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第十七話「自分探しの旅」

白い光に満ちた広い部屋。ガラスの向こう側に、僕と同じラゴモーフ系の女性が立っている。白い耳が時折ピクリと動き、何かに集中しているようだ。彼女の前には小さな植物が置かれていた。

彼女は目を閉じて両手を植物の上に広げている。するとわずかに、ほんのわずかに、植物が揺れたように見えた。その瞬間、彼女の耳がぴんと立ち、目を見開いた。顔に喜びの表情が広がる。

周囲には白衣を着た人々が立ち、その様子を興味深げに観察している。中には何かをメモするスタッフもいる。


「素晴らしい進展です」


と誰かが言った。

女性はこちらを向き、ガラス越しに僕を見つけると、嬉しそうに微笑み、手を振った。まるで昔からの友人のように。しかし彼女が誰なのか、僕には思い出せない。彼女は口の形だけで何かを言っている。それは—


「…ギ…ユナギ…」


目を覚ますと、薄明るい部屋の中にいた。窓から朝日が差し込み始めている。夢の内容はすでに霞み始め、輪郭だけが頭に残っていく。白い部屋、ガラスの壁、そして僕と同じようなラゴモーフの女性…。


「おはようございます、ユナギ」


振り向くと、窓際にアルクが立っていた。今日も人型の姿だ。朝の光に照らされた彼のシルエットは、少年のような愛らしさと不思議な落ち着きを併せ持っていた。


「おはよう」


は体を起こしながら答えた。


「もう7時か…」


「良く眠れましたか?」


アルクが近づいてきた。


「今日は重要な日ですね」


「うん」


考え込むように答える。


「変な夢を見たよ。でも、もうほとんど覚えてないんだ」


「夢の内容はどのようなものでしたか?」


アルクが興味深そうに尋ねた。


「細かいことは思い出せないけど…」


僕は頭をかく。


「とにかく不思議な夢だった。詳しくはまた後で話すよ」


「わかりました」


アルクは頷いた。


「朝食前にシャワーを浴びますか?」


「そうするよ」


シャワーを浴びて身支度を整えた後、食堂に向かった。朝食は軽めにフルーツとヨーグルト、全粒粉のトーストを選んだ。あまり緊張せずリラックスして検査結果を聞きたかったからだ。


「10時の予約ですから、そろそろ出かけましょうか」


アルクが時計を見ながら言った。


「うん」


ホテルを出て、適性検査センターに向かう道すがら、徐々に緊張感が高まっていくのを感じた。昨日の長い検査の結果が今日明らかになる。それが僕の将来にどんな影響を与えるのか、考えるだけでドキドキする。


「ちょっと緊張してきたな」


僕は正直に言った。


「自然なことです」


アルクは穏やかに答えた。


「でも心配はいりません。どのような結果であれ、それはあなたの可能性を広げるためのものです」


適性検査センターに到着すると、アルクが受付で予約を確認した。案内された待合室は、昨日とは違う階にあり、より快適な雰囲気だった。壁には美しい風景画が飾られ、柔らかな音楽が流れている。


