一日目(1)
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生きたくないけど死にたくない。
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ジリリリリリリリン!!
さながらサイレンのようにけたたましい音を響かせる目覚まし時計に、意識を深い深い澱みの中から乱雑に持ち上げられるところから私の朝は始まった。
目覚まし時計は大嫌いだ。それはもうこの世の目覚まし時計を一つ残らず叩き潰してやりたいと思うぐらいには。
しかしなぜ目覚まし時計が嫌いなのかと聞かれれば、もうこれは禅問答みたいになるかもしれない。
目覚まし時計だから嫌いなのか、嫌いだから目覚まし時計なのか、嫌いな時計だから目覚まし機能があるのか、目覚まし機能があるから嫌いな時計なのか。
考えれば考えるほどキリがない。もがけばもがくほど沈んでいく底無し沼のようだ。
しかし目覚まし時計は一つ残らず地獄へ行くべきと思っているのは事実で、けれども地獄へ行くのが全て目覚まし時計だとは露ほども思っていない。
それだったらおそらく地獄へ行くであろう私も、目覚まし時計ということになってしまうだろう。
自分の体は実は目覚まし時計なんじゃないかと思いながら生きる人生は嫌だ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
こんなどこぞの吸血鬼もどきみたいな思考をしたところで何も生まないのだから。
閑話休題。
目覚まし時計を叩き潰したいという衝動を抑えながら、せめてもの抵抗として勢いよく叩いて止めながら起きる。
朝の空気と日光を取り込もうと、青空とは対称的な色のカーテンを開け欠伸を一つ。
劈くような、眩い陽光に一瞬、目が眩む。カーテンの向こう側には、夏真っ盛りと言った感じの景色が広がっていた。
気持ち悪くて吐き気がするほどに天高く、抜けたような蒼がどこまでも広がる紺碧の蒼穹。
この世の万物を等しく燦々と、煌々と照らす年中無休で輝く太陽。
形を持たない無邪気に揺蕩う純白の雲は一つとしてなく、これを快晴と呼ばずしてなんと呼ぶ。という感じの天気。
自分の暗い気持ちとは対照的で、何だか笑ってしまった。
水で薄めたような橙色の淡い朝日が、部屋に満ちていた夜を逃がしていく。
そこから私も逃げるようにリビングへと向かった。
寝室とは打って変わって薄暗い、リビング。
私の家は十畳のリビングとそれに隣接した、もぬけの殻と化した、形だけある二つの六畳の親の寝室と自室。
たったこれだけで構成されている。
家と言うのにはあまりにもひっそり閑としているし、陰鬱な空気が多めな気がする。が、とにかくこれが私の家だ。
今私がいるその十畳のリビングには、使い古してくすんだ三人掛けの茶色い木目のテーブルと十五インチの小さなテレビしかない。
カーテンから日光が漏れ出て、テレビを黒光りさせていた。
カーテンを完全に開け、暗闇を逃がし、朝日で部屋を満たす。
冷蔵庫からパンを出してマーガリンを塗り、砂糖をまぶしてオーブントースターで焼く。
朝はこのシュガートーストを食べないと始まらない。
チン。
「あつっ…」
私の家には朝早くから起きて温かい朝飯を作る傍ら、様々な朝の支度の手伝いをしてくれたり、家を出る時には「いってらっしゃい」などと言ってくれる『親』なる生き物は存在しない。
けれど別にそれは悲しいことではない。
一人の時間を満喫できるという利点なども確かにあるわけなのだから、一概に悲しいことばかりとは言えない────そんな愚にもつかない下らないことを頭の中でグルグル考えながらテレビをつける。
「みなさん、おはようございますっ!」
おそらく何回も練習したであろう、不自然なほどに自然な笑顔とハキハキとした声で、アナウンサーが元気に挨拶する。
「今日は七月一日、月曜日です!まずはこちらのニュースから」
さっきまでの爽やかな声からは想像も出来ないほどに急に声のトーンを落としたと思うと、自殺者増加という今日のトップニュースを話し始める。
自殺者が高校生を中心に増えはじめているという趣旨の内容が報道された後、何だかの専門家と精神関係の医者だかなんだかとゲストの芸能人達が議論を交わす。
この自殺者の中に自分も入ることになるのかと思うと、何だが笑いが込み上げてきた。
その時。
ピーーーーーーーン、ポーーーーーーーン。
長らく鳴っていなかったインターホンが間抜けた音を部屋中に響かせる。
こんな時間に一体誰だろう。
少し考える。
まぁ大方、担任の先生か学校に行こうと催促しにきた数少ない友達のどっちかだろう。
そんな結論に至った。
そう思いながら玄関へと向かう。
かけてある鍵を外し、ドアノブをひねり開ける。
ガチャ。
「…………………」
「…………………」
そこにいたのは、友人でも、ましてや担任の先生でもなかった。
……………………………………………………………………?
自分の目を疑う。実はまだ夢の中なのかとそんなことさえ思った。
頬を自分でつねる。
─────痛い。
どうやらこれは夢じゃないらしい。
私の目の前には。
「こんにちは。南凪七海さん」
闇より暗く、影より濃い、絵の具をべったりと塗ったような真っ黒な髪。
髪と同じぐらいに真っ暗な、目を合わせたら吸い込まれそうなほどに真っ黒な眼。
病的なまでに白い肌。
異常なまでに漆黒のワンピース。手の部分などにあしらわれたフリルが風に揺れる。
身長は私より低く、おそらくは150センチほどの。
─────私とは正反対な少女が、立っていた。
「─────やっと会えましたね」