10 次の街へ
雲一つ無い青空。統一感の感じられる建物。
馬車に揺られながら、綺麗な街並みをぼんやり眺める。
「昨日は大変だったねぇ……」
ディブロンク伯爵の城を訪問したら、何故か、オニキスと先代魔王が力試しをすることになった日の翌日。
僕たちは美味しい朝食をごちそうになった後で、伯爵の屋敷を出発して、次の目的地へと向かっていた。
「お父様が我が侭を言って……。申し訳ありません」
「えっ? あー違う違う。エメリックさんとの力試しも大変だったと言えば大変だったけど、大きな問題も無く終わったし。あれは、アラベスが謝るようなことじゃないし」
向かいの席に座っているアラベスが、心の底から申し訳なさそうな表情を浮かべている。
理由はわからないけど、僕はアラベスのお父さんに気に入られたみたいで、午後のお茶会の席でも晩餐会の席でも、アラベスのお父さんが隣に座って、いろいろと質問されたり話を聞かされたりした。
話の途中でアラベスのお父さんをどう呼べば良いのか迷っていたら、名前で呼ぶように本人からお願いされて、『エメリックさん』って呼ぶことになったんだけど——
「……いまさらだけど、僕みたいな一般人が、先代の魔王を名前で呼んで良いのかな? 伯爵は『陛下』って呼んでたよね?」
「ソウタ殿の場合、お父様から名前で呼ぶように言われたのですから、何も問題ありません。伯爵が陛下と呼ぶのは、人目のある場所では貴族としての立場が問題になるからでしょう。二人だけの時は、もっと気楽に話をしてますよ」
「それなら、大丈夫かな……」
「突然の力試しは驚きましたが、その後は予定していた通りに進んだと思うのですが……。何が大変だったのか教えてもらえますか? ソウタ様」
アラベスの隣に座っているマイヤーは、何かを心配しているような不安がっているような複雑な表情を浮かべていた。
「お茶会の席で、伯爵の家族を紹介されたでしょう? 奥さんが二人居て、騎士団に所属している息子さんが居て、娘さんは……長女は他の地方に嫁に行っていて、僕が会ったのは次女だって言ってたっけ? せめて名前だけでも覚えようとしたんだけど、途中で訳がわからなくって……。大変だったよ」
数え間違えてなければ、一気に七人も紹介されたはず。
家族を紹介されるとは思ってなかったし、人数も多くてびっくりした。
魔族は人間より寿命が長いそうだから、必然的に家族も多くなるのかな?
「念のために、お話ししておきますが……。普通は、初めての訪問で屋敷に通されることはありませんし、家族を紹介されることもありません」
「……どういう事?」
「この国では、城は領主が仕事をするための公的な場所で、隣の屋敷が家族と過ごすための私的な場所と考えられています。今回、私たちは顔見せの挨拶として訪問しただけですし、ソウタ様と伯爵は、それほど親しい仲ではなかったのですよね?」
「親しい仲も何も、ガーディアンと戦った後で軽く話をしただけだよ。あの時、マイヤーも居たよね?」
「やっぱり、そうですよね。それなのに、屋敷に通されるとは……」
演習場でアラベスのお父さんがオニキスに挑んだ後、僕たちは城に戻るのではなく、立派な屋敷に案内された。
お茶会も晩餐会も屋敷で行われて、豪華な部屋に泊まらせてもらった。
晩餐会ではアラベスもマイヤーもドレス姿で、伯爵の家族と比べても見劣りしないぐらい綺麗だった。
食事のマナーを指摘されることもなく、ダンスに誘われることもなく、無事に終わったのを僕はこっそり喜んでたんだけど……。
屋敷に招待されるって、そんなに大変なことだったの?
「アラベスのお父さんが居たから、ついでに僕たちも屋敷に案内されただけじゃないの? エメリックさんと伯爵は、本当に仲が良いみたいだし」
「その可能性はあります。ですがその場合、伯爵から家族を紹介されたのが不自然に思えるのです」
「そう言われてみると……」
アラベスやアラベスのお父さんは伯爵の家族と顔見知りだったようで、ちゃんと家族を紹介されたのは僕だけだった。
その間、アラベスはお父さんと話をしてたし、マイヤーは護衛っぽく、僕の後ろに立ってたはず。
……僕のためだけに、家族を集めてくれた?
あの時は深く考えずに、伯爵から言われるままに挨拶してたけど……。冷静に考えるとおかしいかも? 僕なんて、ただの一般人だよ?
