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ハリユ王国物語  作者: ねむのき新月
17/24

3章の4 王と宰相

 青い瞳には決意がこもっていた。


『なら、ぼくが探します、兄上。あなたの恩に報いたい』


 五年に一度の祭を楽しみに、各地から人々が押し寄せてきている。

 芸人や商人、異国の見物人が集い、祭に向けて都は華やかさを増していた。


 王室主催で行うのは封印の儀式だけだ。

 あとは民衆がここぞとばかりに商売っけを出す。

 逞しく微笑ましい民である。


「陛下。ラシード様から何かご連絡は」

「いまのところ進展はないようだ。少々計画がおかしな方向へ進んでしまったな」


 たちまち宰相のワクトが、顔色を変え平伏する。


「申し訳ありません、陛下。この件、落ち着きましたなら、いかような処分も」

「馬鹿なことを。計画を許可したのはわたしだ。すべての責任はわたしにある」

「しかし、ラシード様にも危険が及び」


 言い募るワクトを遮るように、サヒードは手を振った。


「あの子は何を勘違いしているのか、わたしに非常に恩義を感じているらしい」


 サヒードにとって、母と弟を守ることは、息をするのと同じくらい大事なことだと言うのに。

 いまラシードを守っているのは王弟という身分だ。

 それを与えられたことを、サヒードは嬉しく思う。


「ラシードはハリクを守りたいと言ってくれたよ」


 妃のミシカに男の子が産まれたことを、素直に喜んでくれた。

 ミシカはラシードにハリクの顔を見せたがっているが、その乳母や侍女たちはラシードの青い瞳に怯えている。

 それを知っているラシードは、だからまだハリクに会っていないのだ。


「ハリクがつつがなくわたしの跡を継げるように。わたしの治世に傷がつかぬように。頑張るとラシードが言ったんだ。わたしもあの子も危険は覚悟の上だ」


 サヒードは、それでもラシードの好きにさせてやろうと思った。それであの子の気がすむのなら。


「たとえ壺が見つけられなくても、わたしは気にしない。まぁ、当然だが。他に手だてはいくらでもあるし、手だてがないにしても、わたしがあの子を責めることはないだろう。それをあの子がわかってくれればいいのだがな」


