四話
「そうね! 大切なことは困難があなたの前に立ちはだかったら、決して諦めないこと、頭を捻って考えるのよ。後は本気で困っている人を助けたい気持ちがあれば、私みたいになれるかもしれないわ」
私の頬をお姉さんは力強くつまむと、微笑んだ。
「それじゃ、そろそろ行くわね! またあなたとは会えるような気がするわ」
☆
お姉さんと別れ、カティを抱きながら帰るけど、おかしい。あれほどの魔法のような塗り薬が作れるのに、どうして脚を引きずってたの? それもあるけど、助けられた命なんだから、人のために使いたいとそう強く思った。
☆
「調合師って、どうしたらなれるの?」
厨房で洗い物をするお母さんは、眠たそうに返事をする。
「んー。さあーねー。知り合いにそんな大層な人はいないし、だいたい、あんたは女の子なんだから、普通の学校を卒業して、うちのパン屋を継げばいいのよ」
と、身も蓋もないことを平気で言う。食器を洗い終えると、隣にいる私に皿をどんどん渡してくるから、タオルで拭いて食器棚へと片付けていく。
どうして大人は話をしっかり聞いてくれないのよ!
「私とカティ二人とも勇者に殺されそうになったんだから……」
「ん?、冗談はいいから早く準備して学校に行きなさい! なに、あんたまさか、死にかけて調合師に命を助けて貰ったとでも言いたいわけ? そんな夢みたいな事言ってんじゃないわよ」
「証拠もあるよ! 泥と血だらけの服も……」
お母さんの目の前に証拠の物を提出すると、服を巻くられて、
「キャッ」
「どこも怪我なんてしてないじゃない。この子は、どこで汚してきたのよ」
私だって塗り薬で骨折や打撲、内臓破裂が一瞬で治るなんて未だに信じられないし、それを説明するのは難しいことは分かってる。
私の肩を掴むと眼を真っ直ぐに見つめるお母さん。
「うーん。嘘はついてないわね。あなたがそんなつまらないこと言うわけないし」
もういい! 真実を話そう。事細かく公園からの流れを説明した。
「死にかけた時、調合師のお姉さんが
助けてくれたから私も同じ仕事がしたいの!」
「その服しっかり見せなさい。こ、これは……」
ワナワナと手を震わせるお母さんは私を抱きしめる。
「メアリを助けたのは、王国一の聖女様なんじゃないかしら。もしかしてピンクの髪で、シリンダーをカバンに刺してなかった? パンを買っていただいたの……」
「脚を引きずってたけど……まさかね」
私は別人と言わんばかりにため息をつく。聖女様がそんな姿で諸国を旅するわけないか。
その言葉を発すると同時にお母さんは口元を手で隠すと目を大きく見開きただ一言発する。
「そんな……聖女様……」
お母さんは手を組むと目を閉じて祈っていた。
こんなことしてる場合じゃない。学校へ急がないと遅刻してしまう。
登校すると、すぐに先生の元へ行く。勇者に酷いことされた話は伝えずに、聖女様のような調合師になりたいと話すと先生は酷くびっくりしてたけど、「夢って叶えるためにあるのよ」とすぐに羊皮紙に一通の手紙を書いてくれた。
「いい? アップル王国には調合師になるための学校があるわ。そこに推薦状を送るから楽しみに待っててね」
「どうして……私にそんなことまでしてくれるんですか?」
「それは私があなたの先生だから。あなたが有名な調合師になったら安くしてね」
先生。ちゃっかりしてるよ。私は唖然としてしまう。それから数日後。私の家に、調合学園から手紙が届いた。封を切り、少し読んだところで、絶望感が私を襲う。
――手紙には重要事項とあり、そこには現役の調合師の推薦が必要条件である。と書かれていた。身内しか受け入れないような文言はなんなのよ。
ど、どうしよう……私を推薦してくれる知り合いの調合師はいない。しかも学費は親に見せたら、1000万ジュエルという途方もない値段。この国ではそれだけあれば、小さな一軒家が買えてしまう。
「メアリっ、残念だけどウチでは無理よ。学費が高すぎるもの。無理なものは無理。諦めた方がいいわ……」
「もういいよ……」
無理だよね……。けれども、頭では分かってるけど納得できない。ぶわっと涙が溢れてしまい、逃げるようにカティを連れて、あの公園に向かって家を飛び出た。
木のブランコに腰掛け、膝の上で気持ちよさそうに欠伸をするカティを撫でる。
まだお昼前で太陽が眩しくてイライラする。
――あのお姉さん。今何してるのかな? また誰かを助けてるのかな。この世の中って不平等だよ……。なんでお金のない家に生まれたのよ。お金さえあれば……。どうにか出来ないかな。
ぼんやりと公園の真ん中にある小さな噴水をただただ眺めていた。
流れる水を見るとなんだか少し気持ちが落ち着いてくる。――お金なんて調合師になってから働いて返せばいい。取り敢えず推薦してくれる人を探せばいいのよ。
