六話
お母さんにアップル王国の城下町までの旅費を貰い、馬車に揺られながらアップル調合学園に着いた
その建物は教会のような外観で、大きなベルが3階にぶら下がっていた。
楽しみっ。まさかここで学べるなんて夢にも思わなかったから。校門には校長が私の到着を待ってくれていて、その人について教室へと向かう。
「えー、皆さんと一緒に学ぶことになりましたメアリさんです。ぜひ皆さん仲良くしてあげてくださいね！ 挨拶の方、チャチャッとしちゃいましょうか」
気さくな校長は私に教壇に上がるように指示する。こういうの苦手なんだよね……。手が震えてくる。
大丈夫。昨日家で自己紹介をしっかり練習してきたんだから。自分に言い聞かせながら、紺色のスカートの裾をギュッと掴んで、皆の前に立ち、恐る恐る顔をあげる。皆の目が身体に一斉に突き刺さった。
「ご、ご紹介してもらいました。メっ、メアリです。好きな食べ物はメロンパンです。実家がパン屋さんをやっているので、仲良くなったら……よろしくお願いします」
大勢の生徒の注目を浴びて、せっかく用意した頭の中の原稿が飛んでしまった。
クスクス笑う女子もいたが、すぐに教室内に拍手が起こり、恥ずかしい思いをしながら、用意された席へと座った。
「ではでは、早速授業を始めましょう。薬草の教科書12ページを開いてください。メアリさんはまだ教科書用意できていませんので、隣のアミさんっ。教科書を見せてあげてください」
背もたれにもたれ掛かるアミは、教科書をバンと大きな音を立てて面倒くさそうに広げて置いた。なんなの！？ 見た目で判断するのは良くないわってお母さんが言ってたけど注意しないと。
「すいません……」
と、アミに会釈すると、飛びっきりの笑顔で返してくれる。目がキラキラと輝ている。
この子なんか嫌な感じがするけど気のせいかな……。思い過ごしだといいけど。
「アミです。よろしくね！ ど素人さん」
――ん？ ど素人さん？
授業は進み、ページを捲らないといけないのに、この人、自分からは捲ってくれない。さらには顎を上にあげ、私にめくれという合図を送ってくる。
――何様のつもりなの……。
初日に喧嘩して目立ちたく無い。でもっ、ここでやらないときっと虐められる。サッと手を大きく上げて先生に報告しないと。先生は私の方を見て小首を傾げながら、「はい、メアリさんどうかしましたか」と聞かれたので。
「先生、隣の人が教科書見せてくれないので席代わっても良いですか？」
見せてはくれているけど、やり方が汚い。私の言葉に校長はまたかと頭をかきながら、アミにビシッと指をさすと。
「アミっ。何度言ったらわかるの！ 半年前もあなたが意地悪して生徒を辞めさせたのよ！ 家が裕福で自分の思い通りやってきたかもしれませんが、学校ではそんな訳にはいきません。 次やったら退学って言われてるでしょ！ アメリさんごめんなさいね。初日から嫌な思いをさせてしまって。そうねー、マーガレットの横にしましょうか」
校長は頬に手を添えると、腰まで伸びるストレートヘアーの青い髪色をした女子を指でさす。
「ちょっといいですか？ 私ちゃんと見せてました。机見てくださいよ！」
教室の皆がくっついている私とアミの机にある教科書を見てくる。
「ほんとだ、初日からとんだ嘘つきだな！」
「アミを貶めるなんて、信じらんない」
生徒の何人かが、私に辛辣な言葉を投げ捨てる。
「メアリさん……まさかあなたが嘘ついてたの？ 前に出なさい。お仕置しないといけないのは、あなたなの？」
鋭いオオカミのような目付きをした校長が私を睨みつけた。手には木の棒を持ってびゅんと叩く素振りをする。
「前に出なさい！ 初日だからって手加減はしません！ 教卓に手を付きなさい！」
「待ってください。本は見せてくれましたけど、態度が最低なんです」
「何様のつもりなの」
おそらくアミの友達が援護射撃に入っている。はめられたんだ。自分から罠にハマっただけかもしれない。
私は仕方なく、教卓へいくと、手を付き奥歯をかみしめる。校長が、
「いいこと！ 服もツギハギだらけなのに心までそうだなんて私が精神から鍛え直すしかないわ」
そう自分に言い聞かせるように細い棒を高くあげると私の手に向かって振り下ろす。
「あ、あのっ……」
