4 白い二尾魔猫
「グリゴリエル。彼のことはもう、春の女神に連絡したの?」
「はい。ここに来る前に、屋敷の方に連絡しておきました。ですが、今日は仕事に行かれているそうで、お帰りは明日以降になると」
「そうですか。それでは、私が説明を……。いや、でも……ん〜……」
僕が粘土をリュックに戻している間に、レムリエルさんとグリゴリエルさんは何か話をしていたようだ。
……さっき、レムリエルさんは春の女神の眷族だって言ってたっけ。
春の女神って、どんな人なんだろう?
もしかして、僕に粘土をくれた綺麗なお姉さん……?
「ソウタさん。今日はこのあと、何か予定がありますか?」
「予定というか、やらないといけないのは伯爵への報告ぐらいですが……」
「では、春の女神がお帰りになるまで、ここに泊まっていってもらうというのはどうでしょう?」
「それは、えーっと……ごめんなさい。仲間が森で待っているので、そんなに長く居るのは無理です」
「申し訳ありません。私もそんなに時間がかかると思ってなかったので、すぐ帰れると説明して、ここにお連れしました」
困っている雰囲気を察してくれたのかな?
イケメンの天使が僕をフォローしてくれた。
「そうですか……。では、また今度、互いにスケジュールを調整した上で、ここにいらしてもらえませんか? どうしてもあなたには、春の女神に会っていただきたいのです」
「それなら構いません。あの、でも……スケジュールの調整とか、ここに来る方法とかは……?」
「まずは、こちらを渡しておきます」
スーツ姿の女神がどこからともなく出したのは、若草色の綺麗な宝石が填まった指輪だった。
このサイズは大人の男性向け? 僕の指には大きすぎるような——
「どうぞ、お好きな指に填めてください」
「えっ? でも……。うわっ、縮んだ!」
試しに左手の中指を通してみると、ピンクゴールドの指輪がすっと縮み、指にぴったりのサイズになった。
「その指輪にメッセージを送ります。災いから身を守る力もあるので、常に着けておいてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
左の中指に若草色の宝石。右の中指に紫水晶。
首には漆黒の勾玉と金色の認識票を掛けていて……。ちょっと多すぎ?
元の世界ではアクセサリーなんて一つも持ってなかったのに、こんなにいっぱい身に着けることになるとは。
「実際に移動する際は……。グリゴリエルを迎えに行かせましょう」
「はい。私が移動をお手伝いさせていただきます。もちろん、今日のお帰りもお任せください」
「よろしくお願いします」
「他に、話しておかないといけないことは——」
「僕からも、質問させてもらって良いですか? どうして、ルビィを見てあんなにびっくりしたのか……。何か理由があるんでしょうか?」
もう一つ、気になっていたことをレムリエルさんに聞いてみた。
「それは……。そうですね。これから先も同じようなことが起きるかもしれませんし、簡単に説明しておきましょう」
☆
ここに居るレムリエルさんは魔法の女神。大陸の一部を見守っている。
レムリエルさんの主が春の女神。大陸全体を見守っている。
春の女神を産み出したのが白の女神。原初の女神とも呼ばれていて、ゴツゴツした岩と海だけだったこの星に、命をもたらした存在。
娘たちに任せてこの地を去るまで、白の女神が星全体を見守っていた。
「そして、白い二尾魔猫は……。白の女神の使徒なのです」
話を聞いてもまだ、よくわからないけど……。簡単に言うと、残業していた平社員が、部長どころか社長のペットを見つけてびっくりした感じ?
社長はもう帰宅したはずなのに、どうしてって……。それなら、あんなに驚くのもわかるかな。
「だとしたら……。僕の夢に出てきたのは、白の女神? でも、白の女神はこの地を去ったんですよね?」
「はい。少なくとも私は、そう聞いてます。ですから、グリゴリエルから話を聞いても信じられなかったのですが……。驚きました」
「私も、最初にルビィさんを見た時は、心臓が止まるかと思いました。話に聞いたことがあるだけで、白い二尾魔猫を見るのは初めてでしたし。本物の使徒だとしたら、抱っこしてるソウタ殿が、その……。白の女神が、お忍びで帰ってこられたのかと……」
「えっ⁉ えーっと……。念のために言っておきますけど、ここに居るルビィは僕が造った相棒ですし、僕は普通の人間ですから。そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「ふにゃあぁぁ〜」
名前を呼ばれたのがわかったのかな?
レムリエルさんの返事に続いて、太ももの上で丸まっているルビィまで、あくび混じりの返事をしてくれた。
……どうでも良いことだけど、天使にも心臓があるんだな。
「あとは、白い粘土についても教えて欲しいんですけど……」
「私にわかるのは、ソウタさんが持っているのが、本物の女神の土だと言うことぐらいです。春の女神であれば、もっと詳しいことをご存じですので、その辺りの話は直接尋ねて頂ければ……」
「わかりました。春の女神に会える日を、楽しみにしています」
「私からも、いくつか質問させて宜しいでしょうか?」
軽く右手を挙げて発言したのは、タキシード姿の天使だった。
「何ですか? グリゴリエル」
「ソウタ殿の肩に乗っている小鳥……。トパーズさんというのですよね? もしかしてこちらも、ソウタ殿が造られたのでしょうか? それと、ガーディアンを倒した方法も教えて欲しいのですが」