9 先代魔王とオニキス(後編)
魔法は効かないみたいだし、アラベスのお父さんは武器らしい武器を持ってないし、そろそろ終わりにした方が良いんじゃないかな?
そう思って声をかけるのより早く、アラベスのお父さんが僕たちの居る方を向いて話しかけてきた。
「ソウタ君。最後にもう一つだけ、試してみたい魔法があるんだけど……かまわないかな?」
「あっ、はい。わかりました」
……なんだか楽しそう?
やり過ぎで怒られるのを心配してたけど、この調子なら大丈夫そうだ。
「では、とっておきの技を……。はあっ‼」
再びオニキスと向き合う形になった先代魔王が、一声叫んだ。
ゆったりとしたサイズの白いシャツが、いきなり中から張り詰める。
「エメリック! それはやり過ぎだろ‼」
大きな声を出したのは、僕の横に立っている伯爵だった。
アラベスのお父さんは拳を握りしめて……。拳の周りが光ってるのは、魔力を集めてるのかな?
腕まで太くなってるのは、これも魔法の応用なの? 身体強化系?
「行くぞっ!」
気合いの入った声を残して、アラベスのお父さんの姿が消えた。
——ドゴオオォォォォンッ‼
次の瞬間、鈍い打撃音がオニキスの顔の辺りから聞こえてくる。
アラベスのお父さんは、一瞬であそこまで移動したの?
僕には全く見えなかったんだけど……。
いや、その前に、オニキスは大丈夫なのか?
……問題なさそうだね。こっちに向けて、小さく手を振っている。
オニキスの足元で、しゃがみ込んだまま動けなくなっているアラベスのお父さんの姿が、前に見たアラベスの姿と重なって見えた。
「えっと……。アラベスには、何が起きたのかわかる?」
「お父様の魔力が、急激に上昇するのを感じました。あふれそうになる魔力を拳に集めて、お父様はオニキスさんに殴りかかりましたが——」
「どうやら、拳を痛めたようですね。身体で闘うなんて慣れてないのに、無茶をするから……」
アラベスの言葉を途中で引き取ったのは、伯爵だった。
言葉遣いが微妙に砕けてるのは、何かが吹っ切れたのかな?
「それで、アラベスのお父さんは……。大丈夫なんでしょうか?」
「魔法を使って自分で治してるようですし、大丈夫でしょう」
そう言いながら伯爵は、アラベスのお父さんが居る方へと歩いて行く。
力試しは終わったようだし、オニキスの状態も気になるし、僕もアラベスやマイヤーと一緒に移動した。
「陛下。もう、気は済みましたか?」
「やっぱり、僕にはこういうのは向いてないね。魔法が効かなかった時点で、諦めておけば良かった」
「どれだけ魔法が得意でも、肉体を使った戦闘には練習が必要なのです。いざという時のためにも、もっと真面目に練習を……」
「僕はもう魔王じゃないんだから、いざという時なんて無いだろう? そういう話は、僕の息子に言ってやってよ」
「私のような普通の貴族が、魔王様にそんなこと言えませんよ。それに、誰に似たのかわかりませんが、現在の魔王はしっかりしてますから、日頃の訓練を怠るようなことはないでしょう」
「僕にはいろいろ言ってくるのに……。息子には甘いなぁ」
「甘いとか甘くないとかの問題じゃないです!」
……地方を治めている伯爵って、普通の貴族じゃないよね? 大貴族では?
現在の魔王は、アラベスのお父さんの息子なの? つまり、魔王はアラベスのお兄さん? アラベスは魔王の妹?
アラベスのお父さんと伯爵の会話が気になるけど……。ここで質問するのも問題がありそうだし、詳しい話はあとでアラベスに聞けば良いか。
「オニキス! 念のために診ておくから、ちょっと縮んで!」
僕が声をかけると、見上げているだけで首が痛くなりそうなほど大きかった鉄の巨人がすーっと縮み、人間サイズになった。
「殴られたのはどこ? 顔? んー……少しへこんでるみたいだけど、これぐらいならすぐ治るかな」
オニキスの頬を優しく撫でると、へこんでいた頬が元に戻った。
撫でられるのが嬉しいのかな? オニキスは喜んでるみたいだ。
「これで大丈夫、と。マントも問題ないみたいだし……おつかれさま。もう、戻って良いよ」
勾玉に戻ったオニキスを首に掛けて横を向くと、さっきまで話をしていたはずの先代魔王と伯爵が、不思議なものでも見るような表情で僕を見ていた。
オニキスを出すところを見てたんだし、そんなに驚くようなことはしてないと思うんだけど……?