は積極的な遺伝子改変によって植物を『進化』させるべきだと主張していたのです」


「その方のお名前は?」


僕は静かに尋ねた。

エレナは少し躊躇った後、答えた。


「ハインリヒ・ミュラー博士です。絶滅危惧植物の遺伝子再構成が専門でした」


「ミュラー博士は今どこにいるのですか?」


アルクが質問した。


「残念ながら存じません」


エレナは肩をすくめた。


「彼がテラ・ガーディアンを去った後、一度だけこの植物園を訪れたきりです。その後は連絡もなく…」


「最後に会われたとき、彼はどんなことを話していましたか?」


「彼は…」


エレナは言葉を選びながら話し始めた。


「多くの植物種が氷河期の地球で生き残れないことに強いフラストレーションを感じていました。『私たちには介入する責任がある』と彼は言っていました。彼の情熱は理解できますが、その方法論には賛同できません」


僕は考え込んだ。


「他に何か覚えていることはありますか?特に、ブルーグロウにつながるような…」


エレナは眉を上げた。


「彼が去る直前、確かに海洋生物と陸上植物のハイブリッド化について熱心に語っていたことを思い出しました。特に生物発光に関する研究に興味を持っていたようです」


「これは重要な情報です」


アルクが言った。


「ありがとうございます」


「お二人の調査に役立てば幸いです」


エレナは立ち上がった。


「何かありましたら、いつでもご連絡ください」


僕たちは礼を言って席を立った。しかし出口に向かう途中、エレナが突然僕を呼び止めた。


「ユナギさん、もう一つ思い出したことがあります」


彼女は少し声を落とした。


「ミュラー博士が最後に訪れた時、彼は『チョウ』という人物と連絡を取っていると言っていました。もしかしたら、何か関係があるかもしれません」


僕とアルクは意味深な視線を交わした。点と点が繋がり始めていた。


「貴重な情報をありがとうございます」


僕は心からお礼を言った。

植物園を出た後、僕たちはすぐにカミロ所長に報告するため希少存在調査局へと向かった。



「ミュラー博士だと?」


カミロ所長は僕たちの報告を聞いて身を乗り出した。


「ハインリヒ・ミュラー…アンソニー、すぐに調べてくれ」


「かしこまりました」


アンソニーはすぐに操作を始めた。


「それにしても、テラ・ガーディアンから辞職するとは珍しいケースだな」


カミロは眉をひそめた。


「彼らは通常、生涯をかけて地球の保全に尽くす使命感を持った人々だ」


「館長の話では、研究方針の違いが原因だったようです」


アルクが説明した。


「ミュラー博士は積極的な遺伝子介入を主張し、組織の保守的方針と対立したとのことでした」


「所長」


僕は思いついたことを口にした。


「ミュラー博士が地球の絶滅危惧種に情熱を持っていたのなら、ブルーグロウのルーツも地球にあるのかもしれません。チョウ家が地球と秘密通信をしていた理由も説明がつきます」


「鋭い指摘だ」


カミロは頷いた。


「ネオ・テラの技術と地球の原種…それが合わさればブルーグロウの再現も不思議ではない」


「情報が見つかりました」


アンソニーがスクリーンを大きく表示した。


「ハインリヒ・ミュラー博士、元テラ・ガーディアン植物遺伝学部門のリーダーです。3年前に辞職後、一時期ネオ・テラの農業研究機関に勤務し、2年6か月前にノヴァスフィアに移住しました」


「現在の所属は?」


カミロが尋ねた。


「『バイオジェネシス・ラボ』という民間研究機関です」


アンソニーは続けた。


「興味深いことに、この企業の設立資金の大部分はチョウ・ミンフイ氏が提供しています」


僕の耳が反応して前傾した。


「やっぱりチョウ・ミンフイですか。館長の話と一致します」


「つまり、チョウ家、ミュラー博士、そしてブルーグロウは確かに繋がっている」


カミロは立ち上がり、部屋を行ったり来たりし始めた。


「次の調査対象は明確だな。バイオジェネシス・ラボとミュラー博士だ」


「どのようにアプローチしましょうか?」


アルクが尋ねた。

カミロは少し考え込んだ。


「直接的なアプローチは避けよう。ミュラー博士を驚かせれば、証拠隠滅の恐れもある。まずはこのラボについてもっと情報を集める必要がある」


「施設の場所はわかりますか?」


僕が尋ねた。


「ウィンターヘイブン区画の北東部、クリスタル・リサーチ・コンプレックスの一角にあるようだ」


アンソニーはマップを表示した。


「そして、注目すべきはこの位置関係だ」


マップが拡大され、バイオジェネシス・ラボから約1キロメートルの場所に「不明施設」と表示された地点が示された。


「この施設は…」


アンソニーは画面を操作して情報を引き出そうとしたが、アクセス拒否のメッセージが表示された。


「ストレンジ…公式データベースに登録されていない施設です」


「もしかして」


僕は耳を前に倒して身を乗り出した。


「これが私たちが追っていた『プライベート・ガーデン』かもしれません」


「物理的にも近いとなれば、単なる偶然とは考えにくいな」


カミロが腕を組んだ。


「これは偶然ではないだろう」


カミロは決意に満ちた表情になった。


「よし、次のステップだ。アンソニー、バイオジェネシス・ラボの詳細な情報を集めてくれ。施設配置、セキュリティシステム、人員構成、すべてだ」


「了解しました」


「ユナギ、アルク、君たちは明日までゆっくり休むといい」カミロは優しく微笑んだ。


「次の任務はもっと難しくなるだろうからな」


僕たちは頷いて所長室を後にした。廊下を歩きながら、アルクが静かに言った。


「ユナギ、今回の任務は予想以上に複雑になっていますね」


「うん」


僕は考え込みながら耳をわずかに動かした。


「まさか最初の仕事からこんなに大変だとは思わなかったよ。でも、真実に近づいている気がする。ブルーグロウの謎は、ミュラー博士の中にあるんだ」


窓の外では、夕暮れの光がウィンターヘイブン区画を優しく包み込んでいた。明日からは新たな局面を迎える。僕の胸の中で、期待と緊張が入り混じっていた。

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