4 初めての冒険
屋敷の二階にある喫茶室。
マイヤーが入れてくれたお茶を飲みながら、僕は筆頭メイドのエミリーさんに話を聞いていた。
「伯爵の城を訪問するのにかかった費用ですか?」
「うん。エミリーさんに任せっきりで、いくらぐらいかかったのか聞いてなかったでしょ。ざっくりした数字で良いから、教えてもらえる?」
「ソウタ様の衣装を新調した代金に、アクセサリーの購入費。移動にかかった経費を合わせて……。金貨七十枚ほどでしょうか」
一回の訪問で七十万円か……。
いや、でも、服やアクセサリーはこれから先も使えるし、ゲートは使用料が高いって聞いた覚えがあるし、これぐらいなら納得できる範囲かな?
「ただ……。アラベス様やマイヤーの衣装にかかった費用も、ソウタ様はご自分が出すと言ってましたよね?」
「あぁ、うん。僕の訪問に付き合ってもらうんだから、僕が費用を出すべきだと思ったんだけど……。駄目かな?」
「素晴らしいご意見です。ですが、その場合……。先ほど言った金額に、二人の衣装にかかった費用を合わせて、総額で金貨五百枚ほどになります」
「ご、ごひゃくまい……?」
「伯爵の晩餐会にふさわしいドレスを仕立てましたし、ドレスに合わせてアクセサリーを選んだので、これぐらいになります」
「そうですか……」
つまり、二人の衣装だけで四百万円以上かかってる?
女性の衣装は高いものだし、それに合わせてアクセサリーを選んだら、こうなるのはわかるけど……。
こんなことなら晩餐会の時、もっとしっかり見ておくべきだったか?
いっそのこと、僕が晩餐会を開けば——
「ソウタ殿。やっぱり、衣装の代金は自分で出します」
「いや、予定通り僕が出すよ。こう見えてもアラベスの師匠だし、少しぐらい良いところを……。もちろん、マイヤーの分も僕が出すからね」
「ありがとうございます。ソウタ様」
僕の驚いた顔を見て、気を使ってくれたんだろう。
アラベスの意見は嬉しかったけど、ここで譲る訳にはいかない。
二人には面倒なことを任せっきりだし、たまには屋敷の主として、かっこいいところを見せないとね。
「……念のために聞いておくけど、それぐらいの余裕はあるよね?」
「はい、大丈夫です。私どもが預かっている予算は、まだ1パーセントも減っていませんから」
僕の質問に、エミリーさんは余裕の表情で答えてくれたけど……。
金貨五百枚払っても、予算が1パーセントも減ってないって、それはそれで怖いんだけど。
勝手に僕を召喚したお詫びだと言って、マルーンからある程度のお金を受け取ったはず。
マイヤーが預かってきたお金を、そのまま、中身を確かめずにエミリーさんに渡して管理してもらってるんだけど……。いくらもらったんだろう?
……いや、待てよ。論点を間違えてる。
問題なのは残りの予算じゃなくて、お金を使っているのに全然稼いでないのが問題なんだ。
この屋敷に来てから、好きなことしかしてないからなぁ……。
冷めてしまったお茶を飲んで、喉を潤す。
気分が落ち着いたところで、話を切り出した。
「支出はわかったけど、収入は今のところゼロだよね? そろそろ、真面目に仕事をしようと思うんだけど……。まずは冒険者ギルドに行って、僕でもできそうな依頼を探すところから、かな?」
「まさか、こんな話になるとは思ってなかったのですが……。ソウタ殿に見てもらいたいものがあります」
話を聞いていたアラベスが、腰のポーチから一枚の紙を取り出した。
素直に受け取って、折りたたまれた紙を開く。
「えーっと……。野良ゴーレム討伐依頼? 報酬は金貨千五百枚⁉ これって、冒険者ギルドの依頼?」
コピー用紙ぐらいのサイズの紙に、仕事の概要や報酬金額、依頼主の名前が大きな文字で書いてある。
下の方の小さな文字は、詳しい説明かな?
「はい、そうです。買い出しの途中でギルドに寄ったのですが、そこでギルドマスターから相談されまして……。おそらくこれは、ソウタ殿を呼び出すための依頼ではないかと」
「……どういう事か、説明してもらえる?」
ギルドマスターって言うのは、冒険者ギルドの各支部をまとめている、支部長のことだよね?
