4 アラベスの依頼
「お茶の時間も近いですし、そろそろ休憩にしませんか?」
「そうね。基本的な魔法は使えるようになったことだし——」
「ソウタ殿! 急な話で申し訳ないのですが、トパーズさんの翼で、私を隣の国まで送ってもらえないでしょうか?」
「はい……?」
ちょうど、魔法の練習が一区切りついたタイミングで、訓練場へとアラベスが飛び込んできた。扉を開ける動作一つ取っても微妙に大げさなのはいつも通りだけど、表情はかなり深刻そうだ。
何かあったのかな……?
☆
マイヤーからの提案で僕の部屋へ移動して、お茶を飲みながらアラベスの話を聞くことになった。
「昨日の夜、バラギアン王国に住んでいる知人から連絡が入りました。街を守るガーディアンが突然動き出して、大騒ぎになっていると」
「バラギアン王国のガーディアンは有名だけど、あれは全て、動かなくなったはずでは?」
「私も、ユーニスと同じように考えていた。記録をたどってみても、最後にガーディアンが動いたのは二千年以上も前の話だからな。もう動かないと考えるのが当然だろう。だが……違ったようだ」
「……そもそも、動いたって話は本当なんでしょうね?」
「連絡してくれたのは、ゴーレムの調査でバラギアン王国に行ったとき、私たちの世話をしてくれた賢者だ。ユーニスも話をしただろう?」
「あー……。あの、人が良さそうなおじいちゃんね」
「今回も、動いているガーディアンを私が見たがるんじゃないかと、親切心で連絡してくれたようだ」
「それなら、罠の心配はなさそうだけど——」
「ギルドの支部にも連絡して情報は確認してある。ガーディアンが動き出した話は既に広まりつつあって、さっき届いたメッセージによると、早ければ明日にでも領主が動くらしい」
「なるほど。それで……壊される前に、生きているガーディアンを自分の目で確かめたいってことね」
「無事に壊されてくれるのならそれで良いが……。私は、逆の結果になるのを心配している」
穏やかだったユーニスの顔が、いつの間にか真剣な表情に変わっている。
アラベスは落ち着いているように見えるけど、ティーカップを持つ指が微妙に震えてる?
「バラギアン王国には、私も何度か行ったことがありますが……。話に出てきたガーディアンというのは、門の前に立っている石像のことでしょうか?」
「その通り。マイヤーも知っているのなら話は早いな」
もしかして、ガーディアンを知らないのは僕だけ?
前にアラベスが、そんな話をしてた気がするけど……。
「すみません……。僕は知らないので、詳しく教えてもらえますか?」
まずはバラギアン王国の話から、簡単に説明してもらった。
大陸の中央、北寄りに位置するバラギアン王国。
かつては大陸を統一した魔族による帝国の首都があった場所であり、二度の大戦の中心となった場所でもある。
廃墟となって打ち捨てられた都市。
堅固な城壁で戦火を防ぎきった都市。
平和な時代になって新たに作られた都市。
長い歴史と大戦の影響で、見られる景色は都市ごとにバラバラだが、現在でも住民の大半が魔族で、王族の中で最も魔力の高い人物が魔王となって王国全体を支配している。
「遙か昔に起きた最初の大戦……。今では『魔族大戦』と呼ばれている戦争が起きた時に、バラギアン王国で街を守るために造られたのが、ガーディアンと呼ばれるゴーレムです」
マルーンが終わらせたのが、『人魔大戦』だっけ。
最後にガーディアンが動いたのは二千年以上前だって、さっきアラベスが言ってたから、『魔族大戦』が起きたのもそれぐらい前なのかな?
それにしても……『魔族大戦』と『人魔大戦』って、わかりにくいな。
もっとわかりやすく、『第一次世界大戦』みたいに数字を入れてくれれば良かったのに。
「バラギアン王国には古い都市がいくつもあるのですが、その中でも、王国の東に位置するデノヴァルダルで、ガーディアンが動き出したそうなのです」
「つまり……。デノヴァルダルってところまで、トパーズで送って欲しいってことですよね? どれぐらいの距離かわかりますか?」
「ピィ? ピピピピ……」
名前を呼ばれたのがわかったのか、僕の肩に止まっていたトパーズが可愛い声で鳴いた。
胸に抱いていたルビィが対抗するように、尻尾で首筋を撫でてくる。
気持ちいいけどくすぐったくて笑いそうになるから、ルビィはじっとしててもらえるかな? お願いします。
「簡単な物ですが地図を用意しました」
そう言ってアラベスが出したのは、大陸全体の地図のようだ。
上に『プリマベーラ』って書いてあるのは、大陸の名前かな?
いわゆる世界地図のような雰囲気で、陸地の形と国名と国境らしい線が引いてあるだけだけど、距離感を把握するには十分だろう。
「ここが、我々が現在いるマルーン様の城です。最初にソウタ殿が居た村がこの辺り。ガーディアンが動き出したデノヴァルダルは、この辺りになります」
国が全部で……十八? 二十? 国名なのか地形の名前なのかわからない部分もあって、正確な数はよくわからない。
地図に『ルナトキア王国』って書いてある場所があるけど、ここが今では『妖魔の森』と呼ばれてるんだっけ。
その、妖魔の森の中にあるマルーンの城から見て、デノヴァルダルは南西の方角に位置していると。
「妖魔の森のゲートからこの城まで、トパーズさんは私たちを乗せて、一時間ほどで到着しましたよね?」
「それぐらいだったかな……?」
スマホも時計も手元にないし、時間を計った訳じゃないのではっきりしたことは言えないけど、それぐらいだったような気がする。
……現在の日時を調べる魔法とか、時間を計る魔法ってないのかな? 暇なときにでもユーニスに相談してみよう。
「この城からデノヴァルダルまでの距離は、ゲートからの距離と比べて三倍から四倍程度だと思われます。途中で休憩を入れるとしても、トパーズさんなら半日もあれば到着するのではないかと……」
「ちょっと待ちなさい、アラベス。ガーディアンが動いている内に見に行きたいというのは、あなたのわがままでしょう? それなら、ソウタさんに頼らないでゲートを使って行けば——」
「いや、それでは間に合わない。ガーディアンは普通のゴーレムとは違う。知らないままに手を出せば、おそらく大変なことに……」
「僕なら良いですよ。トパーズに送ってもらいましょう。……僕も連れて行ってもらって大丈夫ですよね?」
「ありがとうございます、ソウタ殿! 助かります……」
「ピィウ! ピゥピゥ!」
トパーズの鳴き声が、なんだかすごく嬉しそうだ。
これは、スピードの出し過ぎを心配した方が良いのかも……。