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五話

次の日の早朝。


 寝ていたら、バサッという音と共に身体に寒気が走り目が覚めた。誰かに布団をめくられたのだ。ベッドの横には、慌てた様子のお母さんが立っていた。


 まさか寝坊した? 昨日はお姉さんのお手伝いで日が暮れるまで山に薬草を採取していたので寝過ごしてしまったのだろうか。


「メアリっ、何してんのよ! 早く起きなさい。この手紙は何なの? 推薦されて来月からアップル学園へ入れるのよ!」


 え? アップル学園? 私が行きたかったエリート調合師を育成するための学園じゃないの。そして手紙を目の前で広げると、腕をのばし、私の頬をツネってきた。何かと頬をつねられるのは一体何なのよ!


「いたっ。いたいったらああああーっ!」


 ――まさか……ピンクの髪のお姉さんが動いてくれた? 嘘でしょ。うそーっ。それにしても早すぎでしょ。


 眠気が一気に吹き飛んでしまう。


「頬をつねると夢じゃないって分かるでしょ? やっぱりアメリの柔らかいほっぺをツネっても実感まったく湧かないわ。私の頬をツネって、早くっ、早くしてちょうだい!」


 いつからお母さんはドMになったんだろうか。あれほどあなたにはムリ、ムリって騒いでいたのに、人って変わるものだ。


「私のこと信じなかった仕返しだよ……」


 季節は秋の終わりで、窓ガラスには霜が張り付いている。私は寒さで、かじかんだ手を伸ばすとお母さんのほっぺを掴み、強く真横に引っ張ってあげた。


「弱いわ! お願いだから、もっと強く。そんなんじゃ分からないじゃないの。そ、そうよ。もっとよ。もっと強くして頂戴!」


 もう完全に変態みたいになってる。


「あーもうっ、力入れるよ!」


「痛いっ! 夢じゃない! 夢じゃなかったのね! うちの子が、うちのメアリが、薬師の卵になれるんだわ! でもどこの誰が、推薦してくださったのかしら。しかも手紙を読むと授業料まで出してくださるとか。お礼を言わないと気が済まないわ。一体誰なのよ。早く言いなさいよ」


 私はさらに力を込めてお母さんの頬を引っ張りあげる。涙が零れそうなお母さんの瞳を見ると私もつられて目頭が熱くなってくる。そして私はお母さんに抱きついて泣いた。二人してツギハギだらけの服が濡れるぐらい。私、本当に恵まれてる。幸せすぎて怖いぐらいだ。


 正直ピンクの髪のお姉さんに頼んでみたものの入学できるなんて思ってなかった。授業料は高額で、見ず知らずの人にどうして出してくれたんだろう。


「その方は……。聖女様よ。本当になんて素敵な日なのかしら。いいこと、入学したらしっかりやるのよ」


「分かってる。私は必ず世界一の調合師になってやる!」こんなチャンス二度と来るわけないのだから。


「今日の夜はお祝いよ! うちはお父さんが亡くなってから苦しい生活が続いてたけど……あなたのおかげで何とかなりそうね」


 しめしめといった悪い顔をしてるよ。何とかってどういうことなんだろう。あまり深く考えないようにしよう……。


 それから朝食を済ませて、学校へ向かう。担任の先生に今日届いた封筒を見せると、クラスでお祝いしてくれることになった。それぐらいアップル学園というものは入学するのが難しかったらしい。


「メアリ! おめでとー! この村から調合師の卵に選ばれるなんて20年振りらしいぞ! 国からは年に10人しか選ばれないって先生が言ってた。かなりの難関らしいじゃん! しかも厳しいから泣き虫メアリが卒業できるか見ものだ」


 キノコヘアーの男子が意地悪そうに私に声をかけてきた。この男子はジャック。


 私もついつい言い返してしまう。私に気がある男子なのに事ある毎にちょっかいをかけてくる。でも、私の方はそんな感情はこれっぽっちもない。


「そういうことだから、寂しいけどジャックとはお別れね! もう二度と会うこともないし」


「は? 酷くないか? 小さい頃、女子に虐められた時に助けてあげたのも忘れたのかよ?」


「そんな十歳くらいの話、出されても困るし。しかもあの時は、ジャックも女の子に追いかけ回されて私の身代わりみたいになってたじゃないの?」


「それじゃ、あれは? 学校の遠足でメアリが弁当を落として泣いてた時、特大おにぎりを半分あげたことは?」


「ジャックがお腹壊してるから、いらないって言ってなかった? 体調が悪いから半分やるって。そうそう。あの時ダイエットしてたのに無理やり食べたのよ。ほんとそういうことやめてよ」


「そ、そっか……それなら、まあいっか」


 ジャックは嬉しそうな顔をして頭をかいている。ピンチの時はいつも助けてくれて相談に乗ってくれた。家が隣ということもあり、親同士が仲が良く、小さい頃からいつも一緒だったから性格は分かっているつもり。だからこの人の前ではいつまでも素直になれそうもない。


 ──ほんと、こいつ変……。ん……。私なんか目が熱い。こんなところで涙なんて流したくないのに。なんだっていうの。ただのジャックだよ。涙を我慢していたら、だんだん頭が痛くなってきた。


 遠足でお弁当がなくてお腹を空かせて一人体育座りしてたら、隣に来て、おにぎりを半分割って差し出してくれたっけ。


「勇者は困っているものの味方だから、半分やるよ!」


 ジャックは勇者に憧れてたんだ。誰よりも優しく強い者に。勇者の家来でもいいからなりたいとか普段口にしていたのを何度も聞かされてきた。


 ほんっと、なんなのよこいつは、私の心を……弄びやがって。


 それから一ヶ月が経ち冬が訪れる。雪が降る中、私のアップル学園の入学式が近づきつつあった。

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