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第五話

 案外あっさりと呪いの動画が完成したこと、それが相手に届く気配がない事について、俺はかなり肩透かしをくらった。

 今やボールは春の側にある。俺が何かをする手立ては無いということだ。

 「やっぱり幽霊なんて無力なもんだな...」

 ぼんやりと呟く俺を前に、死神男も流石に気まずいようだ。「まぁ...アレだな。生きてても死んでても自分じゃどうにもなんない事もあるからな。焦らず待つしかねぇよ。時間はホラ、永遠にある訳だしよ」

 ーー永遠て...。ひと言余計なんだよ。

 なす術もなく、目の前の春と弥勒の様子に目を向ける。漂う俺の魂とは関係なく、彼らの生きる世界は現在進行形だ。


 弥勒がキッチンの棚を開けて何やら探している。

 ー勝手に人ん家の中、漁ってんなよ。

 イラつきながらも何となく弥勒の思惑は予想できた。

 久しぶりに見た春の姿に感動を覚える一方で、そのやつれっぷりに俺は驚愕してもいた。

 死神男の情報からも、事故のあった日以来碌に食べ物を口にしていないのだろう。辛うじて点滴で生命を繋いだ病院も抜け出してしまったという。

 「グダグダしてないで、春になんか食わせてやれよ」

 思わず漏れた言葉に死神男が不可解な表情を見せる。

 「貞夫よぉ、呪う相手の健康状態心配すんのは何か違わねぇか?」

 「確かに...」

 ー矛盾しているのは分かっている。しかし、春の衰弱死を俯瞰するのは何か違う。それでは爪痕を残せないというか......どうせ死に至らしめるのであれば春にしっかり関わってからにしたいのだ。

 「まぁ、人ってのは複雑だからな。深くは突っ込まねぇよ」

 死神男は小休憩とばかりに寝っ転がり、漫画雑誌を広げる。

 雑誌は紙媒体なのに口に加えるのはアイコスだ。死神男もそれなりの矛盾を抱えているのだろう。


 再び目の前の現実世界に目を向けると、シンクの下の棚から弥勒が何やら見つけたところだった。

 「米が残ってる。春、お粥とかなら食えそうかな?」

 問いに対して春は項垂れて応える様子がない。そんな春を前に弥勒は所在なさげに立ち尽くすだけだ。

 何だか無性にイライラする。

 春はお粥なんか食わない。どんだけ体調が悪かろうがジャンクかガッツリ飯しか口にしない、春にはそんな子供じみたところがあった。

 ー確か、キッチン脇に積んである段ボールにカップ麺が入っていた筈だ。

 一か八か再度「念?」的なものを段ボールに向かってぶつけてみる。が、当然ながら箱はびくとも動かない。やはり超常検証的に俺が現実世界へと関与することは出来ないようだ。

 「こんくらい幽霊ならデフォのスペックで出来ないのかよっ」

 巷に溢れるホラー映画や怪談を呪いながら俺は悪態をつく。


 「言ったろ、貞夫。お前は呪いを舐め過ぎ」

 雑誌に目を向けたまま死神男が呆れたように呟く。

 「だったら、どうすれば...。春はああ見えて頑固だ。このままじゃまた倒れて病院行きだ」

 ふと沈黙した後、死神男は雑誌を脇に避けて体を起こした。

 「そりゃ確かに困るな。病院に行かれちまったら呪いの動画も観れねぇ。貞夫の心残りが成就せずに、俺はこの仕事を片付けられねぇって訳だ」

 「アンタ、死神のくせに仕事仕事って...」

 「うるせぇな、オレは最短距離で出世すんだよ」

 死神界の人事形態が若干気になったが、今はそれどころではない。「俺を成仏させたいんなら、まずは春に何か食べさせる手段を考えてくれよ」

 悲痛な叫びに死神男はやれやれと演技がかって首を振る。「だから何度も言わせんなよ。貞夫、霊現象を起こしたければお前の得意技を使えって」

 ー得意技って。

 「あ...」

 やっと思い当たった俺に死神男が小さく笑うのが分かった。


 再び俺は念を強くぶつけてみる。

 今度は春と弥勒が存在する現実世界ではなく、俺と死神男が存在するこのPCの中の異空間に向けて。

 ブラウザがすんなり立ち上がる。

 リアルな段ボール箱は微塵も動かなかったのに。

 プラットフォームの検索エリアにワードを送り込む。

 現れる検索結果一覧。

 その中で目ぼしい結果にあたりを付け、サイトを表示させた。

 

