7 ガーディアン討伐(前編)
街道を進んできた部隊は城塞都市から一キロほど離れた位置で足を止めた。
幌馬車から降りてきたのは……ローブを着てる人が多いけど、もしかして魔法使いなのかな? アラベスの説明によると、どうやらそうらしい。
馬で移動してきた全身鎧の騎士が、全部で六十人ぐらいか。
弓や長槍やランスなど、馬車に積んであった武器を受け取って、戦いの準備を進めている。
魔法使いも同じぐらいの人数で、人によってはいかにも魔法使いらしい杖を手にしていた。
あらかじめ、作戦を説明してあったのだろう。
ミーティングをしているような様子はなかったが、部隊の中から二十人ほどの騎士と十人ほどの魔法使いが集まって、南の門へとゆっくり近づいていく。
三十人ほどの集団は瓦礫が残ってる場所よりも手前で街道を離れ、そこで魔法使いが集まって何か呪文を唱え始めた。
「おそらく、魔法使いが魔法で深い穴を掘って、そこに騎士がガーディアンを誘導して落とす作戦だと思います」
「南の門にはガーディアンが二体居るけど……。同時に相手するのは、さすがに無理があるよね?」
「そこは、うまくやると思いますが……」
予想される作戦をアラベスが説明してくれたけど……。本当に、これでうまくいくんだろうか? そんなに簡単に倒せるのなら、アラベスがここまで心配する必要もなさそうだけど。
僕たちが居るのは川沿いの土手で、三十人ほどの集団からも、後ろで見守っている残りの人たちからも距離があるけど、遠見の魔法とトパーズの眼のおかげで細かい表情まで見ることができた。
地面に向かって魔法を唱えている魔法使いも、周りを囲んでガーディアンを警戒している騎士も、一様に表情が硬い。
後方で待機している人たちも緊張しているようだけど……。一人だけ、豪華な鎧にマントを身に着けている人は落ち着いていて、堂々とした態度で立っているように見えた。
「あの、マントを着けてる人が伯爵であってますか?」
「そうです。バラギアン王国の北東地方を治めている、ディブロンク伯爵です」
白い髪。丁寧に切りそろえられた口髭と顎髭。
健康的に日焼けした肌。深く刻まれたシワ。鋭い眼光。
人間で例えると、年の頃は五十代半ばぐらいだろうか? もっと若い?
背は高く、鎧に包まれた身体も立派な体格で、後ろに控えている護衛らしい騎士たちと比べても、伯爵の方が強そうに見えた。
「この国では、偉い人が戦場で直接指揮するんですね」
「一番強い者が魔王となるのが、魔族の国では普通なので……。貴族の家でも同様に、力に優れた者が跡継ぎに選ばれることが多いのです。ですから、伯爵は部隊を率いる立場であるのと同時に、いざという時は自ら戦うために、あの場所に立っているのだと思われます」
強そうに見えるのは気のせいじゃなくて、実際に強いのか。
責任者が前線に出てくるのは危ないような気もするけど、全体の戦意も向上するだろうし、メリットの方が大きいのかな。
「ここからが本番のようですね……」
どうやら、魔法使いたちが唱えていた呪文が完成したようだ。
さっきまで何もなかった地面に、ガーディアンがすっぽり入りそうなほど大きな穴が開いている。
穴を掘る魔法で魔力を使い切ったのかな? 顔色の悪くなった魔法使いたちが、後方から見守っていた部隊の元へと戻っていく。
残された二十人ほどの騎士の中から背中に弓を背負っている騎士が二人、馬に乗ったままガーディアンへと近づいていった。
☆
作戦は途中まで、問題なく進んでいた。
弓を持った騎士がガーディアンに矢を放ち、二体の石像が動き出す。長槍を手にした騎士が馬に乗ったまま攻撃を仕掛け、反撃を受ける前に走り去る。どの攻撃もダメージを与えて動けなくするのが目的ではなく、ガーディアンを誘導するのが目的だった。
ガーディアンが歩くだけで、微妙に地面が揺れた。
振り下ろされる拳には恐るべき破壊力が秘められているようだが、全体的に動きは遅く、訓練された騎士なら攻撃をかわすのは簡単そうだ。