「評価官のシーラ・ヴァンデルメア博士が少々遅れるとのことです」


受付のスタッフがアルクに伝えた。


「10分ほどお待ちいただけますか?」


「もちろん、問題ありません」


アルクは丁寧に応じた。

柔らかいソファに座り、待つことになった。10分ならそれほど長くない。でも今の僕にとっては、とても長く感じられる。


「退屈だな…」


僕は小さく呟いた。


少し沈黙があった後、突然思いついたように言った。


「そういえば、アルク、夢占いとかできる?」


「夢占い…ですか?」


アルクは少し首を傾げた。


「基本的な解釈なら可能です。何か特定の夢について知りたいことがありますか?」


「今朝見た夢のことを考えてたんだ」


僕は軽い調子で言った。


「詳しくは覚えてないけど、ウサギが嬉しそうにこっちを見て、近づいてくるような…そんな感じの夢だったんだよね」


直接的な記憶はほとんど失われていたが、夢から受けた印象だけは残っていた。アルクは少し考え込むような表情をした後、答え始めた。


「一般的な夢解釈によれば、ウサギは多産と繁栄の象徴とされています。また、機敏さや直感、そして新しい始まりを意味することもあります」


彼は丁寧に説明した。


「ウサギがあなたに近づいてきたという点は、新しい機会や可能性があなたに向かって来ていることを示唆しているかもしれません」


「へえ…」


僕はちょっと感心した。


「なるほど、そんな意味があるんだ」


「もちろん、これは一般的な解釈です」


アルクは補足した。


「夢の意味は個人の経験や感情によって大きく変わります」


「でも、新しい始まりっていうのは、今の状況にぴったりだよね」


僕は頷いた。


「今日の結果次第で、これからの道が決まるわけだし」


「その通りです」


アルクは微笑んだ。


「夢が良い前兆であることを願いましょう」


「ユナギさん」


突然、スタッフが呼びかけてきた。


「シーラ博士がお待ちです。こちらへどうぞ」


僕たちは案内に従い、廊下の奥にある部屋へと向かった。ドアを開けると、明るく広々とした空間が広がっていた。窓からは区画の景色が一望でき、部屋の中央には大きな円卓が置かれている。

テーブルの向こう側に立っていたのは、50代前後と思われる女性だった。短く刈り込まれた銀髪と知的な雰囲気の青い瞳が印象的だ。彼女は僕たちを見ると、暖かい笑顔で近づいてきた。


「ユナギさん、お待ちしていました」


彼女は握手のために手を差し出した。


「シーラ・ヴァンデルメア、適性評価部門の主任研究員です。今日はあなたの検査結果についてお話しします」


「よろしくお願いします」


僕は少し緊張しながらも握手を返した。


「こちらがAIパートナーのアルクさんですね」


シーラはアルクにも丁寧に挨拶した。


「どうぞお二人とも座ってください」


テーブルに着くと、シーラは半透明のディスプレイを起動させた。空中に複雑なグラフと数値が浮かび上がる。


「まず、昨日の長時間にわたる検査、お疲れ様でした」


シーラは優しい声で言った。


「適性検査は簡単なものではありませんが、あなたは非常に良く対応されていました」


「ありがとうございます」


僕は少し照れながらも答えた。


「それでは結果の説明に入りましょう」


シーラはディスプレイを操作した。


「最初に認知能力テストについてです」


空中に表示されたグラフは、様々な認知能力の分布を示していた。いくつかの項目で、僕のスコアを示す点が高い位置にマークされている。


「あなたはパターン認識能力が非常に高いですね」


シーラは説明した。


「特に視覚的なパターンを直感的に認識する能力が顕著です。また、直感的判断力も標準より大きく上回っています」


「直感的…ですか?」


「はい。あなたは複雑な情報から、分析的思考よりも直感的に結論を導き出す傾向があります。興味深いことに、その直感による判断が非常に正確なのです」


シーラは次のグラフを表示した。


「その反面、段階的な論理分析を要する課題では、若干平均を下回る結果でした」


「なるほど…」


僕は少し考え込んだ。前世の記憶では、むしろ論理的な思考が得意だったような気がするが…。

シーラは続けて環境適応テストの結果を示した。


「環境適応性については、寒冷環境での適応力が極めて高いという結果です。特に気温10度以下の環境では、認知機能と運動機能の両方が向上する傾向があります」


「ウィンターヘイブンと相性が良いということですね」


アルクが口を挟んだ。


「まさにその通りです」


シーラは頷いた。


「一方で、高温多湿の環境ではパフォーマンスが著しく低下します。これはラゴモーフ系の生理的特性と一致しています」


次に生物親和性テストの結果が表示された。


「ここで特に注目すべき結果が出ています」


シーラの声が少し高まった。


「あなたは植物や小動物との非言語的コミュニケーション能力が極めて高いのです。特に、植物の健康状態を直感的に把握する能力は、我々の検査データの中でも上位5%に入ります」


