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第十六話「適性の試練」

パターン認識テストは思ったよりも難しかった。最初は単純な図形のパターンだったが、徐々に複雑になっていき、最後の方では何百もの小さな点が集まった画像の中から、わずかに配置が異なる部分を見つけ出すような問題も出てきた。

不思議なことに、問題が難しくなるほど、僕の直感がより鋭く働くような感覚があった。意識的に考えるよりも、直感に任せて選んだ方が正解できるような気がする。


「残り時間5分です」


ミンが静かに告げた。

最後の10問に集中して取り組んだ。画面に映し出されるそれぞれの画像を見つめると、何故か「違和感のある部分」が自然と目に飛び込んでくる。まるで、その部分だけが微かに光っているかのように見えた。


「終了です」


ミンの声とともに画面が暗くなった。


「お疲れ様でした。短い休憩の後、次の直感判断シミュレーションに移ります」


僕は少し緊張した表情で尋ねた。


「結果はどうでしたか?」


「申し訳ありません、結果は全テスト終了後に総合的に分析されます」


ミンは申し訳なさそうに答えた。


「ただ、リアルタイムで測定していた反応時間や選択パターンなどは、非常に興味深いデータが得られています」


休憩のために提供された水を一口飲み、少し頭を休ませた。次に待っているのは「直感判断シミュレーション」だ。名前だけでは何をするのかよく分からない。

休憩が終わると、ミンは新たな装置を準備し始めた。それは半透明のゴーグルと、薄い手袋のようなものだった。


「このシミュレーションでは、様々な状況下であなたがどのような判断を下すかを観察します」


ミンは装置を手渡しながら説明した。


「特に『考える』ではなく『感じる』ことを重視してください。第一印象、直感、本能的な反応を大切にしてください」


手袋とゴーグルを装着すると、突然周囲の景色が変わった。僕はもはや検査室にはいない。代わりに、広大な砂漠のような場所に立っていた。目の前には複数の道が分かれている。


「このシミュレーションでは、あなたは未知の環境で探検をしています」


ミンの声が空中から聞こえてきた。


「限られた情報の中で、どの道を選ぶか、何を調査するかなど、様々な判断を迫られます。どうぞ、自然に行動してください」


砂漠のシナリオから始まり、次々と異なる環境—密林、雪原、洞窟、そして最後には未知の惑星らしき場所—へと変わっていく。各環境で、僕は様々な選択を迫られた。どの道を進むか、怪しげな物体を調べるかどうか、不思議な生き物に近づくかどうか…。

この検査も、考えれば考えるほど迷ってしまうタイプだった。だから僕は、できるだけ最初の印象に従って行動することにした。すると不思議なことに、直感に従った選択をするたびに、何かを「発見」する場面が増えていくように感じた。

最後のシナリオが終わり、ゴーグルを外すと、目の前にミンが立っていた。彼女は何かメモを取りながら、微かに微笑んでいた。


「午前の検査は以上です。お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


頭を使い続けて、少し疲れを感じていた。


「次は…」


「次は昼食休憩です」


ミンは明るく言った。


「AIパートナーと合流して、センター内のカフェテリアをご利用ください。午後のセッションは13時30分からです」


ドアが開き、待機室からアルクが入ってきた。相変わらず落ち着いた様子で、僕の顔を見るなり微笑んだ。


「お疲れ様でした。どうでしたか?」


「うーん、難しかったけど…なんだか不思議な感覚だったよ」


僕は正直に答えた。


「特に最後の方は、考えるより感じるように言われて…」


「それは興味深いですね」


アルクは穏やかに頷いた。


「午後の検査の前に、しっかり休息と栄養補給をしましょう」


カフェテリアに向かう途中、アルクが今後のスケジュールを説明してくれた。


「午後は環境適応テスト、生物親和性テスト、そして身体能力測定です。いずれも午前中の検査とは異なり、より実践的なものになります」


「なんだか疲れたよ…」


僕はため息をついた。


「午前中だけで頭がパンクしそうだった」


「頭をたくさん使いましたからね」


アルクは理解を示すように言った。


「そういう時は甘いものが効果的です。脳のエネルギー補給になりますよ」


「甘いもの?そうだね、それいいかも」


カフェテリアは広々としていて、さまざまな種類の食事が提供されていた。僕たちはサラダとサンドイッチに加え、特にアルクのアドバイスで、デザートにチョコレートケーキを選んだ。


