第二十四話「青く光る果実」
「さて、早速だが君の最初の任務を説明しよう」
カミロ所長の声に、僕の耳が思わず素早く動いた。
「え?もう任務が?」
僕は驚いて耳がピンと立った。アルクも少し驚いた様子で僕を見た。
「もちろんだとも!」
カミロ所長は大きく笑った。
「時間は貴重なんだ。希少存在調査官として一秒でも早く活躍してもらわないと」
彼は手を軽く叩くと、部屋の壁面に大きなディスプレイが現れた。最新鋭のホログラフィック技術だろう、鮮明な立体映像が空中に浮かび上がる。
「これを見てくれ」
ディスプレイに映し出されたのは、夜の暗闇の中で幻想的な青白い光を放つストロベリーだった。その姿は通常のストロベリーとさほど変わりないが、果実全体から発せられる神秘的な光は一目見て異質だとわかる。まるで深海生物のような、柔らかで優しい蛍光を放っている。
「これは…」
僕の言葉が途切れた。その美しさに思わず見入ってしまう。
「この不可思議に暗闇で光るストロベリー、おそらく通称『ブルーグロウ』と呼ばれる品種ではないかと考えている」
カミロ所長は映像を指さした。
「調査によればネオ・テラでは別の正式名称があるようだが、今はそれほど重要ではない」
アンソニーが静かに前に進み出て、追加のデータを表示した。完璧に整理された情報が次々と現れる。
「この特殊なストロベリーは3日前、ウィンターヘイブン区画の高級フルーツマーケット『パラダイス・ガーデン』で初めて確認されました」
アンソニーの声は落ち着いていた。
「一粒5,000エナジー・クレジットという法外な価格で取引され、富裕層の間で『最新の贅沢品』として密かに話題になっているようです」
「5,000エナジー・クレジット?」
僕は驚いて声を上げた。
「それって…すごい金額ですよね?」
アルクが小声で補足した。
「基本的な生活必需品なら1ヶ月分以上の金額です」
「そう、途方もない価格だ」
カミロ所長は頷いた。
「しかし問題はそこではない。このストロベリーは本来、ノヴァスフィアに存在しないはずのものなんだ」
「存在しないはずの…?」
「アンソニー、詳細を説明してくれ」
アンソニーはさらに映像を切り替えた。今度は別の惑星らしき場所で、広大な温室のような設備の映像が映し出される。
「この品種は約50年前、アルデバラン星系の農業コロニー『ネオ・テラ』で開発された実験的品種です」
アンソニーは淡々と説明した。
「地球原産のストロベリーと、深海生物の遺伝子を掛け合わせたハイブリッド種で、バイオルミネセンスという発光特性を持っています」
「主に観賞用として開発されました」
アンソニーは続けた。
「暗所でも育つという特性はありますが、実用的な食用作物としてではなく、むしろ装飾的な価値が重視されています。ただし、一部ではアンチエイジング効果や若返り効果があるという胡散臭い噂も流れているようです」
映像が切り替わり、今度は暗闇の中で幻想的に輝くストロベリー畑が映し出された。まるで星空のように青い光の点々が広がる光景は、思わず息を呑むほど美しい。
「わぁ…」
思わず感嘆の声が漏れた。
「確かに美しいだろう」
カミロ所長も同意するように頷いた。
「だが、さっきも言った通り、このブルーグロウはノヴァスフィアに存在するはずがないんだ」
「なぜですか?」
アンソニーが三本の指を立てて説明を始めた。
「理由は三つあります。第一に、ネオ・テラは遺伝子製品の輸出に厳格な規制を設けており、この種の公式輸出記録は存在しません。彼らは自分たちの開発した品種を宝のように守っています」
「第二に」
彼は次の指を立てた。
「ノヴァスフィアの植物検疫システムは銀河系でも最高水準と評価されています。未登録の植物種が検疫をすり抜けて流入することは、理論上不可能とされています」
「そして第三に」
最後の指を立てる。
「この種は極めて特殊な栽培条件を必要とします。通常の環境では育たず、特殊な光波長調整と栄養素供給が不可欠です。そのような設備はノヴァスフィア内でも限られた研究施設にしか存在しません」
「つまり、これが市場に出回っているということ自体が、大きな謎だということですね」
僕はゆっくりと理解した。
「その通り!」
カミロ所長は勢いよく立ち上がった。