「植物の健康状態…」


僕は植物園での出来事を思い出した。あの時聞こえた「声」は、やはり何かの意味があったのかもしれない。


「最後に身体能力測定の結果です」


シーラは次のグラフを表示させた。


「瞬発力と跳躍力は非常に高く、通常の人間の約2倍、ラゴモーフ系の中でも上位25%に入ります。また、視野角の広さと聴覚の鋭敏さも特筆すべき特性です」


「視野角が広いんですか?」


僕は少し驚いた。


「自分では気づいていませんでした」


「多くの場合、生まれつきの特性は自分では当たり前すぎて気づかないものです」


シーラは微笑んだ。


「あなたの視野角は通常の人間より約30%広く、特に後方視野が発達しています」


「へえ…」


「一方で、持久力は平均以下です。長時間の連続的な活動には向いていないでしょう」


シーラは続けた。


「また、筋力、特に握力は体格からは想像できないほど高い数値を示しています」


自分の体について、こんなに詳しく分析されるのは少し奇妙な感覚だった。でも同時に、興味深くもある。自分でも気づいていなかった特性が明らかになるのは、新たな発見のようだ。


「総合的な評価に基づき、あなたに適していると思われる職業をいくつか挙げさせていただきます」


シーラはディスプレイを切り替えた。


「まず一つ目は『環境システム技術者』です」


画面には複雑な環境制御システムを操作する人物の映像が映し出された。


「寒冷環境への高い適応性とパターン認識能力を活かし、ウィンターヘイブンのような特殊環境区画のシステム管理や最適化を行う専門家です。特に異常検知能力が求められる職種で、あなたの直感力が活きるでしょう」


次の映像は、自然豊かな環境で働く人々を示していた。


「二つ目は『生態系モニタリング・スペシャリスト』です。植物や動物との親和性を活かして生態系の微妙な変化を監視・記録する役割です。特に絶滅危惧種の保全プロジェクトでの活躍が期待できます」


最後の映像は、様々な区画の間を移動する様子を示していた。


「三つ目は『区画間調停官』です。直感的判断力と非言語的コミュニケーション能力を活かして、異なる区画間の紛争や問題を解決します。移動が多い職種ですが、集中的な活動と休息のバランスが取れるため、あなたの身体特性にも合っています」


シーラは映像を消し、僕の反応を観察しているようだった。


「どれも…面白そうな仕事ですね」


僕は正直に答えた。


「でも、具体的にどんな風に働くのか、イメージが湧きにくいかも」


少し躊躇した後、勇気を出して質問した。


「あの、『ワンダー・コレクター』…希少存在調査官という職業があると聞いたんですが、それについてはどうでしょうか?」


シーラは少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を見せた。


「希少存在調査官ですか」


彼女は興味深そうに言った。


「実は、あなたの検査結果を見る限り、その職種との適性もかなり高いと思われます。特にパターン認識能力、直感的判断力、そして生物親和性は、未知の存在を発見し調査する上で非常に価値のある特性です」


彼女は少し笑みを浮かべて続けた。


「ただ、おかしなことに、あなた自身が非常に希少なラゴモーフ系なのですけどね」


僕とアルクは思わず顔を見合わせた。確かに言われてみれば、僕自身が「希少存在」の一つかもしれない。

僕は再びシーラに向き直り、苦笑いしながら答えた。


「それはそれで面白そうだと思いませんか?希少存在が希少存在を調査する…」


シーラは明るく笑った。


「はい、とても面白いと思います。実際、あなたのような特異な背景や能力を持つ人材は、ワンダー・コレクターとして特に貴重です。既存の枠組みにとらわれない視点を持っているからです」


部屋の雰囲気が和やかになり、僕の緊張も少しずつ解けていくのを感じた。シーラの表情からは、僕の選択を真剣に考慮してくれているという印象を受ける。

これからの道はまだ決まっていないけれど、可能性は広がったように思えた。

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