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二話

――その頃、アップル王国のシュガー村では――



「メアリ、パンの仕込み手伝ってー!」


「学校から帰ってきたばかりでお腹すいたよー。今日もパンなの?」


 学校が終わり、家に帰れば毎日のようにお母さんのパン屋を手伝わされている。 


「お店の場所が悪いよ。王都から歩いて1時間もかかる田舎の村って、こんな所にお客さんなんて来ないでしょ。一度でいいから都会に住みたーい!」


「なに馬鹿なこと言ってんの! メアリも、もう15歳なのよ。しっかりなさい! 村のみんなが来てくれるおかげで私たちが毎日ご飯を食べられるの」


「テーブルの上にある七色に輝く宝石は1万ジュエル?」


 パンの値段は安く一個100ジュエルから500ジュエルほど、こんなところに1万ジュエルのお金があるなんてどう考えてもおかしい。お母さん? 私が居ないとこで無茶してないよね?


 ジュエルというのはアップル王国の通貨でカラフルな宝石を指す。これは魔物を倒すことで手に入るらしい。


 三ヶ月前、この国の王が逃げたのだが、王妃が魔物に殺されたと噂を聞き、再び城へ戻ってきて騎士や冒険者を募り、魔王殲滅するために動き出している。


 その一環として国の通貨をジュエル一択にした。


「これは一体どうしたの?」


「聖女様が来てね! こんな美味しいの食べたことないって仰ってくれてポンっとお金を置いていかれたのよ!」


 凄いっ! 聖女様とはこの国で一番の回復魔法の使い手で陛下に任命されてからは各地を巡り庶民を手助けしていると噂されている。私も会ってみたかったな……。 


 にゃあと三毛猫が私の脚に頬ずりしてくる。私が12歳の時に街にお母さんと買い出しに出かけた時、路地裏から脚を怪我したボロボロの猫が出てきて酷く痩せこけていた。身よりも無かったので、私がお母さんに無理を言って飼うことになったのだ。


 三年経った今では、白地に黒と茶色の水玉模様のある綺麗な毛並みになり脚も治った。すごく私に懐いてくれて可愛い。いつも学校から帰ると玄関先で待っててくれて食事も、寝る時もいつも一緒で休日はよく二人で公園に出かけることが多かった。


 この地方は冬は寒さが厳しいので一緒に布団に入ると温かくて、抱いて寝るぐらいの仲だ。


 私の一番の親友。それが猫のカティ。




次の日


「カティーッ! 嘘っ……」


 私が公園でネコのカティを追いかけて遊んでいたら、突如、猛スピードの馬車がカティを跳ね飛ばした。


 血が舞い上がり、倒れたカティは骨が皮を突き破っていた。頭が追いつかない。これ触っても大丈夫なの?


 地面に横たわるぐったりとしたカティに手を近ずけると。


「ニャア……」


 弱々しい鳴き声を出す。


 そして公園の出入口の辺りで馬車が止まり、私はその方をキッと睨みつける。白のブラウスに紺の修道服を羽織った女性がゆっくりとした足取りで馬車から降りてくるのが見えた。


「何か轢いたみたいですけど、いったいなんだったのかしら?」


 キョロキョロと何かを探す修道女に、頭に来た私はネコを抱きかかえながら叫んだ。


「カティになにするんです! どうしてこんなひどいことを……」


 その修道女は目を細めると、私を見て上から目線で笑ってきた。


「アハハッ! ネコ? なんだドブネコか。良かったわあ。人だったらどうしようかと思ってたのよー。なに? なに? まさかあなたは私に弁償して欲しいって言うの? 汚らわしい。こんなのただの野良猫じゃない。何なの? ボロボロの服を着てるってことはお金が欲しいの? そうよね? だいたいそんなとこにいたのが悪いんじゃない。勇者さまーっ。大丈夫。人じゃなかったわー」


 この修道女は何を口走っているの? お金なんて一言も要求してないし、そもそも何で謝まらないの?


 修道女が大声で叫ぶと、勇者と呼ばれた男が馬車の窓を開けて顔を出し呑気にこちらに手を振ってきた。


「おー。そうか。人轢いたら後味悪いもんな。ヨシっ。早く戻ってきてくれ。気を取り直して魔王討伐に向かおうぜ!」


 その女性は踵を返すと何事も無かったかのように馬車に乗り込もうとする。


 えっ? ふざけないで! こんなの許されるわけないじゃない。私のカティに何してくれてんのよ。


 私は修道女の後を追う。カティを助けてもらわないといけないのだ。勇者のパーティーには回復係がいると噂で聞いたことがある。なんとしてでも治して貰わないといけない。


「勇者様の馬車なら僧侶の方もいるはずです。お願いですから、助けてください!」


 頭の線が切れそうで噴火しそうだった。でもここは落ち着いて冷静に言わないと。勇者パーティは国の英雄だ。粗相をしてはいけないのに、この人たち明らかに自分勝手で何かがおかしい。


