一敗地にまみれた後に……そして笑顔と涙。
えらく間が空いてしまってすみません。
そして今回は各党も無いつなぎ回です、すみません。
次回は格闘回にしたいと思ってはいますが……。
前作:スペースおいらん騒動 ~忍者vsメイド~ もよろしく!
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8. 一敗地にまみれた後に……そして笑顔と涙。
「ちっくしょ~!」
畳の上に大の字になっていた小百合が叫ぶ。ノリノリで行った異世界の人助けの結果は散々なものであった。たしかに小百合と佳が着いた時には既に助けた十五人と二人しか残っていなかったかもしれないが、あまりにも無残な状況を残して帰って来た。さらに今も、ヤーホン王国はあの巨大なウミイグアナと人間サイズのワニに蹂躙されているかも知れないのだ。
あの後すぐに宇宙屋形船「かわずおとし」は「転送の翡翠」を使ったケロット姫、ヤーホン国王の魔法でエドー星に帰って来た。ゲス夫の体調はあまり回復しないため、エイドリアン城内の診療所に入院させてカエル科のスタッフが治療をしている。ケロット姫と国王、その他の十四人の従者たちはエイドリアン城の別室にいてもらっているが、皆暗い顔をしている。国も国民も奪われた彼らは避難民として銀河幕府の預かりとなった。当面は勘定奉行のこの世界のゲスオの元、ケロット姫を通訳としてエドー星に保護してもらうのである。
小百合と佳、そしてソラと蛇沼博士の四人はすぐに大地、レイヤー姫、ゲスオ、それとゲーン博士を呼んで対策会議を開いたのだが……。
「魔法で軍艦を送り込む手立てはわかるけど、異世界に銀河幕府として入るのにはやはり抵抗がある。それに正式な手順を踏むと今週や来週では済まない」
ゲスオが言う。今回の異世界への介入については、この世界のゲスオは消極的なのだ。もっともそれは当然の話である。異世界の機械の兵士は強いし、連れて行った侍を生きて帰せるとは限らないのだ。ましてやヤーホン王国の星以外の状況はわからず、敵の所在も判明していない。そして侵略後の敵がどう動くか、動いているかも不明なのである。
「それは仕方ないな……。とりあえず「かわずおとし」だけで敵の残党退治とデータ解析に行ってくるしかないな。ゲーン博士、徹甲弾を50発は欲しいのだがどれぐらいで用意出来るだろうか?あと、出来るだけ大型の爆弾が必要だな。」
「ウチの学生だけだとひと月。宇宙幕府の火薬方にも手伝ってもらって二週間くらいはかかると思う。爆弾のほうも出来る限りのものを用意したい」
「私も技術者のはしくれです、武装の手伝いをさせて下さい」
蛇沼博士が言う。彼はワニの兵士をヘビ型無人宇宙船から解き放ったコトの責任を強く感じているのだ。
「いや、蛇沼博士には妻子の方と合ってもらわないと。二十年もいなかったんだぞ。最後は手伝ってもらう必要があるけど、まずこの二週間はゆっくりと」
「では一週間だけは妻子との時間を下さい。もう一週間はゲーン博士を手伝います」
「それなら良しとするか。あと、カエルが宇宙服だったって宇宙幕府博物館に書いてあったけど、普通に着られる人数分は手配できるだろうか?」
小百合がゲスオに聞く。
「ええ、あれは各サイズのストックがあります。頭部は転送機能のない量産品ですが」
「それならいい。ここまでなら手伝ってもらえるか?大地」
「はい、おねえちゃん」
「あとは、レイヤー姫に「かわずおとし」の兵装で、敵の規模を変えた作戦を数パターン考えて欲しい。なんとか敵の顔を見たいので、そこまでは果たしたい」
「承知しましたよ、助さん。でも、弾が尽きる前に逃げる算段にして下さいね」
レイヤー姫が言う。規模も何もわからない敵と戦う状況になるので作戦もクソもないのだが、それでも小百合は今ある武器で何が出来るかは把握したいのだ。
