第二十九話「豪邸の秘密」
チョウ家の豪邸に到着した瞬間、僕は思わず息を呑んだ。
「すごい…」
クリスタルヒルズと呼ばれる高級住宅街に位置する邸宅は、伝統的な東アジア様式と未来的なデザインが融合した壮大な建物だった。入口には中国風の龍があしらわれており、その両側には青白い光を放つ植物が植えられている。
「ユナギ、準備はいいですか?」
アルクが僕の横で静かに尋ねた。
深いミッドナイトブルーのジャケットは、ラゴモーフの体型に合わせて特別に仕立てられていた。背中の上部には耳の動きを妨げない特殊な設計がされており、襟元は耳の根元を圧迫しないよう高めに作られている。銀色の繊細な刺繍が袖口と襟に施され、同じく特注の白いシャツとのコントラストが美しい。
一方のアルクも、黒を基調としたフォーマルなスーツ姿だ。服装の違いだけでも大人びて見える。
「うん、大丈夫」
僕は少し緊張しながらも頷いた。
「とにかく自然に振る舞おう」
玄関に近づくと、ドアが開き、リンイーが現れた。彼女は優雅なシルバーグレーのドレスを身にまとい、髪は上品にまとめられていた。
「ユナギさん、アルクさん、来てくださって嬉しいわ!」
彼女は明るく微笑んだ。
「とても素敵なスーツね。その青の色合い、あなたによく似合っているわ」
「ありがとうございます。素敵なパーティーに招いていただき光栄です」
僕は耳を少し前に傾けながら答えた。
「まだ始まったばかりで、ゲストもあまり来ていないの。ぜひ祖父にご挨拶してください。あなたに会うのを楽しみにしていたのよ」
リンイーに案内され、僕たちは広々とした大広間へと進んだ。天井は高く、壁には精巧な芸術作品が飾られ、大きな窓からはウィンターヘイブンの夜景が一望できる。部屋の中央には年配の紳士が数人のゲストと会話していた。
「祖父、紹介するわ。こちらが昨日お話しした、希少存在調査局のユナギさんよ」
チョウ・ミンフイは落ち着いた雰囲気の老紳士だった。白髪を短くカットし、伝統的な要素を含む現代的なフォーマル衣装を身にまとっている。僕を見た瞬間、彼の目が明らかに輝いた。
「やあ、お会いできて光栄です」
ミンフイは僕に向かって丁寧に頭を下げた。
「リンイーからあなたのことは聞いていました。遺伝子融合型の人種とお会いするのは初めてです。ラゴモーフ系というようですね」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
僕は敬意を込めて答えた。
ミンフイは僕をじっと見つめながら、突然懐かしそうな表情を浮かべた。
「実は、私が子供の頃、家でスノーフェレットを飼っていたことがあるんです。あの白い体毛と、大きな耳…あなたを見ていると少し思い出しますよ」
「スノーフェレット?」
リンイーは驚いたように祖父を見た。
「知らなかったわ」
「ずいぶん昔の話だ」
ミンフイは微笑んだ。
「私の父が『北方伝統共生プログラム』を熱心に支援していてね。そのおかげでコンパニオン・アニマルを迎えることができたんだ。あのフェレットは冬になると真っ白な被毛になって、まるで雪の精霊のようだった。小さな体なのに、とても賢くて…私が勉強していると、いつも膝の上に乗ってきたものだよ。今でも鮮明に思い出すよ、あの柔らかな感触を」
「私も飼ってみたいわ」
リンイーが興味深そうに言った。
「今は難しいだろうね」
ミンフイは少し残念そうに答えた。
「我が家はもうその団体との関係が薄くなっているし、現在のコンパニオン・アニマル制度はかなり厳格だ。社会貢献係数も必要だからね」
しばらく世間話が続いたが、ミンフイは僕の職業について触れることは避けていた。彼は友好的でありながらも、何か実務的な話題が出そうになると、さりげなく話題を変えるのが上手かった。
やがて別のゲストが近づいてきたのを見て、ミンフイは
「失礼します、また後ほど」
と言い残し、その人物の元へ向かっていった。
「祖父はちょっと忙しそうね」
リンイーが言った。
「私の友人を紹介するわ。こちらに来て」
彼女は僕たちを大広間の別の場所へと導いた。そこには30代半ばと思われるアジア系の男性が立っていた。
「こちらがケビン・チャンよ」
リンイーが紹介した。
「彼はチョウ・デリカシーズの取引先で、私がプロモーションを手伝ったの」
