2 実験の日々(後編)
工作室の棚について、エミリーさんに相談してみた。
翌日にはもう、僕がお願いしたサイズで、立派な棚ができていた。
住み込みで働いている人の中に、こういう作業が得意な人が居るらしい。
このレベルで作ってもらえるのなら、僕の出番はなさそうだ。
エミリーさんと作業してくれた男性に、お礼を言っておいた。
……こういう時、目に見える形でお礼というかボーナスというか、特別な報酬を出した方が良いのかな?
これも仕事の範囲だから、気にしなくて大丈夫? 本当に?
ここは素直に、エミリーさんに従っておこう。
同じように、筆と塗料についても相談してみた。
粘土に使えるかどうかまではわからないが、おそらく、イムルシアの首都なら手に入るだろう、とのこと。
たまたま、横で話を聞いていたアラベスが、僕の代わりに買いに行ってくれるそうだ。
ついでに、魔力を通しやすい素材についても調べてもらうことにした。
僕の好みは粘土だけど、石とか木とか……。他にもあると思うんだよね。
可能なら、いろいろ試してみたい。
コンラウスみたいなストーンゴーレムを造るのも楽しそうだし。
設備が充実してきた工作室で、粘土を使った実験の日々。
魔力が尽きて動かなくなったゴーレムでも、再び呪文を唱えれば、前と同じように動き出すことがわかった。
狐に、兎に、亀に、恐竜と。
思いつくままにゴーレムを造ったけど、どれも問題なく動いた。
その中でも、ティラノサウルスみたいな恐竜で実験した時。
灰色の粘土を多めに使って、少し大きいサイズで造ったんだけど、魔力の消費もいつもより多かった気がする。
リンドウに確かめると、僕の感覚が正しかったようだ。
ゴーレムのサイズに応じて、必要となる魔力も変わってくるんだな。
……小さいゴーレムはどうなるんだろう?
そう思って、高さ五センチぐらいの土人形と、十センチぐらいの土人形を造って実験してみた。
どうやら、ゴーレムを小さくしても、必要となる魔力はほとんど変わらないようだ。
十五センチぐらいのサイズが基準なのかな?
別の素材だと、この辺りも変わってくるのかも。
やっぱり、粘土を触るのは面白い。
夢中になっていろいろ造っているうちに、自分の意思で魔力を絞ったり、多めに注入したりできるようになっていた。
魔力を絞るとゴーレムが動く時間が短くなって、多めに注入すると動く時間が伸びる。
どうやっているのか、自分でもうまく説明できないけど……。呪文を唱える時に考えていれば、その通りになるようだ。
十を超えるゴーレムを一日で造っても、リンドウに止められなくなった。
仮初めの石像の呪文に慣れてきた?
石像使いとして成長してる?
リンドウに聞いてみると、魔力の扱いがうまくなったそうだ。
同じように呪文を唱えても、無駄になっていた力が減って、効率よく魔力が伝わっている、と。
調子に乗って、自分で採ってきた赤い粘土で仮初めの石像を試してみたけど、これはうまくいかなかった。
魔力を使った感覚はあるけど、ゴーレムとして動いてくれない。
まだまだ、普通の素材を扱うにはレベルが足りないのか……。
立派な石像使いへの道は、先が長そうだ。
☆
灰色の粘土でいろいろ試して、ようやく決心が付いたので、ずっと気になっていた実験を開始。
つまり、『綺麗なお姉さんにもらった白い粘土で仮初めの石像を造ったら、どうなるのか?』を確かめてみる。
事前に想定していたのは、『灰色の粘土と変わらない』パターンと、『赤い粘土と同じで、僕には扱えない』パターンと、『魔力を通しやすくて、僕でも簡単に扱える』パターンの三通り。
呪文を唱えた途端、暴走するパターンとか無いよね? ナイナイ。
石像創造は成功してるし、大きなトラブルは起きないと信じよう。
まずは、ルビィとそっくりの白猫を造ってみた。
粘土の色や感触を変えて、白い毛並みや真っ赤な瞳を再現。もちろん、二本の尻尾まで完璧だ。
白い粘土を触るのは久しぶりだけど、やっぱり、思った通りに変化する粘土は素晴らしい。どんなものでも造れる気がしてくる。
……神様って、こんな気分なんだろうか?
「うまくいくと良いんだけど……。仮初めの石像!」
「ふにゃあぁぁぁ……」
「おおっ! 成功した‼」
できたばかりの白猫が、大きなあくびをしている。可愛い。
そう言えば、ルビィを造った時もこんな反応だったっけ。
「にゃあー……。にゃーにゃー」
「背中を撫でて欲しいんだね? ここかな……?」
優しく背中を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
ルビィを造った時は生命創造の呪文を使ったはずだけど、仮初めの石像でも動きは変わらないんだな。
動ける時間が制限されるだけ?
これも、いろいろ試して確認する必要があるか。
呪文を唱えた感想としては……。すごく扱いやすい?
灰色の粘土を使った時より、魔力の消費がずっと少なかった気がする。
この粘土なら今の僕の実力でも、大きいゴーレムを造れそう。
……いや、待てよ。
白い粘土でできてるってことは、変身もできるのでは?
ルビィみたいに、豹の姿になれるかも……?
白猫の身体を優しく掴んで、床に下ろしてやる。
手をかざして声をかけようとしたところで、名前が無いことに気が付いた。
「名前が無いと不便だよね……。いや、でも……。どうせ僕のことだから、仮初めの石像で何十体もゴーレムを造ることになりそうだし……。毎回、名前を付けるのは無理かなぁ……」
行儀良くお座りしている白猫が、僕の顔を見上げて、不思議そうな表情で首をかしげている。
名前……名前……。無いと困るけど、毎回考えるのは厳しい……。
新しく造った仮初めの石像は、みんな共通の名前で良いかな?
基本は共通で、何か閃いたら別の名前を付けるってことで。
まずは、共通の名前を——
「よし、決めた。お前の名前はアジサイだよ。アジサイ一号だ」
「ふにゃっ……? にゃあっ!」
前の世界で、田舎のおじいちゃんが育てていた紫陽花。
こっちの世界に来て、ベレス村で見た紫陽花。
今住んでいる屋敷の庭に植えてある紫陽花。
名前を考えていると、同じ種類でも環境に応じて色を変える花が、ふと、脳裏をよぎった。
同じ粘土から産み出されて、毎回形を変えるゴーレムには、ぴったりの名前じゃないかな?
アジサイも喜んでくれたようだし……。これで決まり、と。