「あとはゲス夫の隊長が戻るかどうかだな。一応、私と佳、ゲス夫、蛇沼博士、ソラの五人で二週間後に行く。ゲス夫がダメなら転送のためにケロット姫と国王も連れて行かないとならないな。とにかく私の私事だけど、宇宙幕府の為と思って協力して欲しい」
小百合が深々と頭を下げるので皆があわてて頭を下げた。誰もが、佳ですらこんな小百合を見たコトがなかったのである。
そして、自室の畳で愚痴を言った後に小百合と佳は蛇沼博士を風呂に入らせて(もちろん小百合と佳もだが)カエルの頭を使い自分達の世界に戻った。近所の100円ショップでコスプレ用の白衣とシャツとサンダルを買って博士に着せて、ペットショップ「爬虫類の沼」へと向かったのである。
「こんにちは~」
「はあい~いらっしゃいませ。あら、カエルちゃんは元気?」
明るい声で挨拶して店に入った小百合にウェーブが掛かったセミロングの茶髪にメガネの店長がニコニコと歩いてくる。
「ちょっと相棒が買ったほうのカエルが、ちょっと元気がなくなりまして」
これは療養中のゲス夫のコトなので嘘ではない。
「あらら、ケースとかエサはちゃんとあげていますか?」
「いや、なんか凄く動き回ったみたいで」
「それならちょっと高いけどいい人口餌が……」
「それはともかく、店長、祥子さんって言いましたよね」
「ああ、ハイ。なにか?」
小百合に背を向けてレジカウンターの後ろの棚から人口餌の袋を取ろうとちょっとつま先立ちした店長が答えた。
「あの、祥子さんのお父さんって爬虫類のロボットとか作っていませんでした?」
「え、ええっ?なんでそれを!でも父は二十年くらい前に……」
人口餌の袋を落としそうになってバタバタしながら店長が答える。
「佳、間違いないわ、いいよ!」
「はいヨー!」
小百合の合図に応えながら、佳が白衣の袖を引っ張って蛇沼博士を連れ、店内に入って来た。
「だ、誰ですか?」
すたすたと店に入って来た、様子のおかしい老人?を見て店長が驚く。
「祥子、本当に祥子なのか?わ、分からないかもしれないが、英夫だ!お父さんなんだ!!」
「いやですよ、人をからかって。あなた達、なんなんですか?」
ちょっと怒り顔の祥子を見て蛇沼博士が質問をする。
「祥子、ウミイグアナの刺状鱗、クレストの数は何本?」
「小さいペットショップの店長だからってバカにしているのですか?私だってこれでも一応は生物学者のはしくれですよ。通常は十二から二十です!」
「でも祥子のウミイグアナのクレストは八本」
「え、でも、なんで、まさか……」
「私が祥子の八歳の誕生日のために作った小さなウミイグアナのロボットのクレストの数は八本だ。忘れるわけがない。娘の歳の数だけクレストをつけたのだから」
蛇沼博士は銀縁メガネの奥の瞳から涙を流しながらそう話した。その顔を店長がまじまじと見つめ、そして赤いアンダーリムの眼鏡の奥の瞳からこちらも涙を溢れさせて言う。
「お父さん、本当のお父さんだ!お父さん、お父さん……」
抱き合って号泣する二人を後に小百合と佳は店を出た。とりあえず今は店を出て親子二人水入らずにしてやりたかったのだ。
そして佳は西へ、小百合は北へと向かった。佳はさらなる速度を求めて、小百合は打撃力を高めるために別々の修行に向かうのだ。時間は蛇沼博士を迎えに来る一週間後まで。
佳はフランスへ渡り、自宅の道場で一から剣道の稽古を久しぶりにやり直した。日本刀でワニの兵士は切れた。だが、まだ速度が足りない。倒したワニの兵士の数は身ひとつで戦う小百合と大差が無かったのだ。長物を持ってそれでは満足出来ない。小百合の横にいる為に、横にいたいから小百合と同じかそれ以上の力が必要と考えるのが佳なのだ。口数が少なくのほほんとしている佳だが、小百合と同じかそれ以上にそれは悔しい思いをしたのである。