「このケーキ、おいしい!」


一口食べると、濃厚なチョコレートの味が口いっぱいに広がった。僕の耳が喜びで少し跳ねる。


「甘さが脳に染み渡るみたい」


「ラゴモーフ系は糖分への反応が良いとされています」


アルクが説明した。


「特に精神的な活動の後は、より効果的なエネルギー補給になるようです」


食事をしながら、僕は午前中の検査について思い返していた。不思議と、直感に従った方が良い結果になるような気がする。これはラゴモーフとしての特性なのか、それとも自分自身の何かなのか…。


「アルク、午後の検査のことをもう少し詳しく教えてくれない?」


僕は残りのケーキを食べながら尋ねた。


「もちろんです」


アルクは優しく微笑んだ。


「まず環境適応テストは、あなたが異なる環境条件にどれだけ適応できるかを測定します。温度、湿度、光量などさまざまな条件を変えながら、あなたの快適性と機能性を観察します」


「実際に暑い部屋とか寒い部屋に入るの?」


「そうですね。特殊な検査室で条件を変化させます。次の生物親和性テストは、あなたと他の生命体との相互作用を評価します。植物や小動物との関わり方、コミュニケーション能力などが観察されます」


「動物と話せるわけじゃないけど…」


僕は冗談めかして言った。


「言語的コミュニケーションだけでなく、非言語的な相互理解や共感能力も重要な要素です」


アルクは真剣に説明した。


「最後の身体能力測定は、基本的な運動能力—瞬発力、持久力、柔軟性、平衡感覚など—を総合的に測定します」


「体育の授業みたいだね」


「そうですね。ただ、あなたのラゴモーフとしての身体特性も考慮したテスト内容になっているはずです」


昼食を終え、再び検査室に戻る時間が近づいてきた。甘いケーキのおかげか、少し元気が戻ってきた気がする。


「午後も頑張りましょう」


アルクは励ましの言葉をかけた。


「あなたの可能性を知るための大切な機会です」


「うん、ありがとう」


検査室に戻ると、午後のセッションを担当する別のスタッフが待っていた。筋肉質の体格をした中年の男性で、温かな笑顔が印象的だった。


「お待ちしていました、ユナギさん。午後のセッションを担当するタオ・シンです」


彼は精力的に挨拶した。


「まずは環境適応テストから始めましょう」


アルクと別れ、僕はタオに続いて特殊な部屋に案内された。四角い部屋の壁は全て白く、何もないように見える。


「この部屋は『環境シミュレーション・チェンバー』と呼ばれるものです」


タオは説明した。


「壁、床、天井すべてが環境制御システムと連動しており、温度、湿度、光量、気圧などを瞬時に変更できます」


それは聞いていたよりもずっと高度な装置のようだった。


「このテストでは、あなたがどのような環境で最も快適に、そして効率的に機能できるかを調べます。各環境設定でいくつかの簡単なタスクをこなしていただきます」


テストが始まると、部屋の環境がドラマチックに変化していった。最初は暑く乾燥した砂漠のような環境。次に湿度の高いジャングルのような状態。そして極寒の状態へと移り変わっていく。

それぞれの環境で、シンプルなパズルを解いたり、指示された動作を行ったりするよう求められた。僕は意外にも、寒冷環境で最も集中力が高まり、動作も素早くなることに気づいた。一方、高温多湿の環境では著しくパフォーマンスが低下した。体毛が汗で重くなり、動きにくくなるのを感じる。


「興味深い結果です」


タオはメモを取りながら言った。


「ラゴモーフ系は一般的に温帯〜寒冷気候への適応が良いとされていますが、あなたは特に寒冷環境での適応性が顕著です」


次の生物親和性テストは、より不思議な体験だった。別の部屋に移動すると、そこには様々な植物や小さな動物(主に小型のげっ歯類)が配置されていた。


「このテストでは、あなたと他の生命体との相互作用を観察します」


タオは説明した。


「特別なことをする必要はありません。自然な形で接してください」


僕はまず植物のセクションに向かった。様々な種類の観葉植物、花、そして小さな盆栽まで並んでいる。何となく惹かれるままに、小さな多肉植物の前に立ち止まった。


「この子、何か元気がないみたい…」


思わず口に出してしまった。

タオが興味深そうに近づいてきた。


「どうしてそう思いますか?」


「わからないけど…」


僕は自分でも説明できない感覚に戸惑いながら言った。


「なんとなく、水が足りてないような…」


タオは少し驚いたような表情を見せたが、特にコメントはせず、メモを取るだけだった。

動物との対応も同様に不思議な体験だった。特に、隅に置かれたケージの中の白いハムスターに強く惹かれるのを感じた。近づくと、普通なら警戒するはずのハムスターが、むしろ好奇心を持って僕の方に寄ってきた。