気持ちが落ち着くと前向きに考えられるようになるから不思議だ。
まずはこないだの薬屋に行こうと思った。お金がかかるわけじゃないから推薦くらいしてくれるでしょ。
足取り重く薬屋に行く。窓を覗くと、また無愛想なメガネの男がいるのが見えた。
またあの男だ。正直気が乗らないけど……行くしかない。
「あ、あのっ、調合師になりたいので、推薦して貰えませんか?」
「また君? 調合師になりたいの? 君も本当に懲りないね。あと僕が推薦なんか出来るわけないだろ? 君のこと何も知らないし」
「そこをなんとかお願いできませんか?」
彼の視線が私の身体を舐めるようにして動き、胸の辺りでピタリと止まる。
「まー、三年後に付き合ってくれるなら書いてもいいけど」
メガネの男はニタニタと気持ちの悪い笑いを浮かべる。
背筋に寒気が走る、ダメっ、生理的に受け付けない。でも、調合師になるためには、この気色悪い男に頼るしか道は無い。
――人を助けたい気持ちがあれば、あなたならなれるわ。聖女様の声がまた聞こえた気がした。こんな男に頼りたくない。
「結構です。ここにはもう二度と来ることはありません」
一瞬お願いしますと言いそうになった自分にビンタをお見舞いしたい。
ドアをバタンと閉めて薬屋を後にする。
やっぱりダメ……。その後、城下町にある他の薬屋に行ったけど、やはり見ず知らずの人を推薦してくれる人なんて誰もいない。
日も暮れて、いつの間にか辺りは薄暗くなってた。
それでも何か手はあるはず……。そんなのない。本当は何もないのは分かってた。コネなんてパン屋の村娘にあるわけないし、最初から調合師を目指すなんて無謀過ぎた。家に向かって歩きながら抱きかかえたカティの目を覗き込む。
「カティ。私のこと、推薦してくれそうな人いないかな?」
そう、問いかけると、カティの顔が、微笑んだような気がした。そしてカティは目を逸らし横を見る。私も同じように視線を向けると、そこには憧れのお姉さんが立っていた。
「久しぶりね! 一ヶ月ぶりかしら? この間は聞くの忘れたけど、あなたお名前は?」
この時、私は翼を持った神様がこの世界に舞い降りたのかと思った。
相変わらず白衣を身にまとい、胸元には大きな胸が主張している。それに圧倒されてしまいどもってしまう。
「え、えっ、メ……メアリです。お、お姉さん……」
「あら、あらっ、どうしたの? ネコちゃんは元気そうだけど、あなたは少し元気ないみたいね。力になれそうなことがあったらなんでも言ってくれていいのよ」
お姉さんは腰を落として、私の顔をまじまじと見てくる。お姉さんならどうしたらいいのか教えてくれそう。そんな淡い期待を胸に秘めて、
「調合師の学校に通いたいんですけど、推薦がいるんです」
「そんなことなら私がいくらでも書いてあげるわよ! 何枚書けばいいの? あとは服と学費ね。それも用意しとくわ! あなたみたいに痛みを知ってる人で、なお、自分のことは後回しに出来るような人なら、きっといい調合師になれると思うの! メアリのこと気に入ったからお姉さんに任せなさいな」
なんでよ。どうしてそんなに優しいの……。私は感極まり、目頭が熱くなるのを感じていた。お姉さんの瞳はキラキラ輝いていて、嘘をついていないと直感でそう感じた。
「そんな、一回しか会ったことないのにどうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」
「まあいいじゃないの。私も子供の時同じようなことをしてもらったから、恩返ししたいのよ。だからメアリは気にしなくていいの」
「そんな……。こんなことって、嬉しいですけど。私の気が収まりません」
このお姉さんにしてあげられることないのかな。私にできることあるんだろうか。
「いいのよ。足長おじさんみたいなものだから。って、今の子はそんなの知らないわよね!」
「よくわからないですけど、ご迷惑でなければ休みの日にお姉さんのお手伝いをさせて貰えませんか? 足でまといですよね……」
私は助けて貰うだけは嫌だ。だったら憧れのお姉さんの近くで、お手伝いさせて欲しい。
「そんなことはないわ! そうねー。ほんと気にしなくてもいいのに! まー、メアリ学校もあるし、私も脚を少し不自由してるから、一週間に一日ぐらいならお手伝いしてもらおうかしら」
「ありがとうございます! 私誰よりも頑張ってお姉さんみたいになります」
お姉さんはふふっと笑いながら、私の頬っぺをつまむと「じゃあ早速、野草取りに行くよ。付いてきて」
と言打と、後ろを振り返り歩き出す。「えっ? 今から?」と答える私はお姉さんの後について行く。