「はじめまして」
チャンは僕たちと握手した。
「リンイーさんには大変お世話になっています」
「ケビンは高級パティスリーを経営していて、祖父の会社のリンゴを使ったタルトやパイ、コンポートなどを販売しているの」
リンイーは嬉しそうに説明した。
「私が初めて実際のビジネスに関わったプロジェクトなのよ」
「彼女のマーケティング戦略は素晴らしかった」
チャンは称賛の眼差しでリンイーを見た。
「特に文化的背景を活かした物語性の創出は見事でした」
「大げさね」
リンイーは照れた様子で笑うと、小さなタブレットを取り出した。
「少しだけプロモーション動画を見せてもいい?」
彼女がタブレットを操作すると、美しく撮影されたリンゴのタルトや、店内の様子、そして顧客の笑顔などが映し出された。
「このプロジェクトが成功したおかげで、他のプロジェクトにも関われるようになったの」
彼女は別の動画に切り替えようとスワイプした。
その時だった。ほんの一瞬、画面に暗い空間で無数の青い光が点滅する映像が流れた。僕の目が釘付けになる。それは明らかに青く光るストロベリー、ブルーグロウだった。大量のブルーグロウが栽培されている様子が一瞬だけ映し出されたのだ。
リンイーはすぐに別の動画に切り替えた。しかし、僕の耳はすでに興奮で前傾していた。
「さっきの青い光の映像、とても美しかったですね。あれは何ですか?」
僕はできるだけ自然に尋ねた。
リンイーの表情が一瞬固まった。彼女は視線を少しそらしながら答えた。
「あ、あれは…別の惑星での実験農場の風景よ。まだ社外秘のプロジェクトで…他の人には見せてはいけないものだったわ。ごめんなさい、忘れてもらえるかしら?」
「そうですか…」
僕はさらに興味を示した。
「でも、あまりにも美しかったので。その動画は誰から提供されたのですか?研究者の方ですか?」
リンイーは少し困った表情になり、周囲を見回した。
「実は…元テラ・ガーディアンの研究員の方に知り合いがいて、その方にいろいろ協力してもらっているの。でも、それ以上は詳しくは言えないわ。企業秘密よ」
彼女の表情から、これ以上は答えないだろうと判断した僕は、
「そうですか、残念です。でもとても興味深いプロジェクトですね」
と言って引き下がった。
チャンが別の話題を切り出し、会話は自然に流れていったが、僕とアルクは一瞬目を合わせた。次の調査対象は明確になった—元テラ・ガーディアンの研究員だ。
しばらくビジネスについての会話が続いたが、やがてチャンは腕時計を見て、
「申し訳ありませんが、別の方とお約束があるので」
と丁寧に挨拶して席を外した。
その途端、リンイーの周りに若い女性たちが集まってきた。どうやら大学の友人や幼なじみのようだ。
「リンイー、この方は?」
一人の女性が僕を指さして尋ねた。
「あ、みんな、こちらはユナギさん。希少存在調査局の方よ」
リンイーが答えると、女性たちの間から驚きの声が上がった。
「すごい!昨日話してたラゴモーフ系の方ね!」
「耳、触らせてもらえるの?」
「遺伝子融合ってどんな感じなの?」
「特殊能力とかあるの?」
次々と質問が飛んできて、僕は思わず耳を後ろに倒した。アルクは横で困惑した表情を浮かべている。
「あの、一つずつお答えしますが…」
僕が言いかけると、ある女性が大胆にも僕の耳に手を伸ばしてきた。
「わあ、本当にふわふわ!」
「ちょっと、失礼でしょ!マナーを守りなさい!」
リンイーが制止するが、すでに女性たちは興奮状態だ。
「普通の食事と違うことはあるの?」
「寿命は人間と同じなの?」
「AIパートナーとの関係はどうなってるの?」
まるで珍しい展示物を見るような好奇の目に囲まれ、僕は徐々に疲れを感じ始めた。アルクが助け舟を出そうとするが、今度はアルクのほうが注目を集めてしまう。
「まあ!AIパートナーも素敵な方ね!」
「二人で並んでいると本当にかわいらしいわ!」
「素敵な物語が始まりそう!」
「みんな、ちょっと落ち着いて」
リンイーが声を上げたが、彼女の友人たちの興奮は収まらない。
パーティーの喧騒が増していく中、僕たちは若い女性たちの質問攻めに苦戦しながら、この夜の本当の目的を忘れないようにしていた。




