5 本物のゴーレム
「名のある石像使いに弟子入りして、まずは粘土を使って練習して、仮初めの石像を使えるようになって、最後に石像創造を教えてもらうのが、ワシの知っている石像使いになる方法でしたが……。どうやらソウタ殿は、まったく違ったやり方で石像使いになったようですな」
「それは……すみません。自分でも、よくわかってなくて」
「謝るようなことではないですぞ。過去にもソウタ殿と同じように、突然閃いて石像使いになった者が居るそうですし」
「……そうなんですか?」
「師匠が残した文献に、そのような記述がありました。……ワシは大した腕前ではないですが、ワシの師匠やそのまた師匠は有名な石像使いでしてな。代々受け継いできた資料も、かなりの物なんですよ」
白髪の老人が、テーブルの横に立っているストーンゴーレムを見る。
たしか、コンラウスって名前だっけ?
こんなゴーレムを造れるのなら、十分すごい腕前だと思うけど……。師匠はもっとすごかったってことか。
「にゃあっ! にゃあにゃあ!」
「どうしたの? ルビィ」
白猫の鳴き声に釣られて、テーブルの上に視線を向けた。
ついさっき、僕が造った土人形の前で、ルビィは可愛くお座りしている。
土人形はサイズこそ小さいけど、コンラウスと呼ばれたストーンゴーレムを忠実に再現していて——あれっ? 何かおかしい? 身体から力が抜けた?
「……動かなくなってる? どうしたんだろう?」
「魔力が尽きたのです」
「あっ‼ あー……そういうことですか。そこが、仮初めの石像と石像創造の違いなんですね」
老人のつぶやいた一言で、全ての理由がわかった。
仮初めの石像は、動ける時間が決まってるんだ。
「ソウタ殿が経験を積めば、仮初めの石像でも丸一日ぐらい動かせるようになるでしょう。ですが、それ以上は……」
「そうですか……。でも、そうすると……僕の造ったゴーレムが、今でも動いてるのは……?」
オニキスやリンドウがずっと動いているのは、単純に呪文が違うから?
自分でも気付かないうちに、大量の魔力を使ってた?
「仮初めの石像は、粘土に魔力を注いでゴーレムを造る呪文。ですから、魔力が尽きれば動かなくなるのが道理……。しかし、石像創造は原理が違うのです」
「……どういう事ですか?」
「石像創造で使うのは……自らの魂。魂を分け与えて造るのが、本物のゴーレムなのです」
魂……。魂って何だろう?
人が死んだら魂になって、生まれ変わるのが輪廻転生……だっけ?
「寿命を分け与えた存在と言えば、わかりやすいでしょうか?」
「えっ⁉ あっ、いや、でも……。それぐらいなら……」
右手の中指に填まっているリンドウ。
勾玉になって首に掛かっているオニキス。
可愛くお座りしたまま、僕の方を見ているルビィ。
すっと目を閉じると、トパーズの見ている景色が脳裏に飛び込んできた。
……近くに危ない獣は居ないって? 見張っててくれたの? ありがとう。
たぶん、今の話はゴーレムに限ったことじゃなくて、ルビィやトパーズも同じなんだろう。なんとなく、そんな気がする。
でも……。僕の造った相棒は、みんなすごい力を持ってるし、いろいろと助けてくれるし、寿命が減るぐらい仕方がないよね?
むしろ、それぐらいで済むのならラッキーか?
デメリットも無しにすごい力が使えるのもおかしいし、こっちの世界に来た時に見た目は若返ったみたいだし。寿命ぐらい——
あれっ? 僕の寿命ってどうなってるんだろう?
元の世界では三十代半ばだったけど、この身体だと……?
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」
「……大丈夫、とは?」
「先ほど、あの石で確認したのが、ソウタ殿の魂です」
老人の視線の先には、透明な水晶玉が置きっぱなしになっていた。
「ソウタ殿が触ると強く光ったでしょう? 寿命に換算して、あと何年とは言えませんが……。本物のゴーレムを何体か造っても、まだまだ長生きできることでしょう」
「そうですか……」
おじいちゃんの表情は穏やかだけど、言葉の端々に、自嘲っぽいニュアンスが含まれているような……。
けど、寿命の話なんて、突っ込んで聞くのも問題がありそう。
他人の寿命を知るなんて、嫌な結果になるとしか思えない。
「とはいえ、適当な思いつきで本物のゴーレムを造るのは、あまりお勧めできませんな。まずは、仮初めの石像で様子を見て、動きを確認してから本物のゴーレム造りに取りかかるのが良いでしょう」
「わかりました。いろいろ教えていただいて、ありがとうございます」
これからは、もう少し慎重になろう。
屋敷に帰ったら、仮初めの石像でいろいろ実験して……。
でも、魔力を通しやすい素材って、どこで手に入るんだろう? イムルシアの首都なら売ってるかな?
「……もし良かったら、こちらの粘土をお譲りしましょうか? ソウタ殿の練習にはぴったりだと思いますぞ。もちろん、只でという訳にはいきませんが」
粘土の入った箱を手で指して、ローブ姿の老人がにっこり微笑んだ。
微妙に雰囲気が変わった? 僕たちが部屋に入ってきた時の雰囲気に戻ったと言うべきか。
……他の人に聞かせられない話は、ここまでかな?
「ありがとうございます! 助かります。お金の話は……マイヤー! こっちに来て話を聞いて!」
「何かご用でしょうか? ソウタ様」
離れる時はゆっくり歩いていたマイヤーが、一瞬で横まで戻ってきた。
「粘土を譲ってもらうことになったから、代金を払ってもらえる?」
「はい。了解しました」
貴族の屋敷を訪問する服には似合わないので、いつものリュックは家に置きっぱなしになっている。僕の小銭入れも、その中に入ったままだ。
魔力を通しやすい粘土に、どれぐらい価値があるのかわからないが……。そこも含めて、マイヤーに任せておけば問題ないだろう。
マイヤーが老人と値段の交渉を始めたので、僕は動かなくなった土人形を粘土の入っている箱へと戻した。
さっきまで動いていた人形を潰して、元の粘土と一緒にするのは、心に来るものがあるけど……。いや、そうでもないかな?
よく考えると小さい頃は、どんなにうまく粘土細工ができても、その日の夜には潰して箱に戻してたっけ。
大きくなって、数日がかりで恐竜や動物を作るようになったけど、残してある物は一個か二個ぐらい。ほとんどが、記憶と写真に残ってるだけ。
家のパソコンにはモデリングしたデータが大量に詰まってるけど、あれは触れないからなぁ……。やっぱり、実物とはちょっと違う。
そう考えると、自分で造ったルビィやトパーズたちに囲まれて暮らす生活は理想的だな。こっちの世界を選んで、正解だったか。




