閑話休題 女神の独り言
久しぶりに、私だけの秘密基地に帰ってきました。
このところ仕事が忙しくて、ゆっくり休む時間もとれなかったのですが、たまには息抜きも必要でしょう。
お母様から割り振られた仕事を、最近は予定よりも早く進めています。
妹たちには内緒ですが、これは秘密の計画のためです。
ノルマに余裕を作っておいて、こっそり眷属を呼び寄せて、私とそっくりに変装させれば……。私が地上に行っても、バレることはないでしょう。
幸いなことに、私の眷属にはやることがなくて暇にしている者が大勢居ます。
……完璧な計画ですね!
それはともかく、疲れた体には休息が必要です。
まずは冷たいジュースを飲んで、気分を落ち着かせて……。
創多さんの生活を見守るのも久しぶりです。
最後に見たのは確か、大きくなったオニキスさんが、ガーディアンを倒したところでしたね。
ルビィさんが豹の姿になって、創多さんを背中に乗せて、すごく張り切っていたのを思い出します。
あと、オニキスさんが強くてびっくりしました。
お母様が産みだした最初の巨人族……。サイクロプスやヘカトンケイルよりも強いのではないでしょうか? さすがに言い過ぎかしら?
ちょっと、シロ。
あなたはここで、創多さんたちをずっと見守っていたのでしょう?
あれから、何か変わったことはなかったかしら?
……創多さんが新しい家に引っ越した?
森に囲まれた場所で、ルビィさんもトパーズさんも満足してる?
そう言えば、英雄の城でそんな話をしてましたね。
どうやら、創多さんにふさわしい立派な屋敷のようで良かったです。
でも、英雄の顔を思い出すと、ちょっぴり嫌な気分になるのは何故でしょう?
……気のせいですよね、きっと。
女神が人間に嫉妬するだなんて、そんなこと有り得ないですから。
☆
お久しぶりです、ルビィさん。今日も機嫌が良いようですね。
それで、今日はどこに向かってるんですか? 馬車に乗ってお出かけしているようですが。
……なるほど。偉い人に挨拶しに行って、その帰り道なんですね。
それで、創多さんがいつもより良い服を着ているんですか。
いつものラフな服装も良いですが、きっちりした服も良くお似合いで。
そして、創多さんは相変わらず、動物を撫でるのがお上手ですね。
背中を撫でてもらっているルビィさんから、安心感と満足感で蕩けそうになっているのが伝わってきます。
こんなに気持ちいいのですもの。
ご主人さまを好きになるのも当然ですよね。
五感を共有している私まで、蕩けてしまいそうで……。
……危ない危ない。女神ともあろうものが、身体の力がすっかり抜けてしまうところでした。
ちょっと、シロ。よだれを拭きなさい。
テーブルから落ちそうになってるわよ。
さて、気を取り直して……。
ルビィさん。最近、何か変わったことはありましたか?
えっ? 昨日、オニキスさんが偉い人と決闘した?
けど、あっさり勝ったから大丈夫?
……それは、本当に大丈夫なのでしょうか?
もう少し、詳しく教えてもらえませんか?
どうせ、シロも見てたんでしょう?
創多さんの話で、隠し事は許しませんよ。
……なるほど。
この国の先代魔王が、オニキスさんを相手に力試ししたのですね。
前に、魔族の娘が挑戦したのと同じようなものですか。
結果も同じような感じだった、と。
それなら、私が気にするほどのことでもないでしょう。
……本当にそうでしょうか?
なんだか、感覚が麻痺しているような気もします。
このところ、仕事で忙しかったのが原因かもしれませんね。そういうことにしておきましょう。
ルビィさんとお話ししている間に、馬車は小さな宿場町に着きました。
ここで食事をして、ここから先はトパーズさんで移動するのですね。
創多さんの会話から、この後の予定がわかりました。
お付きの二人……。確か、アラベスとマイヤーという名前でしたね。
アラベスの方は旅慣れているようですし、マイヤーの方はかなり腕が立つようです。この二人と一緒なら、創多さんも安心でしょう。
えっ? ボクがいるから大丈夫、ですって?
そうでしたね。創多さんには、もっと強い味方がいました。
ルビィさんと一緒にいれば、どこに行っても大丈夫ですよね。
話を聞いていたのでしょうか? 少し離れたところから、トパーズさんの鳴き声も聞こえてきます。
オニキスさんやリンドウさんも居ますし、たとえ魔王でも、創多さんに危害を加えるのは無理でしょう。
それで、その……。創多さんを見守る会に、私も入れてもらうのは駄目でしょうか?
えっ? 良いのですか⁉
私は創多さんの恩人だから、既にメンバーのようなもの……?
ありがとうございます!
近いうちに自分の身体で会いに来る予定ですので、その時、正式にメンバーに入れて下さい。
ええ、もちろんです。決して、創多さんにご迷惑おかけするようなことはしませんから。
……どうしてそこでルビィさんが、何かを言いたそうな表情に変わるのでしょうか?