 懸命に馬車のドアをバシバシ叩いていると、切れ長の青い瞳をした勇者がドアを開けて、そして突然、勇者の足が飛んできて、私は地面へと叩きつけられた。


 何が起きたのか分からなかった。立ち上がろうとするけど、力が入らない。手に抱えたかティは目の前で虫の息になっている。


 勇者は国王が冒険者の中から直々に任命した。もちろん品行方正な実力者であるはずなのに、国民からの人気も絶大で。


「邪魔だ。バカヤロー! どけええええー! 急いでいるんだ。こんなやつに構っている暇はねえ! 俺たちは勇者パーティーなんだ! 汚い村娘と野良猫の相手なんてしてる場合じゃない。さっさといこうぜ」


 さらに降りてきた勇者に私は蹴られ遠くまで吹き飛ばされて、水たまりにザブンと頭から突っ込んだ。


「……」


 お腹を蹴られて痛いし、口に泥が入った。地面に手を付き、ペッと唾を吐くと地面に赤い血と泥の混ざったものが出てきた。唇や頬が切れた。


「……」


 汚れた手で顔を擦り、目を開けると、馬車はすでに公園を通り抜け、私の視界から消えて森の奥へと遠ざかっていく。


「痛い……。それよりもカティ。カティはっ」


 手から落ちたカティを再び抱きかかえると衰弱してて涙が止まらない。どうしたら助けられるの?


 血が逆流する。私の大切な友達に酷いことをしやがった。絶対に許さない!


 その前に、カティを教会に連れていくべき? それとも家に帰ってお母さんに頼んだほうがいいの? 身体が痛い。ここからだと家よりも薬屋の方が近い。


 フラつきながら、ネコのカティを抱えて向かったのは子供の頃、私の腕がかぶれになった時にお母さんと訪れたことのある薬屋だった。


 ――もしかしたら、ここなら助けてくれるかもしれない。


 私は足を引きずりながら、白いコンクリートの建物に神聖な十字架の看板の付いた薬屋のドアを開けた。


「カ……カティが……死にそうなんです。だずげてくださいっ」


 私は嗚咽混じりの声をあげた。冷静に話したいのに、話せない。


「ちょ、ちょっとまてまて、君、泥だらけじゃないか。全くもー、床が汚れるだろ。それと君だけ? 親は? 薬は高いんだよ。そもそもお金はあるのかよ?」


 それなのに、カウンターにいたメガネをかけたおじさんは汚い身なりの私をジロジロ見ると、怪訝な顔をするばかり。


「お、お願いします。この子、勇者の馬車に轢かれて死にかけているんです。お金は後で何とかしますから助けてください」


「そんなことしたら商売にならないだろ。あー、もうっ、じゃまだ。邪魔だから早く帰った帰った」


 厄介だと言わんばかりに、メガネの男は手でシッシッとやる。もう私は傷だらけのネコをギュッと抱えて店の外に出るしか無かった。


 どうして……どうしてなのよ。何で誰も助けてくれないの?


 地平線の彼方に太陽は沈みかけ、空は茜色に染まり始める。視界がなんだかぼやけて前が見えなくなってくる。


 秋風は冷たく、私は汚れたボロボロのツギハギだらけの黒いコートを脱いで傷だらけのカティを包み込んであげた。


「寒くない? 大丈夫かい?」


「……にゃあ」


 コートから顔だけぴょこっと出して弱々しい返事をするカティを見ながら、トボトボと家路に向かう。もうダメだよ。カティ痛いよね。ほんと私ではどうすることも出来ない。ごめんなさい。


 ――カティ助けられないかもしれない。


 肩を落とし、街灯がポツリポツリと灯り始める路地をトボトボと歩いていく。全身が痛いしたまに咳が出るから、しゃがみながら歩く。しかも、こんな時に限って雨が降ってきた。


「カティがもし死んじゃうなら、私も一緒に……」


 路地の端は崖になってて、下を覗き込むと吸い込まれそうになる。私は何を考えているのだろう。私がしっかりしないといけないのに。凍えた手を擦りながら歩く、けれども、この辺りには助けてくれるところなんてもうない……。城下町の教会までは歩くと3時間はかかるし、今からだと教会は空いてない。絶望的だ……。


「カティごめんね……。助けられなくて」


 私も胸の辺りが痛く。道端で吐いてしまった。もうダメだ。1歩も歩けない。脚に力が入らない。寒いし、家にも帰れそうにないよ……。お母さん助けてっ……。神様っお願いします。カティだけでもいいから助けてください……。


 その時、雷が黒い空を引き裂き、私の耳にカッ、カッと地面に杖を打ち付ける高い音が後ろの方から聞こえてきた。その音は私たちの方へだんだん近づく。私は何とか目を擦り、最後の力を振り絞って振り向くと白衣に身を包んだ蛍光ピンクの髪のお姉さんが、足を引き摺って歩いてくるのが見えた。


 大丈夫なのかな……。足が悪いんだ……。大きなリュックを背負ってる。しかもカバンからはメスシリンダーが飛び出ている。


 ――あ……もうっ、ダメっ。意識が遠くなる。私はその場でカティを抱え意識を失った。

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