「僕が異世界人だって伯爵は知ってるはずだし、異世界人が珍しいから家族に見せたかっただけなのでは?」
「そうですね。そう考えるのが妥当でしょうか……」
ガーディアンを倒した後で伯爵と話をした時、アラベスは僕のことを異世界人だって紹介してたはず。
伝説の英雄に保護されてる話もしてたから、その影響もあるかも?
「ソウタ殿……。最初に城で挨拶した時、伯爵やお父様が、『この国には大きな問題が起きている』と言っていたのを覚えていますか?」
マイヤーとの会話が途切れたタイミングで、今度はアラベスが話しかけてきた。
「ガーディアンの話だよね? それで、ガーディアンを倒せるのかどうか確かめたいから、オニキスで試すことになって……」
そういう理由で、アラベスのお父さんはオニキスと戦ってみたかっただけみたいだけど。
「あの時は、ガーディアンが問題だという話で終わりましたが……。この国にはもう一つ、もっと大きな問題があるのです」
「そう言われても、何も思いつかないけど……」
「アラベスさん。その話は、帰ってからでも良いのでは——」
「いや、それでは遅い。安全のためにも、ソウタ殿には早めに自覚してもらった方が良いだろう」
のんびりしているのは、膝の上で大きなあくびをしているルビィだけで、アラベスもマイヤーも、深刻そうな表情になっている。
「安全のため……? それって、僕に関係がある話なの?」
お茶会の席でエメリックさんと話をした時に、どの魔法ならガーディアンに通じるか、自分なりの予想を伝えておいた。
狭い演習場で派手な魔法を使えなかったみたいだし、魔王が本気を出せばガーディアンは何とでもなりそうだけど……。他にも問題が?
「ガーディアンは街を守るために造られたゴーレムです。そのガーディアンをオニキスさんは、あっさり倒しました。つまり——」
「あー……。ガーディアンでも街を守れないのは問題があるってことか。この展開は予想してなかった」
ずっと動いてなかったらしいし、ガーディアンがいなくなっても困らないだろうと思って、あの時、オニキスに壊してもらったけど……。そのせいで、オニキスが危険な存在になっちゃったのか。
「お父様が力試しを挑んだのも、オニキスさんの力を調べるのが、本当の目的だったと思われます」
「城の屋根裏部屋や周りの建物の隠し窓から、複数の人物が演習場を監視していました。おそらく、騎士団に所属する魔術師や賢者だと思われますが……」
「つまり、あそこでオニキスとエメリックさんが力試しをするのは、全部予定されていたってことだよね?」
「はい。そうだと思います。……お父様がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
「気が付いた時点で、ソウタ殿に報告できれば良かったのですが……。申し訳ありませんでした」
向かいの席に座ったまま、二人が深々と頭を下げる。
二人とも、つむじまで綺麗で、短い髪がさらりと揺れて……。
って、思わず見惚れちゃったけど、女性二人に頭を下げられると、こっちが落ち着かないんだけど!
「待って待って! 二人とも、何も悪くないから。力試しを受けるって決めたのは僕だし、周りから見られそうな演習場を受け入れたのも僕だから。アラベスもマイヤーも、謝るようなことはしてないよ」
「ですが……。お父様でも簡単には勝てないと判明したことで、オニキスさんの脅威がさらに高まってしまいました」
よく考えたら……。ガーディアンを倒した時点で、僕がオニキスを操ってるのはバレバレだったし、状況はそんなに変わってないんじゃないかな?
先代魔王でも勝てなかったって、そんなに問題になる?
……なるか。
国で一番強い人が魔王になるらしいし、その人でも勝てないってのは、確かに大きな問題だよねぇ。
「あくまでも可能性の話ですが……。オニキスさんを目的として、ソウタ様が狙われるような事態も考えておいた方が良いと思われます」
「それでさっきアラベスが、安全の話をしてたんだね」
「はい。ソウタ殿に紹介する予定の石像使いも、この近く……。ここから北東にある、小さな街に住んでいます。同じバラギアン王国の北東地方ですから、情報が回っていてもおかしくないですし、ソウタ殿にも気を付けていただいた方が良いと思いまして」
「わかった。できるだけ、気を付けるようにするよ。まぁ、いざという時にはルビィやリンドウも居るから、なんとかなると思うけど」
「にゃあにゃあ〜!」
話を聞いてたのかな? 膝に乗っている白猫が可愛い声で鳴き、右手の中指に填めている指輪がキラリと光った。