第十五話「適性の日」
目を覚ますと、僕の部屋は淡い朝の光に包まれていた。ホテル暮らし5日目の朝。そして適性検査の日だ。
ベッドの中で少し伸びをしながら、昨日の植物園のことを思い出す。あの不思議な声…本当に木が話していたのだろうか。考えすぎても答えは出ないので、とりあえず今日に集中しよう。
「おはようございます、ユナギ」
アルクの声が部屋に響いた。彼は窓際に立ち、外の景色を眺めていた。今日は人型の姿だ。
「おはよう」
僕は起き上がりながら答えた。
「ちょっと緊張するね」
「適性検査は難しいものではありません。ユナギの素質や関心を知るためのものですから」
アルクは穏やかに言った。
「朝食の前に、今日のニュースをご覧になりますか?」
「うん、お願い」
アルクの手の動きに合わせて、空中に半透明のモニターが表示された。「ノヴァスフィア・ニュースネットワーク」のロゴに続いて、エメラルドグリーンのスーツ姿のトゥリア・レインが現れた。
「おはようございます。ノヴァスフィア暦382年3月11日、NNNモーニングニュースです」
彼女の横には複雑な球体の図式が浮かんでいる。
「まず本日のトップニュースです。銀河評議会は昨日、ケプラー-22系における新たなダイソン球体建造計画に関する議論を再開しました。ナイン・スターズ・コンソーシアムが提案する『ノヴァルミナ計画』は、現在のノヴァスフィアの約1.5倍の規模となる巨大構造物の建設を目指すものです」
画面には、複数の異なる外見を持つ人々が話し合う様子が映し出された。ノヴァスフィア以外の人類も映っているのかもしれない。
「しかし、この計画に対しては複数の惑星系から異論が出ています。特に『テラ・ガーディアン』代表のエレナ・ヒューズ博士は、『過度の資源集中が銀河内生態系バランスに深刻な影響を与える可能性がある』と主張しています」
次の映像では、年配の女性が熱心に話す姿が映し出された。
「ノヴァスフィア建設時の教訓を忘れるべきではありません。単一恒星への過剰依存は、太陽系の予想外の寒冷化を招いた一因となりました。新たな超巨大構造物の建設は、地域宇宙気候への影響を十分に考慮したうえで進めるべきです」
ニュースはさらに続いたが、僕にはあまり内容が理解できなかった。銀河評議会?惑星系?宇宙気候?どれもスケールが大きすぎて、意味するところがいまいち掴めない。
「アルク、銀河評議会って何?」と聞こうとしたが、時間がもったいないと思い直した。
「…いや、なんでもない。準備しよう」
アルクは少し首を傾げたが、特に追及はしなかった。
「では、身支度をお願いします。朝食後、9時15分にホテルを出発する予定です」
身支度を整え、朝食会場に向かった。今日は重要な日だから、いつもより栄養バランスを考えたメニューを選ぼう。フルーツと全粒粉のパン、卵料理に加え、少し多めにタンパク質を取ることにした。
テーブルに着くと、アルクが今日のスケジュールを説明し始めた。
「今日の適性検査は通常とは異なる形式です」
アルクは半透明のスケジュール表を表示した。
「一般的には教育課程の中で段階的に行われるものですが、ユナギの場合は一日で全項目を行います」
「一日で?」
僕は少し驚いた。
「全部終わるの?」
「はい。午前中にパターン認識テストと直感判断シミュレーション、昼食をはさんで午後に環境適応テストと生物親和性テスト、そして最後に身体能力測定が予定されています」
「丸一日かかるんだ…」
僕は少しげんなりした様子で卵料理をフォークで突いた。楽しみにしていたけれど、一日中テストというのも疲れそうだ。
「お疲れになるでしょうが、各テスト間には適切な休憩時間も設けられています」
アルクは励ますように言った。
「それぞれ1時間程度のテストなので、無理なく進められるでしょう」
朝食を終え、部屋に戻って最終確認をした後、僕たちはホテルを出発した。適性検査センターはホテルからそれほど遠くない場所にあり、歩いて15分ほどで到着した。
建物は白と灰色を基調とした八角形の構造物で、周囲には小さな庭園が配置されていた。「ウィンターヘイブン適性評価センター」と書かれた入口から中に入ると、広々としたロビーが広がっていた。ここもホテルと同様に、淡い青みがかった光に包まれている。
受付カウンターでは、アルクが僕の代わりに手続きを行った。このノヴァスフィアの習慣にはまだ慣れない部分があるが、知らない人に話しかけるよりもスムーズなのは確かだ。
「ユナギさんの適性検査の予約が確認できました」
受付のスタッフがアルクに話しかけた。
「検査室E-7にご案内します」
エレベーターで3階に上がり、静かな廊下を進むと検査室E-7に到着した。ドアが自動的に開き、中に入ると、清潔で明るい空間が広がっていた。部屋の中央には円形のテーブルと快適そうな椅子が配置され、壁には様々な計測装置らしきものが設置されている。
「おはようございます」
アジア系の若い女性が笑顔で迎えてくれた。黒髪をすっきりとまとめ、淡いグレーのユニフォームを着ている。
「ユナギさんですね。本日の適性検査を担当させていただきますミン・リウです。」
「よろしくお願いします」
僕は軽く頭を下げた。
「まず、今日のスケジュールについてご説明します」
ミンは空中に詳細なタイムテーブルを表示させた。午前中は主に認知能力に関するテスト、午後は実践的なシミュレーションと環境テスト、最後に身体能力測定と並んでいる。
「各テストの間には休憩が入りますので、リラックスしてください。すべてのテストは評価のためのものであり、合格・不合格はありません。ユナギさんの強みや適性を知るためのものです」
ミンはタイムテーブルをスクロールして最後の部分を指さした。
「また、本日は一日がかりの検査となりますので、結果の分析と報告書の作成に時間がかかります。検査結果は明日、専門の評価官から直接フィードバックを受けていただくときにお伝えします。詳細な分析結果をもとにしたブリーフィングを行いますので、どうぞご安心ください」
彼女の説明は明確で分かりやすかったが、最後の「身体能力測定」という文字が気になった。ラゴモーフとしての身体的特徴が評価されるということだろうか。少し不安になったが、表情には出さないようにした。
「AIパートナーの方」
ミンはアルクに向き直った。
「申し訳ありませんが、テスト中は別室でお待ちいただけますか?隣の待機室をご用意しています」
「承知しました」
アルクは僕に向き直り、
「頑張ってください」
と言った後、部屋を出て行った。
部屋には僕とミンだけが残された。彼女はテーブル上に薄い半透明の端末を置いた。
「それでは最初の検査を始めます。パターン認識テストです」
ミンは説明した。
「この端末に表示される様々なパターンや画像から、通常と異なる要素を見つけ出していただきます。時間制限はありますが、焦る必要はありません。自然な感覚で取り組んでください」
僕は端末の前に座った。画面が明るく輝き、最初のテスト画面が表示された。様々な図形が並んでいる中から、わずかに異なる一つを選ぶ問題だ。
「準備はよろしいですか?」
僕は深呼吸をして頷いた。いよいよ適性検査が始まる。この結果が今後の進路を左右するかもしれない。緊張しながらも、前向きな気持ちで最初の問題に取り組み始めた。




