5 再びバラギアン王国へ
雲一つ無い青空。統一感の感じられる建物。
馬車に揺られながら、綺麗な街並みをぼんやり眺める。
行き交う人々には魔族が多いが、人間や獣人族の姿もそれなりに多かった。
「ここに来るまで、大変だったなぁ……」
アラベスに弟子入りの課題を出してから三週間。
石像使いを紹介してもらうなんて、簡単だろうと思ってたら……まさか、こんなに時間がかかることになるとは。
城を訪問するときに着る服。晩餐会に招かれたときに着る服。
新しく仕立てた服に合わせて、靴やベルトやネッカチーフもそろえた。
晩餐会の服を着て鏡に映った姿を見ると、七五三の記念写真みたいで自分では恥ずかしかったけど……。アラベスもマイヤーも褒めてくれたし、これで大丈夫なんだろう。
……膝にはルビィが乗ってるけど、本当に大丈夫なのかな?
ちなみにトパーズは、大鷲の姿で上空を飛んでいる。馬車の窓から気になる建物が見えたら、トパーズの視界を借りてこっそり確認……。便利だね!
本当に大変だったのはマナーの勉強。
食事のマナーは思ってたほど厳しくなかったけど、ダンスは……。本当に必要なの? 絶対に覚えないと駄目? 貴族から誘われたら断れない?
どうも、エミリーさんはダンスにこだわりがあるようで、中途半端な仕上がりでは許してくれなかった。
一週間ほど練習したけどうまくなってる気がしなかったので、身体強化系の魔法を応用して、リンドウに身体を動かしてもらうことにした。
お手本を一回見せてもらっただけで、華麗な動きを完璧にコピー。
これは魔法がすごいというより、リンドウがすごいのかな?
伯爵の城へ行く日程が決まるまで、残りの時間は森を散歩したり、木彫りの彫刻を作ったり、粘土で遊んだりで……。
あれっ? 振り返ってみると、それほど大変でもなかったかな?
ベレス村に行ったときは、ついでに、隣の村で温泉に入ってきたし。
「デノヴァルダルに比べると、新しい建物が目立ちますね」
「ここは、二百年ほど前に新しく造られた街ですから。元の街はデノヴァルダルと同じような城塞都市だったそうですが、平和な時代になって人も増えて、城壁が邪魔になったのでしょう」
「それで、この街にはガーディアンが居ないんですね」
向かいの席に座っているアラベスとマイヤーも、街の景色を眺めながら話をしていた。
二人とも、これから伯爵の城を訪れるということで、いつもよりも上品な訪問用の服を着ている。今日だけマイヤーは専属メイドではなく、僕のボディーガードという立場になっているらしい。
……戦っているところを見たことがないけど、マイヤーって強いのかな?
今度、暇なときにでも腕前を見せてもらおう。
アラベスの説明によると、街の正式な名前は『新ディブロンク』らしい。
碁盤の目のように通りが整理されているのも、建物に統一感があるのも、街を作る前にあらかじめ計画してあったのだろう。
今では『旧ディブロンク』と呼ばれている古い街は、ここから東。ルナトキア王国跡地との国境付近にあるそうだ。
街の名前と領主の名前が同じなのは、この世界では普通なのかな? イムルシアでは関係ないみたいだし、魔族の国だけそうなってるのかも。
「アラベスはこの街に詳しいみたいだけど、前にも来たことがあるの?」
「まだ私が小さかった頃に、両親に連れられて……。伯爵の城にも、何度か行ったことがあります」
そう言えば、伯爵にお母さんを助けてもらったって、ガーディアンが暴れ出す前に言ってたっけ。結局、詳しい話は聞いてないけど。
「マナーは勉強してきたけど……あまり自信はないから。何か失敗したら、フォローしてもらえると助かります」
「はい。そこは、私とマイヤーにお任せください」
にっこり微笑むアラベスの笑顔が頼もしい。
伯爵と知り合いなら、いろいろ任せても大丈夫だろう。
ガーディアンを倒した後の会談でも、堂々と話をしてたし。
ちょうどアラベスと話をしてたタイミングで、僕たちを乗せた馬車が街道を曲がり、前方に立派な城が見えてきた。
長い緩やかな坂道を、馬車がゆっくり上っていく。
偉い人は高いところに住みたがる? それとも安全を考慮しているのかな?
この街には、貴族が住む場所と平民が住む場所を区切るような城壁はないけど、街の中心部は小高い丘になっていて、丘の上に伯爵の城や貴族の屋敷が集まっているようだ。
☆
途中で鎧を着た兵士が立っている門をくぐったりしたけど、馬車が止められるようなことはなく、城の前まで問題なく到着した。
落ち着いた雰囲気の執事に案内されて、来客用の部屋に通される。
ベテランの執事はみんな、簡単には動じない訓練を受けてるのかな?
この城の執事もマルーンの城の執事長と同じように、白猫を抱いている僕の姿を見ても、驚くような様子を見せなかった。
来客用の部屋は広さはそこそこだが、壁に掛かっている絵画とか、シャンデリアとか、カーテンとか、内装はどれも豪華でお金がかかってるようだ。何気なく上を見ると、天井まで金箔で装飾してあった。
前に写真で見たヴェルサイユ宮殿が、こんな雰囲気だったっけ。
客をもてなす部屋だから、わざとこんな作りにしてるのかな? 平和な時代に城を建てると、必然的にこうなるのかも。
「ソウタ殿。ようこそ、我が城へ」
ぼんやり内装を眺めていると、ディブロンク伯爵が男性二人を引き連れて部屋に入ってきた。
伯爵が連れてきた男性のうち、若い方の人には見覚えがある。
たぶん、ガーディアンを倒した後で面会したときに、伯爵の後ろで立ってた護衛の人だ。
けど、もう一人の男性は……?
「お父様‼」
そう、声をかけたのはアラベスだった。
伯爵と会ったときは僕から声をかけるように言われて、挨拶の言葉もしっかり覚えてきたんだけど……。全部すっ飛んだよ!