6 討伐部隊到着
あまり目立たないよう、遠回りして森の中へと降りてもらい、そこから先は歩いてデノヴァルダルの街へと向かう。
針葉樹の森が気に入ったようで、トパーズは鷲の姿で山に残った。
このところずっと、スズメの姿やロック鳥の姿だったから、元の身体で自由に飛べるのが嬉しいのかな? 気持ちよさそうに空を飛んでいる。
これぐらいの距離なら呼べばすぐに来てくれるだろうし、トパーズの方も安心できるんだろう。たぶん。
本来なら、北の門を使えるのは街に住んでる人だけらしいけど、あらかじめアラベスが手配していたおかげで、僕たちはすんなり通ることができた。
住民の大半が魔族の街と聞いて、いろいろと想像してたんだけど……。思ってたより普通かな? 髪の色とか肌の色が人間の街より多種多様だけど、逆に言うと気になったのはそこぐらい。
服屋の店員さんも魔族。
街の警備をしてる人も魔族。
レストランで働いている人も魔族。
最初はびっくりしたけど、ネットで見たコスプレして街を歩けるイベントみたいな感じで、すぐに違和感がなくなった。
他の街から来た旅人や商人や観光客だろうか?
街を歩いている人の中には人間とかエルフとか獣人もそれなりに居て、僕たちが変な目で見られるようなことも無かった。
ただ……。マイヤーが言っていたように、誰からも活気が感じられない。下を向いて歩いてる人が多い。
自由に街を出られない状態が一週間も続いたら、ストレスも溜まるか。
いきなり家を壊されて、街に逃げ込んできた人も多そうだし。
トパーズが着くのは早かったけど、その後の、徒歩での移動で思ったより時間がかかったようで、アラベスの案内で宿に着いたときにはもう、空が薄暗くなっていた。
何千年も前に建設されたとは思えないほど美しい城。
城を取り囲むように建てられた何基もの塔。
夕日を浴びて輝く城と塔が、とても印象的だった。
泊まる部屋を確保して、ちょっと早いけど食堂で晩ご飯。
僕とマイヤーが空腹を満たしている間に、アラベスはギルドの支部や知人の家を回って、最新の情報を集めてきてくれた。
ガーディアンの討伐は、バラギアン王国の北東地方を治めている伯爵が主体となって行われること。伯爵の呼びかけに応じて、南にある大きな街に兵が集まりつつあること。集合を急いだため、兵の数はそれほど多くないが、腕に覚えのある騎士が中心となっていること。予定では明日の昼頃に、集められた兵がデノヴァルダルの街に到着すること。
アラベスの口調は落ち着いてたけど……。顔色が良くない?
どれだけ情報を集めても、不安を拭いきれなかったようだ。
☆
翌朝。ゆっくり朝食を済ませた僕たちは、西の門から街を出て、流れの速い川沿いに南へと向かった。
出発の時間も歩くコースも全てアラベスにお任せで、僕とマイヤーは一緒に歩いているだけ。
「それで……。アラベスさんは、どうなると予想してるの?」
「さすがに、ガーディアンと戦ったことがある者はいないが、集められた騎士の中には野良ゴーレムを倒した者もいるようだし、うまくいけば、ガーディアン討伐も可能ではないかと……」
「……野良ゴーレムって何ですか?」
「石像使いが亡くなったとき、普通は、その石像使いに造られたゴーレムも動かなくなります。しかし極まれに、残されたゴーレムだけが動き続ける場合がありまして……。そのようなゴーレムが、野良ゴーレムと呼ばれてるんです」
「あー……。そんなことがあるんですね……」
全く考えたこともなかったけど……。僕が死んだら、オニキスやリンドウはどうなるんだろう?
ルビィやトパーズは僕と関係なく生き続けるような気がするし、僕の分まで長生きして欲しいけど……ゴーレムは?
こういう話も、ちゃんと考えておかないと駄目なのか。
「人魔大戦が起きた時代までは、腕の立つ石像使いが大勢居て、戦争にも投入されたそうです。そこで石像使いが倒されて、野良となったゴーレムが暴れ続けて問題になることもあったそうで……」
「戦争が終わっても、野良ゴーレムが残って……。それを倒した人が、ガーディアン討伐に呼ばれたってことですか」
「その通りです」
あれ? 人魔大戦は八百年ぐらい前の話って言ってなかったっけ?
その頃に野良ゴーレムを倒したとしたら、今では何歳……?
