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プロローグ

 私の家に師匠が、お祝いに駆けつけていた。話は弾み、ひと休憩で、お土産のオレンジを頬張っていたら、窓の外に小雨が降り始めた。


「んー!」


 慌ただしく、師匠に会釈して、洗濯物を取り込むために外に飛び出した。


 空は黒く、雨足が早まる。


 私が、ピンクの紐パンを手に取ると、ハイジ山を降りる馬の蹄の音が聞こえてくる。それは、私の家の前でスピードを落とすと、王国の騎士が降りてきた。


 そして肩まで伸びる黒髪の若い騎士が大声をあげる。


「聖女さまあああああ! ただいま国王陛下からの伝令がございますううう」


 ――なんなのよ! 十分聞こえてます! 鼓膜が破れそうになったじゃないの! 


「あうっ」


 さらに、咄嗟にオレンジを飲み込んだせいで、喉につっかえそうになった……。気管支に入ったらどうしてくれるのよ。涙が出そうになったけど、気を取り直して答える。


「こほっ、こほっ、騎士様。いったい、何ごとでしょう?」


「申し訳ありません。良き知らせです。勇者が、憎き魔王を討伐したとの報せが入りました。なので、明日の十時までに、聖女様、お忙しいとは存じますが、お城の謁見の間までお越し願えませんか」


 レースの付いたピンクの紐パンを風に揺らしながら持っていたので、後ろ手にして隠し、平静を装う。


「こんな田舎町までご苦労様です。明日、お城に向かいますので、どうか陛下によろしくお伝えくださいませ」

 

 国王陛下の使者は、手にぶら下げた紐パンが気になるのか視線が一瞬ぶれたのを見逃さなかった。でもさすが王国の騎士。すぐに真顔になると、私の顔へと視線を戻す。


 そして騎士は、ほっと胸を撫で下ろすと。


「明日またお迎えにあがります。時間は朝の八時で宜しいでしょうか?」


「はい。お勤めご苦労様です」


 騎士はパッと目を輝かせ頷くと、来た道を引き返していく。


 おそらく、勇者の報告の後は、パーティが開催される。陛下はおめでたいことがあるとすぐにパーティや舞踏会を開き、自分だけでなく国民を楽しませることが大好きなところがあるのだ。


 ――翌日、気合を入れてメイクをしていたら出発が遅れてしまった。


 お迎えの騎士には「聖女様、今日がどれほどおめでたい日なのかお分かりですか?」なんて嫌味を言われてしまう始末。


「ごめんなさい。私も勇者様が魔王討伐のお勤めを終えるのを長いこと心待ちにしてましたので、準備に手間取ってしまいました」


 と答えると、騎士は怒りも収まり、「いえ、私も楽しみで、気持ちが昂りすぎてしまい申し訳ありません」と笑顔になり、王族の乗る白い豪華な装飾の施された馬車でお城へと向かった。


 急ぎ謁見の間へと入ると、臣下や参列者たちが赤い絨毯の両側に並び、陛下は奥の玉座に腰を下ろしていた。


「あ、ヤバっ……」


 つい小声が漏れる。私は聖女なので、緊張しながら奥に座る国王陛下の傍。列の前の方に席が用意されていた。


 神聖で厳かなパイプオルガンの音色が鳴る。


 席につこうと皆の立っている前を通り過ぎようとすると、貴族や騎士達の視線が痛いほど私に集中した。


「聖女様っ……。なんと! お美しい方なのかっ」


「こんな素敵な女性は、今までお目にかかったことがない。噂では仲間と旅をしながら、無料で国民を治療して回っていたとも聞く。慈悲深い方に一目見れて幸せだ」


「陛下のご病気も一瞬で治したらしい。きっと女神様のご加護のある方なのだろう」


 皆、それぞれ褒め言葉を口にする。


 それは私が絶世の美女だからこのような状況になっているわけでは無かった。実は、『チャーム』の香水を自分の洋服に振り撒いたせいだ。この香水は自分の魅力を何倍にも高める効果がある。


