2 魂の循環
足元から光が上がってきて、視界が隅々まで白く染まる。
ふわりと身体が浮いたような、エレベーターが急に動き出しような、不思議な感覚。
光が静まった時、僕はもう、建物の一室にいた。
そこは、窓の無い部屋だった。
白い床。白い壁。白い天井。どこにでもあるような木製のドア。
足元には森で見たのと良く似た魔方陣が描かれている。
すぐ横には、白いタキシード姿の天使が立っていた。
「ふぅ……。無事に成功したか」
「……無事に成功した、とは?」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。この魔法を使ったのが、かなり久しぶりだっただけです。……四百年ぶりでしょうか?」
そう言って、天使がにっこり微笑んだ。
……ここに来たのは失敗だったかな?
「応接室に案内しますので、こちらへどうぞ」
美青年天使がドアを開けてくれた。
外の廊下には大きな窓があり、雲一つない青空と、まっすぐ伸びた太い樹が見えている。
「ここは……。どこですか?」
「ここは、私たち天使が羽を休めるのに使っている浮島です。わかりやすく言うと、空に浮いてる島ですね」
「浮島……」
ゲームやアニメなら、空に浮いてる島は珍しくないけど……。魔法のある世界なら、これぐらいあってもおかしくないか。
窓に近づき、外の様子を確認する。
僕たちが居るのは建物の一階で、建物の周りには地面が広がっている。
太い樹の周りには芝生が植えられていて、どこかの公園みたいだ。
ただし、その地面は二百メートルほど先で途切れていて、そこから先は青空になっていた。
「場所で言うと、さっきまで私たちが居た森から、八千メートルほど上空になりますね」
「ラピュタは本当にあったんだ……」
「……何か言いましたか?」
「あっ、いえ。何でもないです」
あぶないあぶない。
心の声が勝手に漏れていたようだ。
☆
革張りのソファに木製のローテーブル。
部屋の隅に置かれた観葉植物の鉢植え。
天使に案内されたのは、会社にあるような普通の応接室だった。
「ソファにかけてお待ちください。もうすぐ、上司も来ると思います」
「あっ、ありがとうございます」
僕がソファに座ると、美青年天使も向かい側の席に腰を下ろした。
「上司が来る前に、私の話を終わらせておきたいのですが……。あの森に縛られていた魂を解放してくれたのは、あなたですよね?」
「えっ? えーっと……。僕はただ、伯爵からの依頼で、ゴーレムを倒しただけなんですが……」
厳密に言うと、ゴーレムを倒したのはオニキスなんだけど、そこまで説明してると話が長くなりそうだし、僕が倒したと言っても間違いではないだろう。
……もしかして、あのゴーレムを倒しちゃいけなかったのかな?
「ああ、いえ。心配されているようなことはありません。私はただ、あなたにお礼を言いたくて、地上へと降りたのです」
「お礼って……?」
「長い間……。本当に長い間、私たちを悩ませていた問題を、あなたは解決してくれたのです。ありがとうございました」
ソファに座ったまま、イケメン天使が深々と頭を下げた。
お礼を言われても、理由がわからないんだけど……。
「すみません。もう少し、詳しく説明してもらっても良いですか?」
人が亡くなった時、魂は天界へと還り、再び生まれるまで眠りにつく。
これが魂の循環。これが輪廻転生。
何人たりとも逃れられない絶対の原則。
しかし、大戦で多くの命が失われたのに、魂がほとんど還ってこないケースがあった。
「その原因となった、魂を引き止めた存在。それが——」
「あの森に居た、ゴーレムですか?」
「そうです。念のために言っておくと、他にも様々な理由で魂が地上にとどまるケースがあります。ただ、あのゴーレムはあまりにも規模が大きく、周囲の環境に影響が出るほどだったので……」
アイアンゴーレムが彷徨うようになってから、渓谷が雲に覆われて妖しい森ができたって、フォルデンさんが言ってたっけ。
それも全部、ゴーレムが集めた魂の影響?
そもそも、何千年も彷徨ってる時点ですごいけど。
「ゴーレムから青白い光が抜けていくのが見えたんですが、あれが、引き止められていた魂……?」
「その通りです。……あなたにも視えるんですね」
「前にガーディアンを倒した時は視えなかったんですけど、昨日、北の戦場跡でストーンゴーレムを倒した時に気が付きました」
「ガーディアンを倒した……? そんなことまでしたんですか⁉」
「あれはたまたま、勢いでそうなっただけで……」
美青年天使が目を見開いて驚いてる。
……ガーディアンの話はしない方が良かったかな?
でも、森に居たアイアンゴーレムを倒したのは知ってるんだし、そんなに変わらないよね?