9 野良ゴーレム討伐(前編)
速度を上げて近づいてきたストーンゴーレムが、オニキスに殴りかかる。
巨人サイズのオニキスが、広げた手の平で石の拳を受け止めて、空いている方の手でゴーレムの胸元へと鉄の拳をたたき込む。
——ドゴオオオォォォォンンン……
重い物が砕ける鈍い音が、静かな草原に響き渡る。
その一撃で、野良ゴーレムは動かなくなった。
……人魔大戦からだと、八百年くらい?
僕がこういうことを言うのはおかしいかもしれないけど……。長い間、おつかれさまでした。
胸の前で両手を合わせ、そっと目を閉じる。
再び目を開けた時、砕け散ったストーンゴーレムの身体から、青白い光がすーっと抜けていくのが見えた。
高く、高く、天へと昇っていく淡い光。
これって、もしかして……。ゴーレムに残っていた魂?
ガーディアンの時は何も見えなかったと思うけど、石像使いとして成長して、見えるようになったのかな?
「ソウタ殿。この後はどうしますか?」
そう、僕に声をかけたのは、アンデッドから襲われないように、周囲を警戒してくれていたアラベスだった。
結局、何も出なかったけど……。もっと遅い時間だと危なかったのかな?
ゆっくり視線を上げると、もう、遠くの空がうっすらと暗くなっていた。
「次のゴーレムを倒しに行くには、ちょっと遅すぎる時間だよね。ルハンナの街まで戻るにしても、途中で夜になりそうだし……」
「この近くで宿を探すのはどうでしょうか? ここに来る途中、街道沿いに小さな町がありました。あそこなら、今からでも宿が取れると思います」
そう、声をかけてきたマイヤーも、アラベスと同じように、周囲の警戒をしっかり続けている。
……ごめんなさい。僕は思いっきり気を抜いてました。
「それじゃあ、近くで宿を探すと言うことで……。でも、その前に、フォルデンさんをどうにかしないとね」
野良ゴーレムとオニキスの戦いが、よっぽどショックだったのかな?
地面に両膝をついて、両手で頭を抱えた姿勢で、フォルデンさんは動かなくなっていた。
口は開きっぱなしだし、目は見開いたままで……。大丈夫かな?
見届け役を放置する訳にも行かないし、そろそろ立ち直って欲しいんだけど。
☆
トパーズに乗せてもらって、草原の南にある宿場町に移動。
やっぱり小さい町の方が、トパーズを降りて町に入るまでが楽だな。
宿を取って、美味しいご飯を食べて、この日は早めに寝た。
翌日。早めに朝食を済ませて出発。
まずは、ルハンナの街から見て南東にいる、ゴーレム退治に向かった。
大きな問題も無く、平原を彷徨っていたストーンゴーレムを撃破。
再びトパーズに乗り込んで、最後のゴーレムの元へと向かう。
上空からの景色を楽しみながら、横に座っているフォルデンさんに、気になっていたことを尋ねてみた。
「さっき、オニキスとゴーレムが戦ってた時に、平原の端っこの方に誰かいたのに気が付きましたか? フォルデンさん」
僕はまったく気付いてなかったんだけど、トパーズに教えてもらった。
後でこっそり、アラベスとマイヤーに聞いてみたんだけど、二人は最初から気が付いてたそうだ。
こちらに……。と言うか、僕に手を出すような様子がなかったので、そのまま放置していた、と。
「私にも、詳しい話はわからないのですが……。昨日の夜、ソウタ殿が北のゴーレムを討伐したことを、通信水晶で報告しました。その報告を受けた伯爵が、もっと詳しい情報を集めるために、配下の者を手配したのではないかと」
「だとしたら……。次のゴーレムのところにも、誰か来てるかな?」
見られて困ることはしてないつもりだけど、なんだか恥ずかしいし。見物人がいるのなら事前に知っておきたい。
「……おそらくですが、それはないでしょう」
「えーっと……。それは、何か理由があって……ですか?」
「南西のゴーレムが居る場所は、一年中曇っている薄暗い森で、遠くから監視するような作業には向いてないのです。それと、その……これは余談ですが、この地方に住んでる人間なら、誰も行きたがらない場所でもあります」
「もう少し、詳しく教えてもらっても良いですか?」
遙か昔、重要な砦があった渓谷。
そこに攻め込んできた魔族と、守ろうとする魔族。
魔族と魔族がぶつかり合い、一体のゴーレムだけが残された。
彷徨うゴーレムに誰も近づこうとせず、数え切れないほどの時が流れ、いつしかその地を、決して晴れない雲が覆っていた。
「砦へと続く谷間に妖しい木が育ち、今では、千年闇の森と呼ばれています」
「ちょっと待ってください。魔族と魔族が争ったってことは、つまり——」
「そうです。この先で待っているゴーレムは、最初の大戦……。魔族大戦の生き残りです」
「それは、聞いてないですよ……」
僕の方から、もっと詳しい話を聞いておくべきだったか?
北のゴーレムは人魔大戦の生き残りだって話だったし、南東のゴーレムも良く似てたから、次のゴーレムも同じだろうと思ってたんだけど……。
「この地方では有名な話ですし、ソウタ殿も、全て知った上で依頼を受けたのだと思っていたのですが……。すみません。もっと早く説明するべきでした」
「あぁ、いえ。ちょっとびっくりしただけで、大丈夫ですよ。やることは変わらないですし」
確か、ガーディアンが造られたのも魔族大戦の時代だったはず。
そう考えれば、この先に居るゴーレムも同じぐらいの強さじゃないかな?
たぶん、なんとかなるだろう。なると良いなぁ……。
「ソウタ殿とオニキスさんなら、大丈夫ですよ」
後ろに座っているアラベスが声をかけてきた。
どうやら一番弟子は、僕たちの勝利を疑ってないようだ。
「念のために聞いておきたいんだけど……。この先のゴーレムについて、アラベスは知ってたの?」
「はい、知ってました。ゴーレムに関する調査で森の近くまで行って、遠くから観察したこともあります」
「そういうことは、早く言うように——」
「あっ、ほら! ソウタ殿、前方に雲が‼」
空は綺麗に晴れているのに、アラベスが指差す方向だけ、黒々とした雲が広がっていた。