いや、待てよ。ずっと暴れ続けていた野良ゴーレムを、最近になって倒した可能性もあるのか。
「そんなにすごい人が討伐に参加しても……。アラベス様はまだ、安心できないのでしょうか?」
空は綺麗に晴れていて、爽やかな風が頬を撫でる。
川の土手にはタンポポが咲いていて、ルビィは蝶々を追いかけている。上から下まで真っ白のルビィに、新しく造った赤い首輪がよく似合っていた。
これが、ただのピクニックだったら良かったんだけど……。
一夜明けてもまだ、アラベスの顔色が良くないことに、マイヤーも気が付いていたようだ。
「ガーディアンは、ただ強いだけのゴーレムではないんです」
魔法や物理的な攻撃が効きにくいのは普通のゴーレムと同じだが、複数のガーディアンが連携して戦う機能や、多少のダメージなら自動で回復する機能がついているらしい。その上、詳しい情報は伝わっていないが、街を守るための特別な機能まで備えているそうだ。
「その情報は、既に知らせて……?」
「冒険者ギルドを通じてデノヴァルダルの領主にも、兵を率いている伯爵にも伝えてあります。ですから、うかつに手を出すようなことはないと思っているのですが……」
——ピーゥ! ピーゥピーゥ!
ずっと南の方から、トパーズの鳴き声が聞こえてきた。
「どうやら、討伐部隊が来たようです……」
☆
飛んでいるトパーズの眼を借りて、街道を進む部隊を観察する。
前方に位置しているのは、全身鎧を着たまま馬に乗っている騎士たち。
……全身鎧って重くないのかな? 鍛えられた軍馬なら大丈夫?
古い映画で一頭の馬に、男女二人が乗ってるシーンを見たことがあるし、鎧ぐらいなら問題ないのかも。
騎士たちの後ろには、荷物を運ぶのに使うような幌付きの馬車が何台も続いている。馬車の御者台に座っている人も兵士なんだろう。大事なところが金属で覆われた鎧を身に着けている。
騎士に囲まれる形で一人だけ、明らかに他とは違う服装の人物が居た。
豪華な装飾が施された鎧。濃い青色の布地に紋章が刺繍されたマント。
魔法のアイテムなのかな? マントは肩の部分が身体から浮いている。
似たようなデザインの鎧をモデリングしたことがあるけど、実際に肩が浮いているのを見るとインパクトあるなぁ……。腕を動かすのは楽そうだけど。
「あの、一人だけ豪華な鎧を着ている人が伯爵ですか?」
「……ソウタ殿にはもう、部隊が見えているのですか?」
あれっ? そう言えば、この話はしてなかったっけ?
アラベスに言われて気が付いたけど、僕たちが居るのは城塞都市からそれほど離れていない場所で、まだ直接には部隊が見えてなかった。
「あっ、はい。今はトパーズの眼を借りて、空から見てるところです」
「さすが、ソウタ殿。魔法使いが使い魔を使役するのと同じように、ソウタ殿もパートナーの力を使えるんですね……」
「でも、アラベスさんやマイヤーさんは、トパーズに負けないぐらい視力が良いですよね? そっちの方がうらやましいですよ」
「私たちは、遠見の魔法が使えますから」
謎が一つ解けた。
これも魔法の力か! 本当に便利だなぁ……。
「申し訳ありません。身体強化系の魔法は習得が難しいとされているので、この前はお教えしなかったんです」
「試しに、僕にかけてもらえますか?」
「わかりました。それでは……テレスコープ!」
「これでもう、かかってるんですか? あっ、ああっ! なるほど……」
マイヤーにお願いして、遠見の魔法をかけてもらった。
何もしなければ普通の視界だけど、見たい場所に意識を集中すると、そこだけアップになる。トパーズの眼を借りてるときと同じような感覚で、自分でも使えるようになればかなり便利そうだ。
「一回、解除してもらえますか?」
「それでは、解除します。……ディスペル!」
「今度は自分で試してみますね。……テレスコープ!」
呪文を唱えて意識を集中すると、城壁の上に立っている兵士の表情まで見て取ることができた。今は動いていないガーディアンの顔も、足元の瓦礫もはっきり見える。
一回見ただけの魔法をあっさり使えるようになるって……。リンドウを造って良かったなぁ。
「うまくいったみたいです。これは便利ですね……」
マイヤーの説明によると三分ほどで効果が切れるので、長時間見たい場合は魔力を多く使う必要があるらしい。僕の場合はリンドウ任せだから、細かいところはよくわからないけど。
この魔法を応用すれば、顕微鏡みたいに小さい物を拡大して見ることもできそうだ。他にも何か、面白い使い道がないかな……?
「ソウタ殿は魔法も使えるんですね」
「僕は使えないんですけど、この指輪が代わりに……。って、説明してると長くなりますから、続きはまた今度で良いですか? どうやら、討伐部隊も見えてきたようですし」
ちょうどアラベスと話をしてたタイミングで、緩やかな丘を越えてこちらに近づいてくる騎士の姿が見えてきた。




