第六話
「ごちそうさま」
春は弥勒がつくったオムライスを完食した。心なしか顔色も良くなったような気がする。
問題は何一つ解決していないが、とりあえず春が持ち直した事に俺は安堵した。
「さすが飲み屋の店長だな。料理うめぇじゃん」
死神男が感心したように言う。
悔しいけど確かに弥勒の作ったオムライスは美味しそうだった。春が好きな卵を薄くしっかり焼いた昔ながらのスタイル。
「最初に弥勒のお店に行った時は、こういう感じのオムライスじゃなかったよね」
空になった皿を眺めながら春がぼんやりと春が呟く。
「そうだね。春、お腹空かせてて。ウチ飲み屋なのに、お酒より先にオムライス注文してきたの覚えてる」
春と弥勒の思い出なんて死ぬほど(ー死んでるけど)どうでもいいが、取り敢えず二人の会話に耳を傾ける。
「僕、サダくんが作るごはんに慣れてたから、卵がフワフワしてるお店のオムライスにガッカリしちゃって」
「食べたら気に入ってくれるかなと思ったんだけど、ダメだったね」
「...うん。サダくん仕事忙しくて夜遅かったし、休みの日も疲れててデートとかしなくなってたから。オムライスがどうってより、僕寂しかったんだと思う」
ーー仕事が忙しくなって、俺は春に夕飯を作ってやれなくなっていた。春を養うために日々頑張った結果、春と弥勒を引き合わせてしまったのは全く皮肉な話だ。
高校を卒業してから春はバイトを転々とした。
コンビニや居酒屋のバイト代は高が知れている。生活費を少しでも節約出来るよう(と言う建前で)同居を提案すると、春はちゃっかり乗っかってきた。
そして俺が大学を出て就職し、収入が安定してくると春はバイトを辞めて紐に徹するようになる。
毎日やることもないくせに家事を担当することをせず、春は日がな一日ブラブラと過ごしていた。
たまにイラつく事もあったが、そんな猫みたいな春が俺はたまらなく可愛かったのだ。
それなのに...。
「春、これからどうするかは直ぐに決めなくていいけど、この家に一人でいるのは辛いんじゃない?」
ーー余計なことを...。ムカつきはするが、弥勒が憔悴する春を本当に気遣っているのは分かる。
「辛いよ。辛いけど、僕あの作業は続けたいんだ」
「それは...懺悔みたいな気持ちから?」
「違うよ。サダくんにはもう届かないかもしれないけど、最後までやり遂げたいんだ。僕、何をしても続かないけど、これだけは頑張りたい」
ーー何を言ってるんだ?どうやら春と弥勒が何かを共有して進めているようだが、実体が掴めない。しかも、俺が絡んでる?
情報を収集すべく死神男に視線を向けるが、「まぁ、焦らず状況を見守ろうぜ」と無碍にあしらわれる。
「けど、さっきの何だったんだろうね。PC勝手に動き出して。まるで、遠隔操作されてるみたいなー」
弥勒は少し考え込んでから、自身の想像を回避するように頭を振る。
なんだか秘密を嗅ぎつかれたようで、俺は少しヒヤッとした。
「そしたら、写真の整理から始めていい?」
「春、まだ休んでないと。もう少し元気になってからにしようよ」
「大丈夫だよ。さっきの歌聴いたらなんかソワソワしてきちゃって。なんかしてないと落ち着かないし」
「じゃあ、ちょっとだけね。辛くなったらすぐ止めようね」弥勒は仕方ないなとばかりに少し眉を顰めて、春をPCの前に誘う。
並んで画面を見る二人を前に、俺は落ち着かない気分だ。いったい何の作業をするというのだろう。PCの中を整理するつもりであれば、呪いの動画ファイルが発掘されるチャンスではあるのだが...。
「これ、高校の時の写真入れてるやつ」
ローカルのファイルやアイコンが雑多に乱立する画面で、春は『高校の時の』と命名されているファイルをクリックする。
よくこの中で探し当てられるなと感心する一方で、呪いの動画を探し当てられない事にガッカリしたようなホッとしたような変な気持ちになった。
それにしても『高校の時の』って。ファイルの命名は半角英数にしろと何度も教えたのにー。
俺がつまらない事を考えてる間にファイルが開いて数点の写真画像が展開された。
「結構量あるね」
弥勒も感心したように画面を見つめる。
「昔だからデジカメのとかも混ざってて、集めんの結構大変だった」
春が懐かしそうに見つめる目線の先にある画像は、どれも高校の頃の俺と春が映っている。
付き合いたてというのもあって、春は嬉しそうによく写真を撮っていた。俺は撮られるのが苦手だったけど、春にせがまれると無碍に出来なかったのを覚えている。
「これ、グループ研究の時のだ」
賞状を持ちながら顰めっ面の俺と満面の笑みの春。懐かしい思い出が溢れ出る。
「これ、出会った頃の僕とサダくんなんだ」
「そっか。春、あんま変わんないね」
「弥勒、写真整理しながら僕達の話ししてもいい?」
少し複雑な表情を交えながらも、弥勒が優しく頷く。