振り下ろされた棒が私の手の甲を叩く瞬間、か細い声が聞こえた。
「マーガレットどうしたのよ！ 言いたいことがあれば早くしなさい」
「言うの遅くて申し訳ありません。アミは嫌がらせしてました。本をバンとおいたり、顎をしゃくって早くめくれみたいな嫌がらせしてたんです！」
「アーミーっ！ あんたが教卓よ！ 早くしなさい」
さっきまで叩かれる私を見てニヤついていたアミは青ざめながら頭を下げる。その後校長のお仕置は、アミのおしりを10発叩いて終わった。
私の席はそのおかげでマーガレットの隣になった。
「初めまして、よろしくお願いします」
おしりを押さえながら戻るアミをしりめに、挨拶する。
「硬いわね、そんな緊張しなくても大丈夫。私の事はマーガレットって呼んでくれて良いですから」
この子は雰囲気が緩やかで周りの時間がゆったりと進むようなほのぼのした空気を出してた。
「はい。ぜひ仲良くなりたいです」
「こちらこそ」
ここで頑張ればあのお姉さんみたいになれるのかな。そんなこと思いながら平穏な学園生活が始まった。
平日は学校で調合の勉強をしつつ、休日になるとあの公園でお姉さんと待ち合わせして、野草を一緒に取りに行く。しかし、このお姉さん。時間にルーズでたいてい1時間ぐらい遅れてやってくる。
「ごめんねー。綺麗な花が咲いてたから見とれてたの。ごめんねー！」
いつもこんな感じで私のお手伝いは始まる。
「メアリ。この野草を見て。タンポポよ。薬草に使えるものは鮮度の良いものを見抜くのが大切なの！ 腐ってるものは体調を崩してしまうから気をつけて。 あーっ、あの花。タンポポに似てるけど似て非なる物よ。偽タンポポって呼んでるわ」
「偽ものですか？ 危険とかあります？」
偽たんぽぽをつまみながら、私の顔をまじまじと見るお姉さん。
「あのね、偽タンポポを服用すると笑いが止まらなくなるの！ 神経に作用するから気をつけて。効能は3時間。腹筋が痛くなるほど笑い転げてしまうから」
お姉さんはそう言うと、ポケットから飴を出して食べた。
「ふふっ、あははっ、メアリ。あはっ。
こうなるから。ふふふ。絶対に。あはは。食べちゃ駄目よ。ほほほっ」
私は偽たんぽぽの効能の強さに驚愕し、お姉さんのヌケたとこにも親近感を覚えますます好きになっていく。偽タンポポを触った手で物を食べてもいけないのね。
またある時は。
「メアリ。私の発明した火炎粉と、銃よ！ これをあなたにあげるわ！ 火炎粉をこの円柱型の玉に入れたら、銃の中に挿入して、そして引き金を引けば、火炎放射器になるわよ！」
得意げに説明してくれるけど、これはいらない。こんな危ない武器持ってて、もし人に当たったらとどうするの。怖すぎでしょ。こんな危険なものを持ってたら悪い人に狙われるかもしれない。
「すいません。こんなの必要ないです」
「これは身を守るために持つべき物よ。あなたが自分からこれを引くことはないことぐらい私には分かるわ。でもね、もうどうしようもないなら、あなたの意思でトリガーを引くしかないの」
お姉さんは一人で勝手に熱くなってる。そんな時が来るわけないじゃない。
「使うことないですし」
「違うのよ！ この城下町は魔物が徘徊することもある危険な街なの。これから私がいなくてもあなたが一人で素材採集できるようにプレゼントしとくわ」
お姉さんはウインクして私に無理やり銃を渡してきた。でもなんか少し寂しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。
意味深なことを言ってくるけど、その時はあまり気にしてなかった。それは銃と言っても手の平より小さくてしかも玉は1発しか使えない。こんなおもちゃみたいなものだったけど、丁度ポケットに入るサイズだったからいつも持ち歩いていた。
こんな毎日を送り、学校へ行くと先生が、
「あなたの推薦してくれた人が、勇者に暴言を吐いたみたいで、指名手配になってるわ！ 勇者が馬車でペットのネコを撥ねて、何事もなくその場を立ち去ったとか。無茶苦茶な事を言ったらしいわ。勇者はこの国の宝よ。彼らがいるから私たちは安心して暮らせるの！ あなたの推薦が取り消されることになったので、残念ですけど、もう今日でお別れになってしまいます」
