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第二十三話「オリエンテーション」

「いよいよ今日が初日だね」


僕はシャツのボタンを留めながら言った。


「緊張するな」


「大丈夫ですよ」


アルクは穏やかに微笑んだ。


「希少存在調査官として必要な素質は、既にユナギの中にあります」


朝食を済ませ、支給された地図データを頼りに、僕たちはノーザンテラスから少し離れた場所にある希少存在調査局支局へ向かった。トランスポッドからの景色を眺めていると、徐々に建物の様子が変わっていくのが分かる。より専門的な施設が増え、時折不思議な形をした研究施設らしき建物も見えた。


「あれが希少存在調査局ですね」


アルクが窓の外を指さした。

視線の先にあったのは、意外にも古典的な雰囲気を持つ建物だった。石造りのような外壁と、近代的なガラスと金属が融合した不思議なデザイン。まるで過去と未来が一つになったような外観に、思わず見入ってしまう。

トランスポッドを降り、入口に向かって歩く。大きなガラスのドアが自動的に開くと、涼しげな空気が僕たちを迎えた。ロビーは天井が高く、中央には大きなホログラム地図が浮かんでいる。そこにはノヴァスフィアの様々な区画や自然保護区域が立体的に表示されていた。

受付カウンターでは、人間ではなくAIが対応している。彼女は洗練された外見で、明るい笑顔を浮かべていた。


「おはようございます」


彼女は僕を一瞥しただけで言った。


「新しい希少存在調査官の方ですね。カミロ所長があなたの到着を心待ちにしています」


「はい、そうです。今日からよろしくお願いします」


僕は少し緊張した様子で答えた。


「4階、東側廊下の一番奥がカミロ所長のオフィスです。エレベーターをご案内します」


僕たちはガラス張りのエレベーターに乗り、上階へと向かった。エレベーターも古風なデザインだが、明らかに最新の技術で動いている。

4階に到着し、廊下に出ると、壁には様々な展示物が飾られていた。ガラスケースの中には奇妙な形の植物の標本や、見たこともない生き物の写真が納められている。それらの傍らには詳細な発見データが表示されていた。


「これらはすべてこの支局が発見した希少存在なのですね」


アルクが小声で解説してくれた。


「それぞれに発見者の名前と日付が記録されています」


「すごいな…」


僕は耳を前傾させながら展示を見つめた。


「これが僕たちの仕事になるんだ」


廊下を進むと、突き当たりに「マックス・カミロ 所長」と書かれたドアがあった。軽くノックすると、中から力強い声が返ってきた。


「どうぞ!」


ドアを開けると、広々としたオフィスが広がっていた。大きな窓からは区画の美しい景色が一望でき、壁には数々の認定証や写真が飾られている。その中央に置かれた古風な革製の回転椅子に、大柄な男性が座っていた。

彼は僕たちを見ると立ち上がった。身長は優に180cmを超え、筋肉質の体格が制服の下からもうかがえる。短くカットされた金髪と日焼けした肌、そして青灰色の鋭い目が印象的だった。


「おお!来たな、来たな!」


彼は大きな声で言うと、大きな手を差し出した。


「マックス・カミロだ。この支局の所長をやっている。待っていたぞ、我がチームの新たな希少種!まさかこのチームに希少存在のほうから飛び込んでくるとは!」


その豪快な挨拶に、僕は少し圧倒されながらも手を差し出した。カミロ所長の握手は力強く、温かだった。


「ユナギです。これからよろしくお願いします」


「こちらはアルク、僕のパートナーです」


僕はアルクを紹介した。


「カミロ所長、はじめまして」


アルクは丁寧に挨拶した。

カミロの後ろから、もう一人の人物が現れた。所長と同じくらいの背の高さだが、はるかに細身で、完璧に整えられた姿勢で立っていた。黒髪をきれいに後ろにとかし、三つ揃いのスーツを着用している。どこか古風な雰囲気だが、目には知的な光が宿っていた。


