「シクラメン」「天皇」「露天風呂」
今日の莉奈はスマホを弄る日らしい。パイプ椅子の上で三角座りをしながら画面をスクロールしているのが目に入る。
莉奈のスカートは膝上1センチ程度でとりわけ短いわけではないのだが、そんな姿勢を取っているとなまっちろい太腿が見えてしまう。見ていると思われるのは不本意なので僕は視線の置き場に注意しなくてはならなかった。
「問題です」
僕が執筆作業を進めていると退屈だったのか彼女が唐突にそんなことを言い出した。こちらに視線を向けてきた気配がしたので僕も手を止めて、彼女の栗色の瞳を見る。
「今日は天皇陛下が視察に出られました。さて、何を見たのでしょうか? 」
「……ヒントないの? 」
「私に良く似合うと思うよ」
「それで分かるなら、僕たちはもっと仲良くなっているんじゃないか? 」
僕の返しに莉奈は一瞬ムッとした表情を浮かべたが、そんなに問題のある発言だっただろうか。どうも気に障ったようなので好きそうな言葉を振りかけておくことにする。
「……なんでも似合うから、ちょっとわからないかな」
「ふふ、そんな褒めないでよ。じゃあ、さらにヒント。シキミはそんなに好きじゃないかも」
「正解させる気ないよね」
肩を竦めながらも僕は一応は正解にたどり着こうと考えている。そうして考えるときに特有の眼球運動をしてしまったのだが、これが良くなかった。僕の視界には彼女の内腿が映ってしまったのだ。
僕の無実を証明するためにちょっと僕と莉奈の位置関係を説明しようと思う。僕は部室の窓に背を向けて、コの字に並んだ長机の閉じた辺にいる。そして莉奈はその右の辺に座っており、さっきまではパイプ椅子の上で三角座り――体育座りをしていた。
しかし、間の悪いことに僕が視線を向けたときにちょうど莉奈が左足をおろし、片膝座りの状態になったのだ。こうなると僕の角度からは普段は本当に見えない太腿の内側が見えてしまうのである。
そして、人間は何かを考えるとき、右上に視線を動かす傾向にある。その時の僕も例外では無かった。無意識に視線を向けた先に彼女が片膝を立てていたのだ。果たして僕に非はあるのだろうか?
……言い訳が長くなってしまったけれど、結局この後に僕は罪を侵すことになる。
「うーん、露天風呂、とか? 」
「へ? 露天風呂? ちょっと予想外な解答だね。露天風呂好きじゃないんだ」
「あ、いや。別に。どちらでもない、フラットな感情を抱いてる」
僕の返答に莉奈は不思議そうな表情を浮かべた後、僕の視線をたどったようだ。ハッと目を見開くとニヤリと笑みを浮かべる。
「もしかして、これのせい?」
ペチペチと自分の太腿を叩く彼女から、さすがに目を逸らしてしまう。我ながら初心な反応だと思う。でも、見続けるよりは紳士的な反応だったんじゃないかと思うんだけど、どうだろうか。彼女は追及の手を緩めない。
「エッチな気持ちになって、そのまま私と露天風呂に行く想像をしてしまったんだね? 」
「違う。全然そんなことないよ。ただ頭に浮かんだだけ」
ふーんとぬるめの視線を投げてくる莉奈を宥めるように、僕は答えを要求した。
「それで、結局答えは何だったんだよ」
「ああ、正解はシクラメンだよ。シクラメン農家の人の作業を視察に行ったんだって」
「さすがにわからないよ。まあ、確かにシクラメンは君に似合うだろうけど」
「何色の花が似合うと思う?」
莉奈が立膝をやめた。そして、綺麗な姿勢で椅子に腰かけて何かを期待するような瞳で僕を見つめている。
「色? そうだなあ、ピンクかな」
「ふふ、ピンクか。良かった。赤じゃなくて」
「なんで?」
「内緒。でも嬉しかったということは言葉にしておくね。ありがと」
これ以上追及してもはぐらかされるだけだろう。仕方がないので些細な疑問をぶつけておくことにする。
「僕が好きじゃなさそうっていうのは? 」
「シキミって死ぬのとか苦しいのって好き? 」
「好きなわけないでしょ。……ああ、語呂合わせか」
シクラメンという名前から死苦という文字が見いだせる。僕が好きではなさそうというのは全くヒントになっていなかったな。
「そういうこと。今度見に行こうね」
「気が向いたらね」
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帰宅後、今日の会話を書き起こしていた際に思い立ってシクラメンの花言葉を調べてみた。
ピンクのシクラメン――憧れ、はにかみ
赤のシクラメン――嫉妬
だそうだ。それを知った僕の感想?
……ノーコメントで。