「おや、珍しいですね」


タオが観察していた。


「通常、初対面の人間には警戒心を示すのですが」


「こんにちは、小さいね」


僕はケージに指を近づけると、ハムスターは臆することなく近づいてきた。なぜか、このちっぽけな生き物との間に不思議な親近感を感じた。

生物親和性テストが終わると、いよいよ最後の身体能力測定の時間だった。タオは僕を広い体育館のような空間に案内した。


「ラゴモーフ系の身体的特性を考慮した測定を行います」


タオは説明した。


「標準的な測定項目に加え、いくつかの特殊項目も含まれます」


測定は基本的な体力テストから始まった。持久走、筋力測定、柔軟性テスト…。そして後半には、ラゴモーフ特有の能力を測定する項目が加わった。跳躍力、聴覚の精度、視野角の測定などだ。

結果は明確だった。瞬発的なスピードと跳躍力では驚異的な数値を記録し、特に立ち幅跳びでは通常の人間の約2倍の距離を跳ぶことができた。視野角も通常よりかなり広く、後方確認能力も優れていた。

一方で、持久系の項目では平均以下の結果だった。長距離走になると、急速に疲労が蓄積されていくのを感じた。


「典型的なラゴモーフのプロファイルですね」


タオは測定結果を確認しながら言った。


「瞬発力に優れ、敏捷性も高い。しかし持久力には課題がある」


「でも、意外と力があるとは思いませんでした」


タオは驚いた様子で付け加えた。


「あなたの体格からは想像できないほどの握力です」


「そうなんですか?」


僕も少し驚いた。確かに、前世の記憶ではそれほど力があったとは思えない。

全てのテストが終了し、疲れ切った僕は最後の説明を受けるために再びミンのいる部屋に戻った。アルクもそこで待っていた。


「お疲れ様でした、ユナギさん」


ミンは明るく迎えてくれた。


「本日の全ての検査が完了しました」


「ありがとうございます」


僕は疲労感を隠せずに答えた。


「結果はいつわかりますか?」


「明日の午前10時に、専門の評価官からフィードバックがあります」


ミンは説明した。


「あなたの適性検査のデータをもとに、詳細な分析結果と今後の提案をブリーフィングします」


「わかりました」


帰り支度をしていると、アルクのパーソナルインターフェイスが光った。彼は一瞬目を閉じ、メッセージを受信したようだった。


「ユナギ、良いニュースです」


アルクが言った。


「あなたの新居の準備が整ったという連絡が来ました」


「新居?」


僕の耳が驚きで跳ね上がった。


「はい、行政センターからの連絡です。特例市民支援プロトコルに基づいて用意された恒久的住居が明日から利用可能だそうです」


「わぁ、本当に?」


嬉しさと同時に、少し慌ただしさも感じた。


「じゃあ明日は忙しくなりそうだね。午前中にブリーフィングを受けて、午後から引っ越し…」


「ご心配なく」


アルクは穏やかに言った。


「大した荷物もありませんし、支給品や衣類の搬出は私が手配します。あなたは新居を確認するだけで大丈夫です」


ホテルに戻る道すがら、僕は今日の疲労と明日への期待が入り混じった複雑な気持ちだった。一日中テストを受け、頭も体も疲れ切っている。それでも、明日はいよいよ自分の可能性が明らかになる日だ。そして新しい住まいも決まる。


「アルク、今日はありがとう」


僕は素直な気持ちを口にした。


「ずっとサポートしてくれて」


「それが私の役目です」


アルクは普段通り微笑んだ。

ホテルに到着すると、疲れすぎて外食する気力もなく、部屋でルームサービスを頼むことにした。軽いスープと野菜たっぷりのサンドイッチ、それにフルーツの盛り合わせが届けられた。


「今日はゆっくり休んでください」


アルクは優しく言った。


「明日は重要な日になります」


食事を終えた後、僕は念入りにお風呂に入ることにした。温かいお湯に浸かりながら、今日一日の出来事を振り返る。不思議なテスト、驚きの発見、そして明日への期待…。

湯船から上がると、全身が水を含んで重くなっていた。ラゴモーフ専用のドライヤーブースに入り、温かい風に包まれながら、緊張していた体がようやくほぐれていくのを感じた。

全身がふわふわになったところで、僕はベッドに横になった。窓の外には夜空が広がり、遠くに見える他区画の灯りがとても美しい。


「コンソール、照明を消して」


部屋が暗くなり、天井に星空が投影された。アルクの姿が青灰色の光球に変わる。その静かな存在に安心感を覚えながら、僕はすぐに深い眠りに落ちていった。明日はどんな発見があるのだろう…そんな期待を胸に秘めたまま。

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