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第四話

 「春、まだ回復してないんだから病院戻ろうよ」

 「戻りなくない...。戻ってもしょうがないじゃん」

 「しょうがなくない。俺、弱っていく春をもう見てらんないよ」

 弥勒とやらが、項垂れる春を取りなしている。俺はモニターの向こう側からそんな2人を眺めることしかできない。


 「貞夫、お前が死んでから今日で2週間だ」

 無力感に苛まれる俺に、死神男が状況の整理をしだす。彼からしたらとっとと仕事を進めたいということだろう。

 部屋に遺骨がある状態からして葬式は済んで納骨前という事は想像がついていた。が、あの事故から半月もの間俺の魂は漂っていたということか。


 「事故の後、お前はすぐに救急車で運ばれた。しかしこの通りお前は手遅れで、救急車の中で心肺停止状態。搬送先でも手の施しようがなく、あっさりと死亡が確定した」

 ほぼ即死ということか。

 自分の事ながら、苦しまずに死んだのは救いと言えるのだろうか。

 そして、俺は最も気になっていたことを口にする。

 「あの...俺の死亡が確定したときって、春はそこにいた?」

 「無理だろ。貞夫と春くんは一緒に住んでただけで、何らかの契約を交わしてる訳じゃない。家族以外が立ち会う事は出来ねぇよ。それが現世の病院のルールだろ?」

 家族ーー。養子縁組やパートナーシップ制度について考えなかった訳ではない。けれど、日々の仕事と春の世話で何となく後回しにしていたのだ。

 ちなみに、春はニート...というか俺の紐状態であり、加えて生活能力がゼロだった。

 俺は春を養うと共に彼の生活全般の面倒をみていたということだ。


 「貞夫自身が身にしみて分かってんだろうけど、あの通り春くんは何も出来ない。そんな春くんの目の前でお前は事故に遭った。事故現場でパニクることしか出来ない春くんを警察に引き渡して、病院までお前に付き添ったのは弥勒くんだ。しかも、春くんの携帯から割り出したお前の家族に連絡までしてくれたんだぜ」

 春の相手に世話になっていた事実に複雑な気持ちになる。

 しかし、俺が死んだ状況で半狂乱になったという春。それは単に事故という衝撃を目の当たりにしたせいか、もしくは恋人を突然失ったから?

 「貞夫が考えてることは大体予想がつくけどな、春くんはちゃんとお前が死んだ事に対してちゃんとショックを受けてたみてぇだぞ」

 死神男が俺に気を遣って言葉を選ぶ筈はない。でも、何でそんなことが言えるんだ。

 「弥勒くんがお前の家族に連絡して葬儀など何だの手配してる間、肝心の春くんは何も出来ずにいた。けど、それは文字通り何も出来ない状態にあったという事だ」

 「どういうこと?」

 「ショックがあまりにも強かったんだろうな。春くんはその日からこの部屋から出ず、何も食べず、身動きすら出来なくなった。かろうじて弥勒くんが参列はさせたが、どっちが死人か分からんような状態だったぞ」

 「アンタ...死神は俺の葬式も見てたのか?」

 「そりゃオレは貞夫の担当だからな。魂が抜けてる状態のお前の体も監視するし、関係者の動向を追うのも仕事だ」

 死神の仕事って案外地味で大変なんだな、などと思ってみる。俺もだいぶこの状況を受け入れているみたいだ。


 「一週間近く何も口にしなかった春くんは、当然ながら衰弱していく。心配した弥勒くんが大家に頼み込んで鍵を開けてもらった時には、部屋で倒れて死にかけの状態だったらしい。そんな春くんを弥勒くんが無理やり入院させて点滴で何とか持ち返した。が、動けるようになった途端、春くんは病院を抜け出して今ココ、という訳だ」

 どうだ理解したか?とばかりに死神男がドヤヅラを見せる。ざっくりした説明だが、確かにひと通りの経緯は飲み込めた。


 「さぁ、大体整理できたところで、さっさと呪いの動画を造っちまおうぜ」

 魂の納品とやらを済ませてとっとと仕事を片付けようとしている死神男の意図は見え見えだ。

 そして触れることすら出来ずに目の前で繰り広げられるのは、俺のものだった春と浮気相手とのやり取り。

 春は俺の死にちゃんとショックを受けてくれていた。のは分かったが、春を救い、これからも支えていくのが弥勒だということも同時に俺は理解してしまった。

 ーーなんか、だんだん腹立ってきたな。

 この世からもあの世からも切り離され、どこにも行けない俺。そんな俺が不在のままに、春は春を新たに助ける相手と明日を繋げていく。

 俺は独りだ...。

 「お前さぁ、死んだからって暗くなんなよ」

 「死んだら暗くもなんだろっ、死神なんかに死んだ奴の気持ちが分かんのかよ」

 「死神だから大体分かるって。経験則で」

 経験則で自分の死が測られてたまるか。苛立ちと孤独が更に高まり、憎しみに押しつぶされそうになる。

 「その調子だ貞夫。魂だけのお前は憎しみを溜め易い。ガッツリいけ!」

 「ガッツリって何だよッ。適当なことばっか言いやがって。アンタは仕事片付けたいだけだし、生きてる奴らはどうせ皆俺のことなんか忘れていく」

 「だから、道連れを作れって言ってんだろ。さっさとお前の春を取り返しちまえよ」

 「分かったよ、やってやんよッッ!!」

 ヤケクソになってとりあえず叫んでみた。が、相変わらず呪いのアウトプットとやらは分からないーー。


 「お、出来てんぞ」

 間の抜けた死神男の一言で、思考が中断される。

 「え?出来てるって?」

 「だから、呪いの動画だよ。ファイル形式で生成されてんな」

 ーーどういう事だ?そんなあっさり生成できるものなのか?

 「あーでもこれ問題だぞ、貞夫」

 「何が?つか、ファイルってどこに出来てんの??」

 「デスクトップにある。が、そこが問題だ」

 「え?」

 何が起きてるのかは不明だが、死神男が本気で困ってるのは確かなようだ。

 「動画が上手く出来なかったってこと?」

 「いや、多分呪い動画はちゃんと生成された。が、見せたい当人が見つけられるかが問題だ」

 ーーどういうことだ?

 「......汚すぎるんだよ」

 「は、何が?」

 「お前の恋人のデスクトップだ。何だか分からねぇファイル全部出しっ放しにしてっから、画面の中で埋もれてちまってんだよ呪いの動画ファイルが」

「はぁ!?」

 ーー春、だからPCの中はちゃんと整理しとけって言ったじゃないか...。

 

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