そんなに偉い人から相談されるほど、おかしな依頼ってこと?
「そもそも野良ゴーレムの討伐を、冒険者ギルドに依頼されること自体が異常なのです。本来なら各地の領主が、兵を集めて討伐するような相手ですから。ギルドマスターも、こんな依頼は見たことがないと言ってました」
「変わった依頼だってことはわかったけど……。僕を呼び出すって話は、どこから来たの?」
「討伐する対象はゴーレムが三体で、報酬が支払われるのは『全て討伐した場合のみ』となっています。こんな依頼を受けられる冒険者なんて、大陸中を探してもいません。考えられるとしたら——」
「ガーディアンを倒したオニキスだけ? なるほどねぇ……」
話を聞きながら、下の方に書いてある小さな文字を読んでみた。
どうやら、アラベスの話に間違いはないようだ。
対象となる野良ゴーレムが居るのは、バラギアン王国の南東地方。
ディブロンク伯爵が治めているのが北東地方だから、あの辺りから南に行ったところだろう。
……トパーズに乗せてもらえば、一日あれば行けるかな?
「この、依頼主のルハンナ伯爵と言うのは、どんな人かわかる?」
「バラギアン王国の南東地方を治めている地方領主ですね。美貌と才気を兼ね備えた女性として有名です」
「女性の伯爵なんだね。……そんなにすごい人が、どうして、僕を狙い撃ちするような依頼を?」
「ギルドマスターとも同じ話題になったのですが、オニキスさんがガーディアンを倒したのが、二ヶ月ほど前ですよね? その情報が、最近になって南東地方に届いて、この依頼に結びついたのではないかと」
「ガーディアンを倒せる鉄の巨人なら、野良ゴーレムぐらい簡単に倒せるだろうって考えて? ありそうだなぁ……」
「もちろん、決めるのはソウタ殿ですが……。悪い依頼ではないと思います」
報酬は魅力的だし、僕はこの依頼に、かなり乗り気になっていた。
けど……。徐々にアラベスの声が大きくなってるのが気になる。
なんだか興奮してる? 勝手に盛り上がってる?
何か、変な想像でもしてなければ良いけど。
「私からも一つ、宜しいでしょうか?」
横に立っているマイヤーから声がかかった。
いつの間にか、エミリーさんの姿が部屋から消えてるけど……。この話は聞かない方が良いって判断したのかな?
「もちろん良いよ。気になることがあったら何でも言って」
「オニキスさんがガーディアンと戦ったのは、予定にない出来事でした。先代魔王とも戦いましたが、あれは城の奥にある演習場で、目撃した人物も限られています」
「うん、そうだね。それで……?」
「この依頼で討伐対象となっているゴーレムは、おそらく、古い戦場跡を彷徨っていると思われます。オニキスさんなら野良ゴーレムが相手でも問題ないでしょうが、その近辺で誰が待ち構えているかわからないので……」
「あー……なるほど。ゴーレム退治の依頼はおとりで、本当の狙いは別にあるかもしれないってことだね」
「はい。その可能性を考慮しておいた方が良いと思われます。いきなり乱暴な手段を選ぶ可能性は低いでしょうが、事前に部隊を配置して、情報を集めるぐらいはやってくるでしょうから」
マイヤーは僕の安全を気にしてくれたようだ。
自分でも気にしてなかったのに……。
これも、ボディーガードの仕事のうちなのかな? 頼りになるなぁ。
「報酬は魅力的だし、少しぐらい見られても気にしないけど……」
むしろ、オニキスの働きぶりをしっかり見てもらって、暴れたりしないって安心してもらった方が良いのかもしれない。
「それじゃあ、周囲の警戒を怠らないってことで……。この依頼を引き受けても良いかな? アラベスとマイヤーには、同行してもらうことになるけど」
「私はソウタ殿の一番弟子ですから! たとえ行き先が地の底でも、雲の上だとしても、お供させていただきます‼」
「私もご一緒させて下さい。初めての場所でもソウタ様が困らないように、身の回りのお世話をさせていただきます」
こうして、僕の初めての冒険が決まった。