第七話
ここからは僕が物語を引き継ごう。
そう、これは僕こと渋谷 春と今は亡き井ノ原 貞夫が高校生だった頃の話であり、僕とサダくんの出会いの話だ。
その前にちょっとだけ自分語りをさせてもらうね。
自分がゲイであることを早々に理解して受け入れていた僕は、小学校高学年になる頃には既に処世術を身に付けていた...つもりだった。
周りにキモがられないよう性癖は隠し、恋愛とは無縁で生きようと決めた人生は中学三年の半ばであっけなく躓く。
恋愛と無縁の青春など、十四歳男子にとって逆に無縁だ。そんな当たり前の事に当時の僕は気づかない。
中学校に上がってすぐに僕は同級生に恋をした。勿論、男子生徒だ。
”同クラで隣の席の奴”として知り合った彼に対し、僕が抱いた感情は完全に一目惚れ。最初は空気を読んで、自分の想いを捩じ伏せた。
が、偶然が重なり彼とは三年間一緒のクラスが続いた。そう、そんなの単なる偶然だ。しかし、恋の最中にいた僕はそれを運命と勘違いする。
勘違いはいつしかワンチャンの期待に変わり、三年の夏休みを迎える終業式の日に僕は人生初の告白をした。
その後は地獄。
「は?キモいんだけど。お前、ホモだったのかよ」
お約束の返しを貰って、夏休み明けの学校に僕の居場所は無くなっていた。
絶望すると同時に僕は何か安心してしまった。
怖れる未来はいざ起こってしまうと平凡な日常に変わる。
争うことも卑屈になるのも面倒くさくなって、僕は理性を開放した。要するに節操無く男遊びをするようになったのだ。
自分で言うのも何だけど、僕は非常に容姿に恵まれている。
身長は決して高い方ではないが、華奢な体型に整った小さな顔はよく男性アイドルに例えられ持て囃された。
ゲイバレして以降も、校内で告白してくる女子がいたくらいだ。それが更に男子生徒達のやっかみを助長してしまったのだけれど。
そんな訳でセフレ漁りに苦労する事はなかった。
勿論、学校外でだよ。自分の欲のために他人を不快にするのは違うからね。
半ば自暴自棄に生き始めた僕だが、高校進学について志望校を変更するのは抵抗があった。
近隣の都立高校は同中の奴らも一緒に入学する事になる。僕のキモイ噂は直ぐに広まるだろう。
分かってはいたが、そこで遠くの学校に志望校を変更するのは完全に負ける気がしたのだ。経済的な問題もあったし、意外にも僕は成績が悪くなかった。
教師の不安を押し切り、同中の生徒も数人通う事になる都立高校に結局僕は進学する。
前置きが長くなったけれど、意地で入ったその高校で僕とサダくんは出会う事になるのだ。
予想通り、入学早々に僕の過去は大多数に知れ渡り高校生活は孤独なものになった。
中学生よりは精神が大人になっているせいか、明らかなイジメみたいなモノはない。無視されることもない。
けれど、柔らかい壁に常に囲まれるように僕はいつも独りだった。
外で派手に遊ぶ反面、学校では特定の友人も作らずに静かに過ごす。しかし、そんな僕ですら認知する人物がいた。
「やっぱ、井ノ原がブッチギリで学年トップだってよ」
後期の期末テスト結果が貼り出され、廊下が雑然と騒がしくなる。
井ノ原という名前には聞き覚えがあった。首席合格で新入生代表の挨拶をした井ノ原 貞夫はその後も成績トップをキープ。勉強だけでなく、運動神経も申し分ない彼は運動部からの勧誘が絶えないようだった。
しかし、僕が彼を認識したのは何よりも外観だった。
180を超える高身長に薄く筋肉のついた細身のスタイル。髪型など気を使わないせいか一見地味だが、見ると綺麗に整った顔。
ドンピシャに僕の好みだったのだ。
けれど、僕もバカじゃない。流石にこれ以上学校生活を居心地悪いものにするつもりはなく、井ノ原 貞夫への興味は決して表に出さなかった。
周りに気取られないように、隣のクラスに在籍する彼の動向をそっと観察する。そのくらいの小さな幸せで満足していた。
けれど、観察を続けるうちに僕はあることに気が付く。
井ノ原は常に一人で行動していた。同級生と話もするのでハブられている訳ではなさそうだが、誰ともつるむ事をしないのだ。
ーースカした奴なのかな?
それはそれでいいじゃんとか思いながら、僕はもう少しだけ踏み込みたくなった。