 多少息切れはしているものの、呪いの動画生成と同じく自分の念があっけないほど簡単に作用する。

 「餅は餅屋。郷にいれば郷に従え」

 死神男はしてやったりとばかりだ。

 ムカつくが確かにその通り。あとは表示させたWEBサイトの画面に春が気づけば。

 しかし、春は俺の遺骨の前に座り込んで項垂れるだけ。

 弥勒は相変わらず何も出来ずにキッチンで棒立ちのままだ。

 ーマジで使えねぇ...。

 イラつきと混乱の中で頭をフル回転させる。が、ここまできて良い手が思いつかない。

 ー気づけよ春、俺のメッセージに気づいてくれ。

 「貞夫、お前の声は届かないが、音を出す方法はあるだろ」

 「そうか!」

 死神男の雑な助言に俺は即座に反応する。

 

 先ほどと同じ要領で音楽配信プラットフォームを立ち上げる。

 春と一緒に作ったプレイリストをを探って、ひとつのタイトルを選択。

 プレイボタンをオンにする。

 Bluetoothからスピーカーを繋ぐ。

 途端に懐かしい音楽が部屋に流れ出した。

 春の好きな曲。高校の頃、2人で行ったカラオケ屋で一緒に歌った事が合ったっけ。


 「......え?」

 春がゆるゆると顔を上げる。

 そしてゆっくりと遺骨が置いてある台の真向かいにあるミニテーブル。その上のデスクトップPCに目を向けた。

 ーやっと春と目が合った。

 いや、春が俺を認識して画面を見ている訳じゃないから未だに一方通行ではある。が、やっと正面から愛しい春の顔を見ることが出来たのだ。

 小動物みたいな大きな瞳は泣き腫らしてぽってりと腫れている。

 ふわふわだった金色の髪は手入れがされていないせいか、パサついてだらしなく伸びたままだ。

 「春ッ!!」

 思わず呼びかけるがやはり俺の声は届かない。

 が、プレイリストの曲に反応した春が、覚束ない足取りでPCの前に駆け寄ってくる。

 開かれた画面に息を呑むのが分かった。


 「何これ、なんで急に...」

 春の指がプレイリストをスクロールする。その震えが中に居る俺にも伝わってきて、実体の無い身体に確かに春を感じた。

 ストリーミング画面の後ろで表示されているブラウザのタブ。人気レシピサイトのタイトル名。

 「このレシピサイト、サダくんがよく見てたやつだ」

 春が気がついてタブをクリックする。

 レシピサイトが表示され、俺が指定したオムライスの作り方。

 「卵がフワフワじゃないやつ...」

 春の目からボロボロと涙が溢れ出す。画面越しにそれを見ながら、俺はいつの間にか嗚咽を漏らしていた。

 「これ、弥勒がパソコン弄った?」

 春が小さく問うが、背後に立ち尽くす弥勒は訳が分からないとばかりに呆然と頭を振る。

 レシピページを前にひとしきり泣いた春は、顔を上げて絞るように声を発した。

 「弥勒ー」

 「え?」

 状況を見守ることしか出来ずにいた弥勒は春の呼びかけに対し、跳ねるように背筋を伸ばす。

 「僕、これ食べたい」

 「え、なにを?」

 「これ、サダくんがよく僕に作ってくれてた卵が硬い方のオムライス」

 弥勒を振り返りながら春はレシピページが表示されたPC画面を指差した。

 ーよかった。

 春が俺の料理を思い出してくれたことより、食欲が出たことに心底安堵する。

 本当に矛盾だらけだ。春を呪い殺そうとしてる俺も。浮気相手に俺との思い出の料理をせがむ春も。

 けど、とりあえず今はこれでいい。

 「分かった!」声を張り上げ、足りない食材を調達すべく玄関に向かう弥勒の背中を俺は祈るような気持ちで見送った。

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