「君の最初の任務は、この『存在するはずのない青いストロベリー』の謎を解き明かすことだ」
「でも、そんないきなり…」
「心配するな」
カミロは大きな手を振った。
「確かに難しい任務だが、危険度は低いと判断している。未知の生物と対峙するわけでもなく、主にはマーケットでの調査と追跡だ。初めての仕事としては丁度いいだろう」
アンソニーがわずかに眉を上げたのが見えたが、何も言わなかった。
「それに」
カミロ所長は胸を張った。
「特別に、私が直接現場に出て君をサポートする。新人が初任務でこんな特別待遇を受けることはめったにないぞ!」
アンソニーがカミロ所長を見て、小さくため息をついたように見えた。
「ありがとうございます」
僕は真摯に答えた。
「精一杯頑張ります」
カミロ所長の笑顔が一層明るくなる。
「それでこそ私の選んだ調査官だ!」
アンソニーがさらに情報を表示させた。
「基本情報とアクセス権をお二人に転送します。明日の本格的な調査に備えて、内容を確認しておいてください」
僕の持つウェアラブルデバイスとアルクのインターフェースが同時に青く光り、データ受信を知らせた。
「調査は明日の朝から開始します」
アンソニーは続けた。
「朝9時に所長室にお越しください。そこから高級フルーツマーケットへ向かう予定です」
「今日の残りの時間は」
カミロ所長が口を挟んだ。
「新しい装備の使い方を確認しておくといい。特に『スペクトラム』は使いこなすのに少し慣れが必要だ。アルク君、ユナギ君のサポートをよろしく頼むよ」
「承知しました」
アルクは頷いた。
初任務の説明が終わり、僕たちは所長室を後にした。廊下を歩きながら、アルクが静かに話しかけてきた。
「どう思いますか?予想より早く実務に入ることになりましたね」
「うん」
僕は少し考え込みながら答えた。
「難しそうな任務だけど、なんだかワクワクする。でも…」
「でも?」
「青く光るストロベリーって、本当に美しかったね」
僕は素直に言った。
「なんだか不思議な親しみを感じたというか…」
アルクは一瞬立ち止まり、じっと僕を見つめた。
「それはとても興味深い反応です。あなたの植物との親和性が働いているのかもしれません」
調査局の建物を出て、トランスポッドでノーザンテラスに戻る道中、僕とアルクは送られてきたデータを確認しながら、新しい装備の使い方について話し合った。アルクは特に『スペクトラム』の使用方法を詳しく説明してくれた。
「この装置は単なるスキャナー以上の機能があります」
アルクはホログラフィック・マニュアルを表示しながら説明した。
「生体組織の分子構造だけでなく、エネルギーパターンまで分析できます。特に遺伝子操作された生物の特定に優れています」
「使い方が難しそうだな…」
僕はペン型の装置を手に取り、あちこち眺めた。
「慣れれば簡単です。実際に試してみましょうか?」
トランスポッドから降り、ノーザンテラスの自宅に戻った僕たちは、ベランダの植物でスペクトラムの使い方を練習した。最初は操作に戸惑ったが、アルクの丁寧な指導もあって、次第に基本的な使い方を覚えていった。
「ああ、やっとコツがつかめてきた気がする」
僕はスペクトラムの表示を確認しながら言った。
「ブルーベリーの成分分析ができたよ」
「素晴らしい上達ぶりです」
アルクは微笑んだ。
「あなたの直感的な操作能力は平均以上です」
他の装備も一通り確認し、使い方を練習した。フィールド・プロテクターは手首に装着するだけで簡単に作動し、コンタクト・ビジュアライザーはアルクと連携することで驚くほど直感的に使えることがわかった。
夜も更けていく中、僕たちは明日の任務に備えてデータの分析を続けた。ネオ・テラの農業技術や、ブルーグロウについての断片的な情報を整理していく。
「よし、これで基本的な準備はできたな」
僕は伸びをしながら言った。
「明日に備えて早めに休もう」
「そうですね」
アルクも同意した。
「明日は重要な一日になります」
ベッドに横になると、天井に映し出された星空を眺めながら考え込んだ。青く光るストロベリー。ノヴァスフィアに存在するはずのないもの。どうしてこんなものが市場に出回っているのか。不思議な謎を追う初めての任務に、期待と緊張が入り混じる気持ちで、僕はゆっくりと目を閉じた。




