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ハリユ王国物語  作者: ねむのき新月
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1章の1 魔術師の災難


   第1章




 壮麗な王宮を北東に仰ぎ、広場を挟んで南市場と北市場は対角線上に位置していた。

 どちらの市場でも、食料品や衣料品はもちろん、香料や金銀細工、荷担ぎといった労働力まで揃い、ひとが途切れることのない賑わいを見せている。


 とはいえ、それは昼間の話であり、太陽が裾を引きつつ西へ去ったいま、客はもとより大半の商人たちもそれぞれの家路につき、うろついているのは酒場に用のある連中だけだ。


 ある日、陽が落ちてから出かけたダレイスは、夜も更けての帰宅となった。


 仲間と居酒屋へでも繰り出した帰りらしき大柄な男性が、淡いランプ(ミスバーハ)の灯りを掲げる彼を見つけ、気安く声をかけた。


「おお、魔術師! 息災か!」

「昼間も会ったでしょ。息災だよ。夜中なんだから少し静かにしたほうがいいよ?」


 呆れたようにたしなめられて、男性は愉快そうに出っ張った腹を揺らす。


「市場には酔っぱらい以外誰もいやしないさ。おまえさんこそ、こんな夜中にお帰りとはおやすくないね。どこぞに通う相手でもできたのかい?」

「期待を裏切って申し訳ないけど、そんな色っぽい状況じゃないよ」


 大体いたらそれこそ朝帰りだと思うけどね、とのダレイスの否定など聞く耳がないように、赤い顔をした男性はいきなりずいと身を寄せた。


「おい、魔術師。まさか、タリク旦那のとこのファリーヤお嬢さんじゃないだろうな? ちょっと変わってるが、あんないいお嬢さんをたぶらかすなんざ、魔術師の風上にも置けないね」


 そもそも魔術師というものが正義の味方であるわけがないのだから、この言い様はかなり矛盾している。

 しかし、相手は道理の通らない酔っぱらいだ。


「いないって言うのに。それに、あの子だけはない。それより、そろそろ帰らなくてもいいの?」

「もうじき五年に一度の祭じゃないか。前夜祭だよ、前夜祭!」

「前夜祭っていうのは、前の日の夜のことでしょ。祭まではまだ日があるよ。飲みたいだけなくせに、おかみさんに愛想尽かされても、おれは知らないからね」

「お、おう……」


 たちまち萎む男性に苦笑しつつ、ダレイスは暗い我が家に入り、手近な棚にランプを置いた。


 疲れたようにため息をつき、座布団を積み重ねた上に転がる。


「……あー、もう面倒臭い。大体、これはおれのせいなの?」


 ちらと目をやるのは、小さな木製の卓の上に出しっぱなしにしてある、一枚の羊皮紙だ。ひとり暮らしの侘びしさか、出かけたときそのままに置かれている。


『探せ』


 そこにある文面はただひと言それだけだが、怒りが滲んでいるような気がしないでもない。


 羊皮紙が届いたのはひと月と少し前のことだ。

 こんな内容でこんな物を寄越すのはひとりしか思い当たらず、そしてそれは予想通りの人物だった。

 さすがにわけがわからない、と腰を低くして問い合わせたところ、いくつかの情報が増えた。


 実は二ヶ月ほど前から姿が見えないという。探し人はいつも都の外にいたという。都の外から、気にしていたという。


「いつもって言われてもねぇ……」


 ダレイスはのっそりと身を起こし、棚から葡萄酒と異国製の硝子の杯を取り出した。


 『いつもいた』というのは、城壁門の外、棗椰子が五、六本並んでいる場所らしい。


 この一ヶ月のあいだに数度そこに赴いたが、もちろん探し人の姿はない。

 城壁外には、城門の閉門時間に間に合わなかった旅人や商人のために、宿屋や飲み屋がいくつもできている。

 地道に聞き込んだところ、どうやら少し前に、誰かに連れられて都の中へ入ったようだった。そして辿って行けばその軌跡は、王宮へ続いていたのだ。


 王宮内部に入れる立場ではない一市民であるダレイスは、それ以上追うことはできなかった。


 ゆえに、探し人の所在は、現在をもってなお不明ということになる。


「少し探し方を変えないと駄目か……。まったく、迂闊に人間の世界に出歩くからそういうことになるんだよ」


 ぶちぶちと文句を垂れつつ、杯をあおる。


「魔法の道具だけで手一杯だっていうのに」


 ファリーヤが聞いたら『道具の回収だってろくにしてないくせに』と責めそうなことをうそぶき、自分の考えに口元を緩めた。


「さっさと探さないと、ファリーヤが余計なことをしでかしそうだ。あの子を巻き込むと、それはそれでまたあちこちから苦情が来そうだし……」


 そうして三杯飲み干したあと、ふと夜空を見上げる。

 さすがにまだ夜は明けない。しかし昼間出た綺麗な半月は、沈んでしまっていた。


 両手首にある何本もの細い腕輪をしゃらしゃらと鳴らし、再び杯に口を付けようとしたとき、忙しなく扉を叩く音が彼の耳に届く。


 今日も今日とて嫌な言いつけに従った上収穫は特になく、酒のお陰でようやく気分が落ち着いたところだ。

 しかも常識的に考えて、商品を求めるのには非常識な時間帯である。


 そこで居留守を決め込んでいたのだが、ひどく切羽詰まった様子で、音は一向に止む気配がない。


「あぁ、わかった! おれの日頃の行いは、そんなに悪いか!?」


 少々乱暴に杯を置き重い腰を上げ閂を外すや、小柄な人影が逃げるように飛び込んできた。


「いらっしゃいませ、と言いたいところだけど、こんな深夜にはあまり営業をしていないんだよね」


 不機嫌丸出しの低い声に、人影が顔を上げた。

 掲げたランプの灯りに浮かぶのは、二十歳過ぎほどの女性のものだ。表情は強張っているが、ややふっくらとした頬が健康的で可愛らしい。


 ダレイスにとって、女性は大切にされてしかるべき存在だった。多分に祖母の躾の成果だとわかってはいたものの、反抗するつもりはない。


「これは失礼。いらっしゃいませ、お嬢さん」


 しかめっ面は、たちまち営業用の笑みに変わる。


「おや。あなたは前にもうちに来たことあるね?」

「え、ええ。よく覚えて……」

「もちろん、一度見えたお客様の顔は忘れないよ。とくにあなたみたいな可愛らしいお嬢さんならなおさらね。さて? 魔神の息子の魔術師に、こんな夜更けに何を望む? 未来の夫? 将来の自分? それとも、世界の行く末かな?」


 からかうような口調に、青ざめた彼女は背後を気にしつつ、小さく唇を震わせた。


「あ、あの」

「――入って」


 彼女の言葉を待たずに、ダレイスは店の中に誘い、虚空に鋭い視線を向けた。


「そこにいるのは誰?」


 星の瞬きに、影がよぎった。

投稿の作法とかあってるんでしょうか……。

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