「こちらは私のパートナー、アンソニーだ」


カミロ所長が紹介した。


「ユナギさん、アルクさん、お目にかかれて光栄です」


アンソニーは微笑みながら軽く頭を下げた。その声は落ち着いており、どこか時代を感じさせる丁寧な口調だった。


「さあ、座れ座れ!」


カミロ所長は僕をソファに案内した。


「長旅だっただろう?ノーザンテラスからここまで来るのに」


「そんなに遠くはなかったですよ」


僕は笑いながら答えた。

カミロ所長は自分も座ると、急に真面目な表情になった。


「さて、事前資料の確認テストだ」


「え?」


僕の耳が驚きで上向きになる。

所長はそれを見て大笑いした。


「冗談だよ。緊張しているところを見たかっただけさ」


彼はくつくつと笑いながらも、


「まあ、せっかくだから少し質問してみよう」


と続けた。


「希少存在調査官の三つの基本理念は何だった?」


「保護、記録、共存です」


僕はすぐに答えた。


「未知の存在を発見し保護すること、詳細な記録を残して知識を拡大すること、そして彼らとの共存の道を探ることです」


「正解!」


カミロ所長は嬉しそうに手を叩いた。


「では、希少種発見時の初期対応プロトコルはどうだった?」


「まず安全な距離から観察し、スペクトラムでスキャンを行います」


僕は事前資料を思い出しながら答えた。


「次に環境への影響評価を行い、必要に応じてサンプル採取。ただし、生態系を乱さないよう最小限の介入に留めます」


カミロ所長は何度もうなずき、アンソニーの方をちらりと見た。アンソニーも小さく頷いているのが見えた。


「素晴らしい!詳細に目を通してくれたんだな。偉いぞ」


所長は満足そうに言った。


「君のような真面目な新人は珍しいよ。たいていの者は『要約してくれ』と言ってくるからな」


「ユナギは非常に学習熱心です」


アルクも補足した。


「送られてきた資料はすべて丁寧に確認していました」


「それは心強いな」


カミロ所長はにっこりと笑った。


「知識が命綱になることもあるこの仕事では、準備が大切だからな」


所長は立ち上がると、部屋の壁面にある大きな収納キャビネットに向かった。


「さあ、装備を確認しよう」


彼がキャビネットの扉を開けると、中には様々な機器や装備が整然と並んでいた。所長は最初に紺色の制服を取り出した。


「まず支給されるのは特殊制服だ」


カミロは制服を広げて見せた。深い青色を基調としており、肩と袖には革製のパネル、腰回りには多数のポケットが付いたベルトが配されている。全体的に機能的だが、どこかレトロな雰囲気も漂う不思議なデザインだった。


「これは私のこだわりだ」


カミロは胸を張った。


「実用性と美観を兼ね備えている。少しレトロな味付けをしたがね。調査局の制服は各支局の所長がある程度デザインを選べるんだ」


制服を手に取ると、予想より軽く、しなやかな感触があった。


「特殊繊維で作られていて、環境に合わせて温度調節機能がある」


所長は説明した。


「耐久性と防水性に優れ、様々なフィールドワークに対応できる。もちろん、君のようなラゴモーフ系にも対応するよう特別調整してある。耳の動きを妨げない設計だ」


「ありがとうございます」


僕は感謝を込めて言った。耳が少し動く。


「ポケットの位置や大きさは自分で調整できる。どの道具をどこに入れるか、使いやすいように工夫してみるといい」


次に、カミロ所長はいくつかの小型装置を取り出した。


「これが多機能スキャンツール『スペクトラム』だ」


彼はペン型の小さな装置を手に取った。


「生体情報や物質構成を分析できる。我々の仕事の要といってもいい」


そして手首に装着する細いバンドを見せた。


「これはフィールド・プロテクター。小型のフォースフィールドを生成する。危険な状況では命を救うこともある」


他にも、美しく磨き上げられた金属製の小箱「サンプル・プリザーバー」や、透明なコンタクトレンズのような「コンタクト・ビジュアライザー」など、様々な装備が次々と紹介された。


「コンタクト・ビジュアライザーはアルクと連携して、視界に直接情報を表示できる。とても便利だぞ」


すべての装備を前にして、僕は少し圧倒されていた。アルクも興味深そうに観察している。


「そして、アルクにも特別なアップデートがある」


カミロ所長はアルクの方を向いた。

アンソニーが静かに前に出て、小さな装置をアルクに手渡した。


「希少存在調査官専用のデータアクセス権限と特殊分析モジュールです。これをインストールしてください」


アルクがその装置に触れると、彼の姿が一瞬青い光に包まれた。光が消えると、アルクの肩には調査局のエンブレムが浮かび上がっていた。


「これで量子エンタングル・ネットワークの希少種データベースにアクセスできるようになりました」


アルクが静かに言った。その目の色が少し鮮やかになったような気がした。


「素晴らしい!」


カミロ所長は満足そうに頷いた。


「これで君たちは正式な希少存在調査官としての装備が整った」


僕たちは所長のオフィスに戻り、ソファに座った。カミロ所長も再び椅子に腰掛け、手を叩いた。


「さて、早速だが君の最初の任務を説明しよう」


と元気よく言った。


「え?もう任務が?」


僕は驚いて耳がピンと立った。アルクも少し驚いた様子で僕を見た。


「もちろんだとも!」


カミロ所長は大きく笑った。

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