たった五日程のフランス滞在であったが寝ずの修行をして、佳は手ごたえを感じて実家を後にした。道場にはまるで人参のように切り刻まれた、極厚の中世の鉄盾と竹光が残されていた。帰りの飛行機は佳の鼾で誰一人寝られなかったという。
小百合は北海道を縦断する山々で、ある動物を探した。出身地と足幅からSOS-2というコードネームを持つその牛を襲いまくった動物の足跡は、両足を並べると幅が2フィートもあるという。クマ殺しの称号は格闘家の憧れであるが、自然のクマと戦う者が今まで何人いたのであろうか……。
山に籠って四日後に小百合の前に現れたそれは、立つと高さ4.5m、体重は700kgを優に超えた巨大ヒグマであった。小百合は素手と裸足で熊に向き合い、魔法とも言えるあの関節技を封印して立ち技だけで熊と死闘を繰り広げた。そして18分程でヒグマがまったく動けない状態にして無傷で山を下りた。ヒグマは死ななかったが二度と人里に降りるコトはなく牛の被害も無くなった。さらにそれは北海道全体で数年続くコトとなった。その理由は誰も知らない。
一週間後、ペットショップ「爬虫類の沼」の前に二人は並んでいた。前に二匹のカエルがいたショーケースでは20cm程のピンクを基調とした色の機械のウミイグアナがゆっくりとケースの中をくるくると歩いて回っていた。背中のクレストは八本だった。
「おまたせしました!」
「は、だ、誰?」
茶髪の短髪で今どきのかっこいいフレームの眼鏡の、小百合の好みよりも一般的に美形と言われるような男が店から出て来たのだ。
「え、と、蛇沼博士カ?」
普段はそうそう驚かない佳もこれには驚いた。よく見ると目鼻は蛇沼博士なのだが、こけていた頬や落ち込んだ目の廻りもしっかりと張って、目の下のクマも消えていた。ヒゲは綺麗に剃られており、白衣の下もブランド者のワイシャツにスラックス、靴はデニム素材の今時のスニーカーに変わっていた。青白かった顔もとてもいい顔色に。
「いやー、あまりに白かったので美容室で髪を染めて、娘に日焼けサロンに連れていかれ、メガネと服買ってもらって、美味しい手料理を食べさせてもらって……なんか二十年前に戻ったような気分ですよ」
そう言ってさわやかな笑顔で笑う蛇沼博士。二十年以上前には色々と夜の街でブイブイ言わせていたかもなどと小百合は思った。イケメンすぎるので小百合としてはダメだが、多分一般的には相当モテる、知的で子煩悩な理想の父だったのであろう。多分、ソラが惚れるタイプだと小百合は思った。白衣の胸ポケットに入れられた前の銀縁メガネだけが減点ポイントか。そういえば白衣も小百合たちが急揃えした100円ショップのものではなくしっかりしたものになっていた。
「はい、お二人の分もお弁当を作ったから、向うで食べてみてください!」
そう言って店長は蛇沼博士に店名入りの大きな紙袋を渡した。どう蛇沼博士が説明したかは不明だが、店長もこちらの事情は理解しているようだった。もう何処へも行かせたくないとか言われるかと内心思っていた小百合だったが、それが無かったのには安堵した。
笑い合い、手を振りながら店長と別れて小百合と佳と蛇沼博士は小百合の家に向かって歩き出した。またカエルの頭の転送装置で小百合の家からエドー星に向かうのだ。
歩いていく小百合たちが見えなくなるまで店長、蛇沼祥子は手を振り、そして三人の消えた方向に頭を下げた。
その顔の下のアスファルトは所々、黒から漆黒へと色が変わっていった。そしてその範囲は徐々に増えていく。祥子の瞳からメガネのレンズに落ち、そこから溢れてアンダーリムを伝って滴り落ちる涙の分だけ……。
~つづく~
いやいや、だいたいこんな再会話とか書けるガラではないのでザックリと。
それにしても最近はヤバイ羆がいるそうですね。
でも一番怖いのは道路脇から吹っ飛んでくる鹿ミサイルです。多すぎます……。