 香水を振り過ぎた。陛下の御前、静粛にしなければならないのに、彼らの褒め言葉が尽きることがない。ちょっとみんな静かにしてよ……。


 さらに、衣装も派手すぎた。自分でなかなか服を選べなかったので、遊びに来ていた師匠が、日が傾く中、わざわざ私のために街へ行って服を買ってきてくれた。けれども……その服を着るかどうかで迷っていた。



 ――でっ、でも……。ピンクの下着がうっすらと透けるような白い透明ローブ。これって大丈夫なの? こんなの買ってこないでよ。神秘というよりエッチな格好だよ。


 彼女は『国民を喜ばせること、神秘的な演出こそが、聖女には大切なことなのっ! 私が若い頃はお城へ行く時は、もっと下着が見えてたわ!』と、はしたない話を自信満々に語られ私は目を丸くしてしまう。


 申し訳ないけど、謁見の間には陛下を初め騎士や公爵など高貴な家柄の男性が多くて、目のやり場に困るはず。


 なので、チャームの香水の効果で高貴に見せて誤魔化していたんだけど、騎士の中には、私を見てヨダレを垂らすものもいるのだから、やっぱり間違っていたのだろう。


 そんなことを考えていたら、緊張でガチガチの勇者が国王陛下の前で立ち止まる。


「国王陛下! 報告いたします。魔王を殲滅し、無事帰還致しました!」


 真新しい白い鎧を身に纏う勇者が、陛下の前ですっと、片膝を曲げて膝まづく。そして横目で国中から聖女と崇められる私をチラリと見て頬を仄かに染めた。


「勇者よ。よくやってくれた。長きに渡り国民が、魔王から身を隠しながら怯えて暮らしてきたが、これでようやく平和が訪れることになる。そこでだ、是非とも褒美を取らせたい。もし望みがあるのならば、遠慮せずともよい。何なりと申せ!」


 国王の言葉に、勇者は感極まり涙ぐんでいる。しばし沈黙が流れたが、勇者は思い切って口を開いた。


「陛下! 褒美など恐れ多いことでございます。もしお許し頂けるのならば、謁見の場をお借りして私にとって世界で一番大切なある方にお伝えたいことがございますが、それでもよろしいでしょうか?」


 と、興奮しながら陛下に伝えた。


 その場に集まる皆は勇者の大切な人はいったい誰なのかと探し始めている。


 ――でも、私は知っていた。その女性はだれなのか。


 そして、思わず胸に手を当てた国王は、「おお……」と感極まった声を漏らすと、笑顔でそれをお許しになった。


 勇者は赤いカーペットの上を歩くと、躊躇うことなく国王の側に並ぶ私の前まで来た。


 ――いよいよだわ!

 

 勇者は穏やかな目で私の瞳をじっと見つめる。私もそれに合わせてローブの裾を両手で少し持ち上げると微笑み返す。

 

 この日をどれほど待ち望んだことでしょう。本当に長かった。手が震えて止まらない。私にとって最高のプロポーズ。それがまさか王宮で祝福されることになるなんて夢にも思わなかったけど。


 勇者は胸の内ポケットから、リングケースを出して、私の前で開けた。中には、大きなハート型のピンクダイヤの指輪が眩しい光を放っていた。


 これは見覚えがある……。ハーデス公爵家に代々継承される唯一無二のピンクダイヤモンド。私たちが領主の命を魔物から救った時に見せてもらったことがある。


 私たちと言ったのは、もちろん勇者とも面識がある。私も他のパーティーを作り魔王討伐の道中、勇者パーティーとも協力したのだ。あの時、勇者は『こんな身内で代々受け継がれるような貴重な家宝は頂く訳にはまいりません』と言って公爵から受け取らなかったはずなのに、何でここにそのダイヤモンドがあるのよ……。


 まさか、勇者は偽物とすり替えたんじゃないの? ピンクダイヤは価値が高くて、えっ、リングにハーデス公爵のイニシャルのHが彫られている! さては勇者、盗ったな……。


 

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