ちょっと、シロ。あなたまで、疑うような目で女神を見るのはやめて。
☆
食事を終えた創多さんは予定通り、お付きの二人と一緒に、トパーズさんに乗って飛び立ちました。
深い森。尖った山々。大きな城塞都市。
やっぱり、トパーズさんの背中から見る景色は素晴らしいですね。
遙かな高みから見るのとは、大きく印象が違います。
創多さんを背中に乗せるのが嬉しいのでしょう。
トパーズさんも楽しそうにしていました。
最後は長い坂道を徒歩で登って、小さな鉱山跡に到着。
……家に帰るところではなかったのでしょうか?
こんなところに何の用事があるのでしょう?
どうやら予定通りの行動のようで、創多さんたちは大きな建物へと入っていきます。
一行を迎え入れたのは、前に創多さんを迎えに来たエルフの賢者ですね?
確か、ユーニスと名乗っていたはずです。
……わざわざ、こんなところで待ち合わせですか?
不思議に思いながら状況を見守っていると、部屋へと通された創多さんに、いきなり女性が抱きつきました。
見覚えがない女ですが……。誰ですか、これは?
誰の許可を得て、私の創多さんに——すみません、ちょっと言い過ぎました。
女神ともあろうものが、取り乱してはいけませんね。
落ち着きましょう。まずは深呼吸をして……。
……ルビィさんは落ち着いてますね。
見知らぬ女に、あんな無礼な行動を許して置いて良いのですか?
えっ? 危険な感じはしない? 頬ずりぐらい問題ない?
それは、野生の勘という奴でしょうか?
抱きつくのを許していると、どんどんエスカレートしますよ?
あれぐらいなら、私もやって良いってことですよね?
そうなったら、創多さんと私は……。私は——
私の妄想が広がるのより早く、ユーニスとアラベスが創多さんから女性を引き離しました。
そのまま、腕を抱えて部屋の外へと連れ出します。
何が何だかわかりませんが、平和になったことを喜びましょう。
ようやく、私も落ち着いてきました。
☆
気付くのが遅くなりましたが、部屋の奥に、魔族の老人が座っていました。
……なるほど。この老人も石像使いで、この人に会うために、こんな山奥まで来たのですね。
お茶の載ったお盆を手に、奥の扉から入ってきたストーンゴーレムを見て、創多さんは明らかに興奮しています。
私と再会した時も、これぐらい興奮してもらえるでしょうか?
石造りの人形に嫉妬するだなんて、私もまだまだですね……。
おや? 老人が出してきたのは、魂の水晶ですか。
懐かしいですね。お母様からもらって私も持っていますが、あれは、どこに仕舞ったかしら?
……それはともかく。老人が持ってきたのは、本物を真似て作った模造品のようですね。機能には問題なさそうですが。
創多さんが触れると、水晶が強く光りました。
光り方が強すぎるような気もしますが、気のせいでしょう。
女神の加護を受けた人間は、魂まで保護される……。でしたっけ?
だから、気楽に加護を与えてはいけないって、ずいぶん昔にお母様から注意されたような気がしますが、これも気のせいでしょう。
私が創多さんに加護を与えたのは、運命だったのです。
ちょっと、シロ。どうしてあなたが、大きくうなずいてるのかしら?
創多さんと老人は、楽しそうに会話を続けています。
最初こそ、少し手間取ったようですが、仮初めの石像にもすぐに慣れました。
あらっ? 気のせいかしら?
今、創多さんに感謝されたような気がしたのですが……。
私からも、創多さんに感謝しておきます。
あなたのおかげで私は、退屈な毎日から解放されたのです。
本物の石像使いと認められて、創多さんは老人から、ゴーレムの秘密を知らされました。
……さすが創多さんです。魂を分け与えた存在だと聞いても、すんなり受け入れられたようですね。
このような人を、度量が広いと言うのでしょう。
自分の寿命の話より、新しい粘土を気にするのはどうかと思いますが……。
粘土の話もまとまって、後は帰るだけでしょうか?
そう思っていたら、別の部屋に行っていた三人が帰ってきました。
創多さんに抱きついたエルフの女性……。マーガレットというのですね。
こちらも、すっかり落ち着いたようです。
さっきは興奮していたので気付きませんでしたが、この女性は普通のエルフではないですね?
この魔力量。妖精っぽい気配。うっすらとオレンジがかった髪。
ハイエルフのように思えますが……それだけでは無い? 直接見れば、もっとよくわかるのですが……。
マーガレットを見ていると、何故か、春生まれの妹を思い出しました。
春生まれの妹? そう言えば、どこかの城で伝説の英雄に会った時も、同じようなことを考えましたね。
……まさか⁉
ルビィさんの眼を借りて、マーガレットの手首の辺りを観察します。
……嫌な予感が的中しました。
他の人には見えてないでしょうが、手首に巻き付いている赤い糸が、創多さんの手首へと伸びています。
この女の正体は……。伝説の英雄として紹介された、マルーンですね!
巨人族の女性からハイエルフの女性へと、肉体が完全に変化していますが間違いありません。
魔法を使っている様子もないですし、どうやって完璧な変装をしているのかは謎ですが、細かい話は置いておきましょう。
マーガレットには要注意です。ルビィさんもそのつもりで——
えっ? 創多さんの味方なら問題ない?
強い味方が増えるのは大歓迎?
……そうですか。では、私だけでも頑張りましょう。
ちょっと、シロ。どうしてあなたが、にっこり微笑んでいるのですか?
あなたは私の味方ですよね?
違うとは言わせませんよ!