 そしてワクトを振り返る。


「壺はただの壺にすぎない。儀式とて、王権を強化するために行う、公演のようなものだ」

「陛下。お言葉ですが、神聖な儀式でございますよ」


 渋い顔で異論を示す宰相に、サヒードは苦笑する。


「民衆がそれで心安くなるというのなら、いくらでもする。わたしは王だから。だが、わたしは自分の大切なものも守ってみせる」


 弟か妹が生まれるのをどれほど楽しみにしていたことだろう。

 生まれたのは、綺麗な青い瞳をした弟だった。

 しかし父は怯え、サヒードは幼すぎて何もできず、母と遠く離宮で別々に育つしかなかった。


 自分自身が父親となったいまでも、サヒードは父がラシードを嫌った気持ちが理解できなかった。

 自分の息子だ。ラシードとて二番目とはいえ、間違いなくサウィルの息子なのだ。


 父は母の不義でも疑っていたのだろうか――それはない、とサヒードは首を振った。

 ラシードを手放せばセフィアはすぐに王宮に戻すものを、とサウィルは度々口にしていた。

 しかしセフィアは決して下の息子と離れようとはせず、結果ふたりとも不自由な生活を送ることになったのだ。


 サウィルはただ、青い瞳を恐れたのだ。魔物の目だという青さに、怯えたのだ。


 ラシードを殺せと命じるサウィルを、必死で宥めたのはサヒードとワクトだった。

 不本意ながら、『さらなる災いがもたらされたらどうするつもりか』と、青い瞳を盾に取ってそう言い募った。


 サヒードは怯えはしない。恐れるものなどない。

 ラシードは、たったひとりの大切な弟だ。


 ミシカに告げれば、嫉妬するだろうか。息子であるハリクにすべての愛情を捧げるように求めるだろうか。

 否、とサヒードは思う。ミシカはそれほど狭量ではない。

 ワクトに話せばのろけだと呆れられるだろう。

 しかし、サヒードが選んだ女性は、サヒードの性格を承知した上で、後宮にやってきたのだ。


 サヒードは王であり、民を一番に思う。そして兄であり、弟を一番に思う。夫として父として息子として、それぞれに大切なものがある。


「これからは、わたしが力の限り守ろうと思うのに、ラシードはわたしを守りたいと言う。だから今回は、それに甘えてみよう」


 その両肩に国を負う若き王は、自分を守ると言ってくれた存在を思い、穏やかに笑う。


「事がすべて終わったら、わたしとおまえの二人して必死に謝罪することになるだろうから、覚悟しておけよ、ワクト」


 宰相はすでに、ひたすら平伏していた。



 ◇ ◇ ◇



 金を積み牢番のひとりを抱き込んでいたギーライは、さっそくその金が役にたったことを知った。

 今朝せっかく捕らえたタリクが、夕方に釈放されようとしているというのだ。

 二、三日弱らせてからと思っていたのだが、ギーライは慌てて牢に駆けつけることになった。


「警邏長、どういうおつもりです? あの商人はイクレム様に偽物を売りつけたんです。簡単に詮議を終わらせられては困りますね」

「し、しかしですな、ギーライ殿。あのタリク老は信頼も尊敬も得ている指折りの商人で、いままで面倒を起こしたことは一度もなく」

「ではイクレム様の訴えを無視すると? それとももう取り調べが済みましたか? イクレム様に報告できるような内容なのでしょうね?」

「い、いえ、ですが」

「わたしがいま直接調べましょう。あなたは何も知らなかった。それでどうです?」


 わずかに逡巡したものの、警邏長は結局それに乗った。


 そうしてギーライは、三つ並ぶ一番奥の牢屋の前に立っていた。


「タリクよ。老体に牢暮らしはきつかろう。正直に話せばいいだけのことだ」


 石畳の上に胡座をかき、まるで異国の僧のような佇まいのタリクは、悠然と応じた。


「さて、偽物など扱った覚えはございませんな。ましてやイクレム様に商品をお渡ししたことなど一度もございません」


 ギーライは牢番を気にしつつ、声を低くする。


「壺だ。偽物の」

「偽の壺?」

「サヒード陛下に、壺を売ったろう?」

「即位後のお祝いに様々にお贈りしましたぞ。ハリク様のお祝いにも。その中には壺もありましたが、わし以外にも壺を贈ったものはおりましたがね?」

「そうではない」


 焦れたようなギーライに、タリクはとぼけたふうに尋ねる。


「どのような壺だとおっしゃる?」

「……質問を変えよう。ダレイスという魔術師を知っているな? いま奴はどこにいる?」

「存じません」

「匿うとためにならんぞ」

「はっ。どうしてわしがあれを匿うなどと」

「魔術師と孫娘は仲がよいそうだな?」


 タリクのほんのわずかな動揺に、ギーライは気づいた。


「孫娘がおまえを救いたいと、魔術師に泣き付けばどうなるかな?」

「わしを、ダレイスをおびき寄せる餌にすると? 残念ながらお役に立てるとは思えませんな」


 からからと笑う老人を忌々しげにひと睨みして、ギーライは立ち上がった。


 牢番たちの詰め所まで戻ると、警邏長が落ち着かない風情で待っていた。

 一度は了承したもののやはり気になったのだろう。


「どうでしたかな、ギーライ殿」

「タリクは知らぬの一点張りです」


 ギーライが歩き出すと、警邏長も横に並ぶ。


「ではやはり釈放せねば……」

「罪人は、すぐに罪を認めますかね? 一度や二度の詮議しかしていないというのであれば、都の治安も危ういこと」

「しかし、今回は宰相閣下からの書状が届いておりましてな。誤認であるからタリクを速やかに釈放するようにと」


 ギーライは嘲るように警邏長に言った。


「なるほど。では、あなたが、イクレム様より宰相ワクト様を大切にしていると、イクレム様に伝えておきましょう」


 思惑通り、警邏長はたちまち狼狽えた。


「ま、お待ちください、ギーライ殿。わかりました、できる限り長引かせましょう」

「タリクの自白を引き出すようにすればいいだけのことですよ」


 ギーライの笑みは薄ら寒いものがあった。

 拷問でもなんでもして、認めさせろと言っているのだ。


 警邏長は、どう動くのが自分にとって一番なのか考えつつ、ギーライを見送るしかなかった。


 そんな警邏長をさっさと置いて、ギーライは建物の外に出る。


 薄暗い中から出たため、光が目に染みる。

 軽く手を掲げ、脇で立ち尽くして待っていたミラルを顎で呼ぶ。


「おまえがさっさとダレイスか壺を探し出せれば、ことは簡単に終わるものを。そもそも、ザフラをダレイスのところで見失わなければ、こんな手間はかからなかったものをな」

「あれを返してくだされば、探し出せます……」

「そうしたら、おまえは逃げるだろう」


 ミラルは無言で、前だけを見ていた。

基本的に水曜日と土曜日に投稿しています。

よろしくお願いします。

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