二十人ほどの騎士が二手に分かれ、入れ替わり立ち替わり攻撃を続ける。
片方のガーディアンは街道の西へと誘導され、もう片方のガーディアンは徐々に魔法で掘った穴へと近づいていく。
突然、穴に近づいていた方のガーディアンがバランスを崩し、直径十メートルほどの穴に頭から落ちた。
重い物がぶつかる音が聞こえてきて、地面の震動が離れた場所に居る僕たちまで伝わってくる。
「今のは……?」
「おそらく、ガーディアンの足元を魔法で崩したんだと思います」
「このまま生き埋めにするのかな?」
「どうでしょう……。騎士たちが何か準備しているようですし、ガーディアンが上がってくるところを狙って、一気に攻撃するのかもしれません」
ガーディアンを誘導していた騎士が大穴の周りに集まり、武器を構えた姿で呪文を唱えていた。
後方で待機していた部隊からも、馬を走らせて騎士が集まってくる。持っている武器が光ってる光景に、見覚えがあるような気が……。
「あれって……。前にアラベスさんも使ってた、武器を強化する魔法?」
「はい、そうです。それほど難しい魔法ではないので、この国の騎士なら全員が使えるのでは——」
「ソウタ様。ガーディアンの目が光ってます!」
はじめて聞く、マイヤーの焦った声。
僕とアラベスは落とし穴の方に集中していたが、その間もマイヤーは周囲に気を配ってくれていたようだ。
マイヤーが指差す先を見ると、街道の西へと誘導されたガーディアンの目が青白く光っていた。
戦闘モードに入ったのかな?
目が光っているガーディアンはもう一体の、大穴に落ちたガーディアンの方を睨んでいて、周りの騎士の攻撃なんて目に入ってないようだ。
ガーディアンは拡げた指で自らの脇腹を掴み、石のブロックを一つ、強引に引き抜いた。
何か遠距離攻撃の手段を持ってるだろうと予測してたけど、まさか自分の身体を弾にするとか……。さすがに?
「ソウタ殿。これが、私のわがままなのは重々承知してますが……。お願いですから、伯爵を助けてもらえないでしょうか? 伯爵には以前、困っていた母を助けてもらった恩が——」
「えっ? 良いんですか⁉ 僕もどうにかしたかったんだけど、この国の人間じゃないし、そもそも、この世界の人間でもないし。勝手に手を出したら怒られるんじゃないかと、心配してたんですけど」
「あとで問題になったとしても、私がどうにかします。ですから——」
——ドスッ……ドオオオォォォォン‼
目の光っているガーディアンが腕の力だけで、持っていたブロックを勢いよく投げつけた。大穴の横に突き刺さったブロックが激しく爆発し、騎士たちが何人も巻き込まれる。
直撃した人は居ないみたいだけど……。大丈夫?
これぐらい、騎士なら覚悟してきてると思うけど、倒れて苦しそうにしている馬が可愛そうだよ……。
「まずは、あのガーディアンをどうにかしてきます。アラベスとマイヤーは怪我人を助けて……。できれば、この場を離れるように言ってください」
「わかりました」
「ソウタ様? それって——」
何かを決意した表情のアラベスとは対照的に、マイヤーの方は状況が飲み込めていないのか、何か言いたそうな複雑な表情を浮かべていたけど、ちゃんと説明している時間も無いし、行動に移らせてもらおう。
「ルビィ、大きくなれ!」
「ああぁぁぁおおおぉぉぉー……」
僕の横でお座りしていたルビィが、みるみるうちに大きくなった。
久しぶりに豹の姿になれたのが嬉しいのかな? 大きく伸びをして、気持ちよさそうに吠えている。
昨日の夜、急いで造った首輪は予定通り、手綱へと変化していた。
「トパーズは穴に落ちたガーディアンを見張ってて! あと、他のガーディアンもこっちに来るかもしれないから、そこも気を付けてね」
「ピーゥ! ピーゥピーゥ……」
距離が離れていても、しっかり言葉が伝わったようだ。上空から大鷲の鳴き声が返ってくる。
白い豹の背中にまたがって手綱を握ると、僕が命令するのよりも早く、ルビィは街道の西に居るガーディアンに向けて走り出した。