第三話
かくして、俺と死神男との協業である呪いのビデオプロジェクトが走り出した。
協業と言っても作業自体は俺が単独で行うらしい。
「そりゃそうだろ、死神の仕事は魂の誘導と納品だ。当事者でもないオレが加担し過ぎると呪い幇助になっちまう」
ーー呪い幇助という禁忌行為が存在するかは謎だが、まぁ当事者じゃない、という死神男の主張はもっともだ。
納得しつつも、作業の進行について俺は頭を抱える。相手を道連れにするほどの怨念をどうやって込めれば良いのか。
そもそも俺は人を憎んだり、攻撃的な気持ちを持つことがあまり無かった。
人に対して興味が持てず、だから必要以上に心を動かされることがない。そんな俺が唯一執着したのが春だったのだ。
「お前、何悩んでんだよ。簡単だぞ、ありったけの恨みを思い描いてアウトプットすりゃいいんだよ」
「アウトプットって?」
「それはアレだ。量子力学が云々かんぬんで、念を映像というイメージにだなーー」
言葉に詰まる死神男を俺は冷ややかに眺める。適当すぎるだろ。
「死神って、呪いもコンサルしてくれるんじゃなかったっけ?」
「まぁ、実際に自分でやる訳じゃないから肌感がイマイチなんだよなー。つか、お前の方が詳しいんじゃねぇか?シュレディンガーの猫とか厨二病の奴らは全員知ってんだろ?」
「ざっくりしてる上に、偏見がすごい...。あと、理系と厨二病は関係ないから」
またしても死神男と不毛なやり取りをしているとことろで、ガチャリと鍵を開ける音がした。続いてドタドタと床を踏みつける2人と思われる足音。
「春、落ち着けって!」
春という名前、そしてその名を呼ぶ男の声に思わず身を硬くする。
「うるさいな、僕のことは放っておいてよッ!!」
は...る...。
穏やかで何に関してもゆるい春がヒステリックに叫ぶのを、初めて聞いたかもしれない。けれど、鼓膜を震わせるのは紛れもなく慣れ親しんだ春の声だ。
そして、乱暴にリビングのドアが開けられる。そこからはもうまるでスローモーションの映像。
陽の光を通すと金色に輝くふわふわの猫っ毛。白くて薄い皮膚に包まれる華奢な体躯。気に入りの古着屋で金もないくせに奮発して買った64ジャケット。
ーー春...。ああ、春だ。ちょっと痩せた?なんで怒鳴ってるんだ?
目の前に現れた愛しい春は、PCの中に漂う俺と死神男に当然気づかない。
「春ッ!!」思いが溢れて叫びを上げる。が、俺の声も伸ばす手も春には届かない。
モニターは現世の日常と魂が漂う闇を隔てる境界線の役割だ。まるでTVの向こう側にいるように、今の俺は春の世界に関わることが出来ない。その事実が俺を強く打ちのめした。
「ねぇ春、とにかく話を聞いてくれよ」
逃げる春を捕まえるようにその細い手首を握る男。間違いない。俺が死に際に目に焼き付けた春の浮気相手だ。
ーーなんだコイツ。俺と春の部屋にズケズケと踏み込みやがって。しかも、気安く春に触るなッ。
怒りが急速に跳ね上がり、相手の男に向けて一心に念をぶつけた。
が、窓ガラスが割れるわけでも、本棚が倒れるわけでもない。
そう、サイコキネシス的な霊現象は特に何も起こらなかった。
「お前、呪いをなめんなよ」
肩透かしをくって気持ちの行き場を失った俺を死神男が気遣うことはない。それどころかムカつく言葉を更に被せてくる。
「人にはな、あ、人だった魂にはー」
「いちいち言い直さなくていいから」
「まぁそんなにキレんなよ。キレても呪いはかからねぇぞ。つか、素人なんだし、お前の得意部門のWEB動画で呪いをかけろっつたろ?」
「WEB動画って...」死神男こそ呪いをなめてるんじゃないだろうか。
「貞子パイセンと本質は一緒だから気にすんな。お前、名前も貞夫だし、伸びしろしかねぇよ」
「伸びしろいらんし。そう言えばずっと”お前”呼ばわりしてるけど、俺の名前貞夫だから。そっちで呼んで」
「戒名の方じゃなくていいのかよ」
「自分の戒名なんか知らんわッ」
再びキレる俺を死神男が愉快そうに眺める。全くおちょくりやがって。
「そんな沸点の低い貞夫に死神情報をやろう」
「...なんだよ死神情報って」勿体ぶった口調に訝りながらも、先を促す。
「春くんのお相手のあの男、名前は宝田 弥勒。飲み屋の店長やってる。駅の裏側にある小さい店だ。貞夫がせっせと残業してる間に春くんはそこに通ってたみたいだな」
ーーなんだよそれ。耳を塞ぎたくなる情報だが、聞かないわけにはいかない。
「まぁ、貞夫にとっては憎い間男みたいな存在なわけだが、今回は春くんの命を救ってくれたみてぇだぞ」
「え、なに?春の命??」
「目の前の春くん、入院してて病院抜け出してきてるぞ」
命、入院...。明後日からの言葉に混乱する。俺の魂が目覚めるまでに何が起こったというのか。